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第30話 犯人の正体に気が付きました



 そんな風に二人を連れて行きついたのは、私が落とされた崖の上ではなく下だった。


 これで突き落とされる危険は無くなったが、わざわざそんな場所に来る意味は分からなくなった。


 それとも二人で協力して私を力ずくで殺そうとしているだけなのだろうか。

 いや、それならもうとっくに中庭で私が気が付く前にできていただろう。

 わざわざこちらと会話して時間を使い、怪しまれるような事は言わないはずだ。

 

 私は立ち止まった二人を見て、ウルベス様へと問いかけた。


「あの、ここにどういった用がおありなのでしょう?」


 周囲を見回してみるものの、特に真新しい物はなかった。


 ただ……。


 ウルベス様にだけは分かる何かがあった様だ。


「ここか」


 彼は地面の一部を見て、納得したような表情になる。


「少し時間をもらっても良いだろうか? 簡易的な葬儀をしたい」

「葬儀、ですか? ええ、構いませんけれど」


 そうして、私の許可の言葉を聞くなり、ウルベス様はフルートを取り出して演奏を始めた。

 急かすようなその態度からは、どうしても早くそうしたかったという彼の意思が感じられる。


 どれだけの時間が経っているのか、誰がいるのか、どんな理由でここに眠っているのか分からないが、墓地を管理する者として、死者を放っておく事が出来なかったのだろう。


 そんな風に、ウルベス様の内心を推測していると……、


『アリシャ、お前は俺のお姫様だよ』


『お兄様、見て! 綺麗なお花があったのよ』


『アリシャ、そっちは駄目だ。危ない……!』


 突如脳裏に浮かんできた光景と、聞こえてくる声があった。


 それらは、今よりほんの少し昔の頃の私とお兄様がいて、楽しげに会話をしている時のものだ。


 けれど、不注意で崖に近づいてしまった私が落ちて、そんなこちらを庇おうとしたお兄様が巻き添えになってしまったのだ。


 暗転する視界。

 そして、気が付いた時には二人共傷だらけで血だらけだった。


 そうだ、私の「痛みを感じない」という加護はその時に得たものだ。


 けれど、私と違って加護を得られなかったお兄様は、痛みのままに、血まみれになってそこで亡くなってしまった。


 ああ……そうだ、ここで転落事故があったのだ。


「お兄様……」


 やはり、という思いがあった。

 薄々気づいてはいたのだ。

 もうずっと前に、お兄様は亡くなってしまった。


 私は今まで、どうしてこんな大事な出来事を忘れていたのだろうか。


「思い出しちゃったんだね、お嬢。そうだよ、イシュタルさんが亡くなってから、お嬢は人が変わったようになっちゃったんだ」


 こちらの変化に気が付いたアリオが悲しそうに言う。

 嘘をついている様には見えなかった。

 彼は本当に悲しんでいる。


 やはり、今見たものと聞こえたものは真実なのだ。


 だが、と私はここ最近の行動を思い返して混乱するしかない。


「でも、お墓だってないし、お父様もお母様もそんな事……」


 そう私の両親は何もそんな事は言っていなかった。

 それに、墓だってどこにも建てられていない。

 だから、ウルベス様が来たのだろうが。


 その言葉には葬儀を済ませたばかりのそのウルベス様が答えてくれた。


「彼等は、君の心を守るために嘘をついたのだろう、墓もその為に作らなかったのだ。私はずっとその事が気にかかって、こうしてここにやって来た。君の婚約者であった時に、イシュタル殿が亡くなった話は聞いていたからな」


 痛ましげな表情を浮かべる彼は、常とは違ってこちらの事を最大限に気遣ってくれているようだった。


「今の君なら受け入れられると思ったから、ちゃんと話した。墓の場所は正直分からなかったので、自力で探すつもりだったのだが、アリオ殿が知っていてくれて助かった」

「うん、俺はたまたまその日に遊びに行ってたから、知ってたんだよね。大騒ぎだったからお嬢にも、屋敷の人にも会わずに帰っちゃったけど」


 二人の言葉を聞いて、お兄様が亡くなったという事実が紛れもない真実だと気付いて私は愕然とするしかない。


「そんな……」


 ならば、先ほど私が会ったお兄様は幻想だというのか。

 その正体に思いをはせた時に、優しい幻想が剥がれていって、残酷な真実が残った。


 お兄様でないとしたのなら、演じられるのは彼しかいない。

 そして、彼こそが犯人なのだ。


 お兄様の書く文字を再現できて、お兄様の口調も再現できる彼しか。

 その彼が、アリバイを偽装し、愛情という動機をもって私をつきおとした犯人だ。


 とにかく、一番事情を良く知っているであろう両親に確かめなければ。

 私はそう思って歩き出した。




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