第26話 流れ星の花言葉
ここのところ満足に寝付けない夜が続いてた。
そんな時には、屋敷にある小さな書庫へと向かって気分転換をするのが常だ。
けれどもお兄様は優秀で、子供の頃からお父様達に頼りにされていたから……。
お兄様がいない時はトールと一緒にここにはやって来て、彼とお兄様が「私が眠れなかった時」用にと考え綴ってくれた冒険物語を読んでもらいもした……。
本棚に歩み寄って、一番多く手に取ったであろう絵本を見つける。
小さい頃にお兄様が読み聞かせてくれたこの世界の神話の話だ。
その物語を読み返す。
そうすると、様々なしがらみがなかった子供の頃の事を思い出して、少しだけ安らかな気持ちになるのだ。
絵本に手をかけてひらく。
そして、子供用に向けての本だからか、少なく記されている文字に目を通していった。
――。
この世界を作った多くの神様達。
その中でも特に美しい女神ユスティーナ様が、ただ一人この今の世界を作った神様だった。
なら他の神様は何をしていたのか。
それは……争いに夢中になって、罪を侵していたのだ。
償う事ができないような大勢の犠牲が出た。
争いの火は消す事ができない事大きくなってしまった。
取り返しのつかないほど、世界は一度めちゃくちゃになってしまったのだ。
その神々の中には、ユスティーナ様の想い人であるミュートレスという男神もいた。
ユスティーナ様は、これ以上壊れていく世界を見る事ができなくなって、泣く泣く仲間である神様を己の手にかけていった。
そうして、死を以って償いを果たした神様達はいなくなり、この世界は新しく一から始めていったのだった。
――。
お兄様は、私が眠れない時によくこの本を読んでくれていた。
悲しい物語だけれど、とても印象に残るもので、何度も私はお兄様とその話について言葉を交わした覚えがあった。
「大好きだったのに、どうして女神様は裏切ったの」かとか。
「どうして皆仲良くできなかったの」とか。
些細な疑問だったが、お兄様はそれらに対してきちんと丁寧に答えてくれた。
『好きだったから間違った事をしているのが許せなかったんだよ、アリシャ』
『仲良くできたら良かったけど、それじゃ相手の為にならないからね』
それらは、私にとっては大切な思い出ばかりだ。
どんな宝石よりもかけがえのないもので、お金にも代える事のできないもの。
「お兄様……」
物思いから返って絵本を閉じると、そこに花の柄が書かれていた。
元からあった物ではない落書きされたものだ。
書いたのはたぶん私。
葉っぱも茎も花も全てがめちゃくちゃで色彩もおかしくなっていたからだ。
そんな花ともいえない花を識別できるのは、書いた本人である私か、長い付き合いのあるトールくらいしかいないだろう。
かなり分かりにくい事になっているが描画した本人である私には分かる。
その花は、屋敷にあるあの流れ星のような模様の花だ。
プラネタリア・スコール。
「優しい幻想?」
その花の下には、お兄様の筆跡でそんな言葉が書かれていた。
花言葉。
そうだ。
「優しい幻想」はプラネタリア・スコールの花言葉だ。
空から零れ落ちる流れ星が奇跡をもたらす、というそんな意味がこれられたもの。
思い出した。
そのヒントは、水面に刻んだ波紋だった。
わずかな刺激を受けて凪いだ湖面が揺らぎ、出来たその水の芸術は、知恵を吸収してみるみる大きくなっていく。
けれど、それらが大きくなる前に私は自分で蓋をしてしまう。
「まさか……」
気づいた真相は到底信じられるものでは無かったからだ。




