第1話 犯人につき落とされました
――私を殺そうとしたのは一体誰なのか。
――私は犯人を見つけ出さなくてはならない。
ウナトゥーラ付近 屋敷裏手
大雨が降りしきる中、「誰か」に呼び出された私は屋敷の裏手にある崖の前にやって来ていた。
「こんな雨の日に」
私の名前はアリシャ・ウナトゥーラ。
ここら一帯では知る人ぞ知る、名門貴族のお嬢様である。
実りの多い豊かな土地を多く治めるウナトゥーラ家は、国の中では五本指のトップに数えられるほどの家だった。
しかしそんな貴族令嬢を、大雨の中で呼び出す人間がいる。
「……」
その事実を考えて、私は気分が悪くなった。
私は誰かに命令されたり指図されるのも、侮られるのも、笑われるのも、なめられるのも嫌いだった。
本来ならば、そんな呼び出しには応じずに無視して自室に引きこもっていただろう。
だが、そうはできない理由があった。
「ああ、最悪だわ。私とした事があんな弱みを握られてしまうなんて」
――故人の墓を暴いた事を言いふらす。
そんな内容の脅し文句の手紙を受け取った私は、やむなくここまで来ることになったのだ。
墓を暴いた事は一部の人間にしか知られていない、ならばおそらく彼だろう。
彼は人にそんな事を言いふらすような人間には見えなかったのだが、内心では腸が煮えくり返っていたのかもしれない。
「風邪でも引いたらどうするのよ」
不満の言葉を口に出せば、雨が口の中に入ってくる。
申し訳程度の雨具を身に着けてはいるものの、滝のように降りしきる大雨の前では無意味。
帰ったら、使用人にあれこれ問われる事になるだろう。
だがそれは私の身を心配しての事ではなく、余計な仕事を増やしたことや、責任問題からくる気持ちゆえだろうから、心は痛まない。
彼等にも都合があるだろうが、貴族令嬢の我がままに付き合うのも仕事だ。仕方がない。
この呼び出しを無視するわけにはいかないのだ。
もし、自分がその場所に行かなかった事で、例の弱みが公開される事になったら……。
一部の者に糾弾されるなら何ともないが、全ての人間に嘲り笑われるのはさすがに嫌だった。
そう思うと、無視するという選択をとれるはずがなかった。
「この私を待たせるなんて、本当に良い度胸ね」
しかし、到着した崖の上で待ち続けるものの、呼び出し主は一向に現れなかった。
約束の時間から半時が経過する。
その間も天気は変わらず、降りしきる雨が冷たくて、容赦なく体温が奪い去られていった。
このままでは体調を崩してしまいそうだったが、弱みの事を考えれば不用意にその場を離れる事も叶わない。
あるいは相手は最初から、話し合いなどする気はなくて、こちらの弱みを公開するつもりなのかもしれない。
待ち合わせ場所になど来る気はなくて、どこか安全な場所からこちらの様子を眺めていたのだとしたら……。
自分のした想像に腸が煮えくり返ったが、場所が場所ゆえに怒りをぶつける場所もなく、また大雨の中で待たされ続けたせいでそんな気力もなかった。
このまま倒れるまで、自分はこの場所で立ち続けているのだろうか、そう思った時……。
「えっ?」
どんっ。
という音がして、誰かに背中を押された。
物思いに沈んで、周囲への注意がおそろかになったその一瞬に、誰かが足音を殺して近づいて、私の背中を押したのだ。
「あ、いや……っ」
投げ出された私の体は宙を浮いて、一瞬後崖の下へと落ちていく。
「きゃあぁぁぁぁ――――!」
発した悲鳴はおそらく屋敷まで届かない。
大雨の音でかき消され、私の背を押した人間以外には聞こえないだろう。
そして、私はなぜと思いながら、そのまま崖下へと落下していってしまう。