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ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


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第94話 空間が歪み始めている

 夕食の後、わたしは急いで客室の準備をしました。アルヴィ様のお屋敷の、一階にあるこじんまりとした部屋です。

 わたしが頑張って掃除をして、何とか誰かを寝泊まりさせても大丈夫という状態にした部屋でもありました。

 物置状態で放置されていたベッドも、小さなテーブルも椅子も、ちゃんとその役目をはたしてくれるはずです。

 そして、わたしは来客である少年をその部屋へと案内することになりました。


「こちらでよろしいでしょうか、ええと……イヴァン様」

 悩んだものの、彼のことを『イヴァン様』とお呼びしました。

 わたしと年齢はそれほど変わりませんが、どうやらすごい家の方のようです。何と言うか、ノルティーダという小さな街で暮らしていたわたしは、アルヴィ様と一緒に暮らすようになってから身分の高い方と接することが増えて困惑気味です。

「ありがとうございます」

 少年――イヴァン様は礼儀正しくわたしに頭を下げ、にこりと微笑んで見せました。「でも、呼び方はイヴァンで大丈夫です。そんなに立派な人間ではありません」

 そう言った彼の声は、何だか複雑そうな感情が紛れています。

 しかし、そう言われてもなかなかその通りにすることはできません。

 わたしは曖昧に微笑んで見せました。

「何か必要なものなどございませんか? できるだけ対応させていただきます」

 わたしがそう続けて言うと、彼はその部屋に一歩踏み入れた状態でわたしを振り返り、首を傾げます。

「あの、それより……」

「はい?」

「あなたのお名前は『ミア』、でしょうか」

「え、あ、はい」

「アルヴィ・リンダール様のお弟子さん、ですよね?」

「う、うーん?」

 わたしは目を細め、そっと首を傾げます。

 一応、弟子を名乗っても問題ないのでしょうか。確かに魔術は教えていただいてますし、本当に簡単なものでしたら使えるようになりましたけども。

 何だかわたしも彼も首を傾げている様子は、ちょっと傍から見たら変な光景じゃないかと頭のどこかで感じます。

 わたしが言葉を濁していることに気づいていらっしゃらないのか、彼は穏やかに言いました。

「ナイジェル様が、あなた様によろしくとおっしゃっていました。機会があれば、また寄って欲しい、と」

「ナイジェル様が」

 わたしはそこで思わず肩の力を抜き、ほっと息を吐き出します。「わたしは色々お世話になったので……あの、ナイジェル様はお元気そうですか? ダニエラ様と……シャルロット様は」

「とても元気そうです」

 イヴァン様はそこでふと、真剣な表情で眉根を寄せて続けます。「シャルロット様はもう少し、オーランド様に対して元気がない方がよろしいと思うのですが。オーランド様が……一人で旅に出たいとおっしゃってました」

「……ああ」

 わたしも眉根を寄せました。「お察しします」


「あの、話は変わるのですが」

 微妙な空気がわたしたちの間に流れた後、イヴァン様が少しだけ気まずそうに口を開きました。「アルヴィ様はどのようなお方なのでしょうか。こんな風に突然押しかけてきたので、もしかしたらお怒りでは……」

「優しい方ですので、大丈夫ですよ」

 わたしは思わず、右手の拳を握りしめて断言します。「わたしも助けていただきましたし、本当に頼りになる方です!」

「そう……それなら、いいのですが」

 彼の口調は歯切れが悪く、だんだんその表情も暗くなっていきます。


 そう言えば。


 ――誰か、お亡くなりになった、と。


 わたしはそこで、玄関先で聞いた彼の言葉の片鱗を思い出しました。

「あの、イヴァン様」

「イヴァンで結構です」

「もしかして、急がないと何か……大変なことになるのでしょうか? こうして寝るのも惜しむくらいに」

「……そうですね」

 彼は躊躇いつつも頷きます。「倒れた母が心配なので、焦っているのかもしれません」

「お母様が……」

 わたしの声も少しだけ小さくなり、どう言葉を続けたらいいのか悩みます。

 でも、彼はわたしに安心させるように穏やかに微笑みかけてくれました。

「医師は、寝ていれば大丈夫だろうと言っています。でも、不安には違いありませんね。早く王都に戻り、母の看病がしたいと思います」

 ――確かに、そうでしょう。当然のことです。

 わたしが小さく頷き、そして。

「それに……確か、お兄様が?」


 イヴァン様がそこで苦し気に息を吐くのが解り、わたしは慌てて頭を下げました。

「すみません、あの」

「いえ、いいんです。その辺りもアルヴィ様に話を聞いていただければと思っていたのですが、なかなか上手くいかないですね」

 わたしがそっと顔を上げると、力なく微笑む彼の表情があまりにも無防備に見え、それが何となく可哀想な感じがして――。


「あの、お弟子さんなら、僕の話を聞いていただけませんか?」

 彼はやがて思いつめたような眼差しをわたしに向けてきました。「せっかくこの……リーアの森に辿り着いたというのに、何もできずにいるのは少しもどかしい思いです」

「え、あの」

「立ち話もなんですから、座りませんか?」

 そこで、彼は部屋の中に目をやって、椅子に座るようわたしに促します。

 わたしは少しだけ考えた後、そっと頷きました。

 そして、彼の後に続いて部屋の中に入った瞬間のことです。


「保護者が必要じゃろう」

 と、突然わたしのすぐそばにコーデリア様が姿を現しました。

 突然と言っても、それまでわたしの腕に巻き付いていらっしゃいました。それが元の姿に戻り、我々の前に立っただけのことではあります。

 しかし。

「え」

 ぎょっとしたように、イヴァン様が顔色を変えて後ずさります。

 そしてコーデリア様は、その美しく輝く手で自分の髪の毛を掻き上げ、意味深に微笑んで言いました。

「こんな夜更けに、男女が一つの部屋にこもれば、何か間違いも起こるやもしれんて」

 それを聞いたわたしは、一瞬だけ彼女の言葉の意味を考え、少し遅れて理解することになったのです。


「ま、間違いなんておきませんよ!」

「そうか?」

「そうですとも!」

「お主は無防備すぎるからの」

「うー」

「唸るな」

 わたしたちがそんな会話をしていると、我に返ったらしいイヴァン様が口を挟んできました。

「鱗がありますね。人間ではない……のですか」


 コーデリア様の視線が彼に向けられました。

 イヴァン様はその強い眼光を放つコーデリア様の瞳に怖気づいたかのように息を呑んだ後、まっすぐに彼女を見据えて続けました。

「アルヴィ・リンダール様が、蛇の魔物を調伏させたとの噂があります」

「ほう?」

 コーデリア様の楽し気な笑みは崩れることはありません。

「この彼女は何者ですか?」

 そこで、イヴァン様の視線がわたしに向けられました。「その噂は事実なのではないですか? 調伏させた魔物を、こうして従えている。そういうことなのではないですか?」

「うーん」

 ――調伏、させたわけではないですよね。

 わたしは低く唸りながら考えこみます。

 大体、エーデルマン王国での『あれ』は演技だったはずですし――。


「……どちらにせよ、この森が魔物が住むところというのは間違っていないわけですよね」

 わたしが黙り込んでいるのを見て、イヴァン様は深くため息をつきました。「王都からやってきて、ノルティーダでこの森の中で暮らすアルヴィ様のお屋敷の場所を聞きました。リーアの森は恐ろしい場所だとも聞きましたし、ここに到着するまでの間に、多少なりとも怖い目に遭いました」

「怖い目……」

 わたしが困惑してそう呟くと、彼は苦笑します。

「アルヴィ様のお屋敷は、それほど森の奥にはないと聞きましたが、随分と遠く感じました」

「確かに」

 ――そうかもしれません。

 わたしがアルヴィ様に助けてもらおうとこの森に入った時も、とても遠く感じたものです。

「急いでいると特にそう思うのかも」

 と、言葉を続けようとすると。


「しかしさすがに、野宿するのはもう二度とごめんですね」

「野宿?」

 わたしは首を傾げました。

 そんなに――野宿することになるほど、この森を彷徨った、ということなのでしょうか。

 わたしはそれほど時間はかからなかったけれど――。

「野宿して、人間とは思えない男性に会いました」

 そう言ったイヴァン様の言葉に。


「男性?」

「誰じゃ、それは」

 わたしとコーデリア様はそれぞれ反応します。

 イヴァン様は微かに肩を竦めて見せた後、硬い表情のまま言いました。

「名前は聞けませんでした。ただ、人間とは思えないほど白い肌をした――しかし、精霊とも思えない、悪意の塊のような男性で」


「シュタインか」

 コーデリア様が怪訝そうな声で呟きました。「あれがいる場所は森の奥じゃ。お主、随分と道に迷ったのでは……いや、違うな」

 そこで、彼女は何かに気づいたかのようにその目を部屋にある窓に向けました。

 カーテンの向こう側はきっと闇だけが広がる夜があるはずでした。

「お主、月は見たか」

「月?」

 コーデリア様のその言葉に、イヴァン様が首を傾げました。「月は出ていました。何だか、とても明るい……というか、月が変な色をしていました。少し、橙色で」

「そうか」

 コーデリア様が複雑そうな表情で頷きました。

 変な色。

 月が?

 わたしがコーデリア様を見つめていると、その視線に気づいて彼女が低く笑い声を上げました。

「どうやら、このリーアの森の空間が歪み始めているようじゃの」

「歪み始めている?」

 イヴァン様もわたしと同様に、コーデリア様の顔を見つめて次の言葉を待ちました。

 すると、彼女はその声を潜め、こう続けました。

「あの男――この屋敷の主には言うな。言えば、お主の依頼など放っておいて、この森にこもってしまうじゃろう。だから、絶対に隠しておくとよい」

「え、それはどういう……」


 わたしの心がざわめき始めました。


 橙色の月。


「月が赤く染まる夜、道が開くは死者の森」

 コーデリア様がさらに小さくそう言って。


 わたしは以前もその言葉を聞いたことがあると思い出しました。

 アルヴィ様は、それを待っている、と。

 死者と会えることを――ヴァイオレット様と会えることを期待して、この森に住んでいると。

 そうおっしゃっていた、はず。


「これは早々に王都に向かった方がよさそうじゃの」

 コーデリア様の声が、何だかものすごく遠くに聞こえるような気がしました。頭の中に入ってこない。そんな気がして、不安に駆られたのです。

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