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ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


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第75話 今でも、あんな夢を

「不思議なことだね」

 アルヴィ様は、わたしの話を聞き終わると眉間に皺を寄せ、まるで頭痛を覚えたかのように手で自分のこめかみを押さえます。「想像以上に、君は誰かへの感応性が高いということかもしれないな」

「かんのうせい……?」

 わたしが困惑してそう返すと、アルヴィ様は苦笑しつつ応えました。

「夢を通して誰かの過去を見る。頭の中を覗く。そういうことだね」

「誰かの過去」

 ――っていうことは。

 わたしはただじっとアルヴィ様の顔を見つめ返して。

「そうだね。君の見た夢は事実、あったことだ」

 アルヴィ様はやがて、小さく応えました。


 つまり。

 ヴァイオレット様のことも。

 グランヴィール様のことも。

 事実。


「あの実を食べて魔力を身に着けた結果、かな。魔術の呪文も使わず、よくできるものだと驚くよ」

 アルヴィ様はそこで困ったように口を閉ざしました。

 わたしも何をどう言ったらいいのか解らず、ただ居心地悪いこの空気を吸い、吐くだけです。

 すると、そんなわたしたちの様子を見守っていたコーデリア様が口を開きました。

「そなたの師匠とやらはどうしたのじゃ? 死んだのか」

「死んでないよ」

 アルヴィ様が視線を彼女に向け、肩を竦めて見せます。「雛鳥はやがて親鳥から離れるものだ。師匠と弟子も同じでね」

「雛鳥か」

 コーデリア様が若干、バカにしたような目つきでアルヴィ様を見つめています。

 そして、アルヴィ様はそれに気づいたようでした。

「僕の過去に興味があるのかい? 珍しいね、君にしては」

「その娘が興味がありそうじゃからな、水を向けてやったのだ」

 と、コーデリア様が急にわたしに視線を向けるものですから、慌てて首を横に振りました。

 でも、気になるのは事実……なんですが。

「……まあ、大した話じゃないよ」

 アルヴィ様は一瞬だけ何か考え込んだ後、静かに続けます。「一人になりたかっただけでね。ヴァイオレットがいなくなって、僕を気遣う師匠の気持ちは解るしありがたいけど、正直……重荷だった。だから、リーアの森に引きこもって、自分の好きに生きることにした。それに、師匠はフェルディナンドでは有名な魔術師だし、僕みたいな厄介者がそばにいるのも問題だったんだ」

「厄介者とな?」

 コーデリア様が首を傾げると、アルヴィ様は頷きました。

「僕は師匠よりも権力を持つ魔術師を殺したのでね。一緒にいれば火の粉がかかる……かもしれない」

「かもしれない?」


 そこでアルヴィ様の笑みが、少しだけ。

 どこか、黒い影のようなものをまとったような気がしました。


「……僕が殺したという証拠は限りなく残さないようにしたけど、やはり不安はあったよ」

 ふ、とその口元が優しい笑みの形になって。

 でもどこか、苦しげでもあって。

「でも、師匠に迷惑がかかるのだけは避けたかったからね、色々と頑張ったつもりだよ。ヴァイオレットの件に関わった人間で、生きているのは誰もいないはずだ。死人に口なしとはよく言ったものだね」

「なるほど」

 コーデリア様が笑います。

 それは、あまりにも自然な笑みで、まるで世間話でもしているかのようでした。


 だから、なのでしょうか。

 わたしも、お二人の間に入って同じように会話できたら、と思いました。


「あの」

 わたしは思わず、アルヴィ様に尋ねます。「今でも、あんな夢を見ていらっしゃるんですか?」

「あんな夢?」

 アルヴィ様がわたしを見て首を傾げました。

 そうです。

 もし、わたしが見たあの夢が、本当に起きたことなら。

「血の海、でした。夢の中でわたしは……たった一人で」

「……ああ」

 そこでアルヴィ様は何かに納得したように頷き、静かに微笑みます。「頼むから、もう僕の夢を覗かないでくれないか。ああいう夢は、子供には見せたくないし」

「あ、すみません」

 わたしが反射的にそう言って頭を下げると、アルヴィ様の低い笑い声が響きました。

「もう大人です、って言わないのかな?」

「え」

 わたしは顔を上げ、アルヴィ様の顔を見つめながら少しだけ考え、そして首を横に振りました。

 きっとわたしは、子供なんだと思います。

 大人だと思いたかっただけで、本当は。

 そう思いながら唇を噛みます。


「君が今、元の姿だったら可愛かっただろうに」

 ふと、アルヴィ様が苦笑交じりにそう言いました。

 わたしは困惑して彼を見つめ返しましたが、アルヴィ様は椅子から立ち上がり、辺りを見回しながら話を変えました。

「さて、こんな話より重要なことがあったのを忘れそうだったよ」

「重要なこと?」

「やらなくてはいけないことがたくさんあってね、何から始めようか悩むくらいだ」

「すみません」

 そこでわたしは慌てて頭をもう一度下げました。

 わたしが熱を出してしまったせいで、アルヴィ様にご迷惑をおかけしてしまったのだと改めて自己嫌悪に陥ります。

「わたしに何か、お手伝いできることはあるでしょうか」

 さらにそう続けると、アルヴィ様は明るく笑って首を横に振ります。

「君が下手に出歩くと、サウル殿下に見つかる予感しかしない。とりあえず休んで、眠って……ああ。そうだね、白銀の世界の夢を見たら、彼らが戦うのを手伝ってやってくれ」

「え、ああ、それはもちろん」

「まあ、放っておいても彼らは自分たちの力で何とかするだろうけどね。ただ、手伝うことができれば、少しは早く解決するかもしれない」

「早く解決……」


 ということは。

 わたしとエルネスト殿下の身体が元に戻るのも、少しは早まるということでしょうか。

 そうすれば、サウル殿下に嘘をつくことも必要なくなって、万事解決、ということですよね。

 戦うことに自信はありませんが、やれることはやるつもりです。

 わたしはつい、ぐっと右手を握りしめ、気合を入れて頷きます。

「頑張ります、わたし」

 すると、アルヴィ様がまた笑います。

 何だか、楽し気なアルヴィ様を見るのはこちらも嬉しくなります。


「もちろん、さっきも言ったけど危険を感じたら帰っておいで。いいね?」

「はい」

 そう応えると、アルヴィ様はルークを肩に乗せて部屋を出ていってしまいます。それを見送ったわたしは、すぐそばでわたしたちを見守っていたコーデリア様に視線を向けました。

 意味深な輝きがある彼女の瞳がそこにはあります。

 でも、コーデリア様は何も言いませんでした。

 わたしも、何だか言葉が見つかりませんでした。


 でも。

 カサンドラの言葉を思い出して、少しだけ複雑な感情がわたしの中に渦巻きます。


 ――楽でしょ?

 カサンドラはそう言いました。

 本気で『好き』という感情がなくなると、何をしても心に響かない。傷つかない。

 楽なのよ、と。


 きっと、アルヴィ様もそうなんだ、と思います。

 優しい笑顔で、何でもそつなくこなすアルヴィ様ですけども。

 きっともう、誰のことも大切じゃないんだ、と。

 だから、一人きりで生きていくのが楽なんだ、と。


 だったら、わたしも今のままでいいじゃないですか?

 何だかよく解らない自己暗示というもので、わたしはきっと、強くなったのだと思います。

 大切なものなんてない。

 自分ですらも。


 だからきっと、何も怖くない。


「よし」

 わたしは自分でも知らないうちに、拳を握りしめていました。

 そして、コーデリア様を見つめ直し、笑顔を作って言いました。

「ちょっと、寝てきます」

「何じゃ、唐突に」

 コーデリア様は胡乱そうにわたしを見つめ返し、その目を細めて見せました。

「アルヴィ様にも言われましたし、夢の中で戦ってきます。大丈夫、アルヴィ様にかけていただいた魔術もありますし、何とかなります」

「……まだ熱があるのか」

「いいえ、もうすっかり元気です」

 笑顔でわたしはそう応えましたが、コーデリア様は無言のまま、その冷えた手をわたしの額に押し当てました。

 熱なんて、本当にないですってば!


 そしてわたしは食事を取ることも忘れてベッドに潜り込んだというのに、ただ眠りについただけで夢を見ることはできませんでした。

 夢を見るために眠ったというのに!

「信じられない」

 わたしが目を覚ました時、すっかり部屋の中は暗くなっていました。

 ベッドから降りてバルコニーの方へと向かい、暗闇が広がる窓の外を見て茫然と呟きます。

 暗闇とはいえ、外に見える城の中庭には明かりが色々なところに灯されていて、見回りに出ている騎士様たちの姿も見えています。

 そして視線を上げれば、まだ深夜とはいえない時間帯のような、空の色がありました。

「夢を見る気、満々だったのに」

「よかったではないか」

 背後から低い声が響きます。ベッドの上で、蛇の姿になっていたコーデリア様の声でした。

「一応、そなたは病み上がりなのじゃ。朝まではまだ遠い。もう少し眠っておくとよい」

 彼女の声が気だるげに続き、そして部屋の中には静寂がやってきます。


 でも。

 わたしは少しだけ唸りました。

 ――お腹がすいた。


 朝まで空腹を我慢して眠らなくてはいけないのだろうか、と思いつつ窓の外をもう一度見つめると、遠い場所に覚えのある気配を感じます。

 それは、アルヴィ様の魔力の気配でした。

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