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ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


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第74話 夢の中に閉じ込められたら

えると、君も一緒に戦う存在として『呼ばれている』のかもしれない」

「呼ばれている?」

「そう」

 アルヴィ様は僅かに首を傾げて続けました。「予想外ではあったけどね。男性らしさを失った君が――エルネスト殿下が戦力になるとは考え難い。でも、成り行きとはいえ、君と肉体を入れ替えたことによって、別の変化があったのかもしれない。君は――ミア・ガートルードは、魔力を持った魂であるから……役に立つと思われたのかな?」

「……そう、ですか」

 わたしが何て言葉を返したらいいのか解らず眉根を寄せると、アルヴィ様は苦笑してさらに言います。

「まあ、僕もよく解らないけどね。何しろ、初めての経験だから」

「アルヴィ様にも解らないことがあるんですか?」

 わたしが思わずそう呟くと、アルヴィ様は困ったように笑います。

「そりゃあるよ。君は僕を買いかぶっているようだけれど」

「信頼していると言ってください」

「信頼ねえ」

「はい。信頼しています」

「……うん、どうもありがとう」

 アルヴィ様は小さく唸り、そしてルークを撫でているその手に熱を込めたようでした。その途端、ルークの喉がごろごろ言うのが大きくなります。

 そして、ルークがお腹を見せながら言います。

「照れ隠しで本気で撫でるのはやめるにゃー。猫コマシのゴッドハンドは健在すぎる……うにゃうにゃ」

「照れてないよ」

 アルヴィ様が憮然とした様子でそう言いましたが、その声には不思議な感情が混じっているようにも思えました。


 ――照れ隠し?

 何ででしょうか。

 わたしが信頼していると言ったから?


「それはともかく」

 ふと、アルヴィ様は我に返ったように言葉を続けました。「白銀の世界については、僕の師匠に聞いたことがあってね。白銀の世界の住人に呼ばれた人間は、悪夢を見るのだそうだ。それで、運悪くその悪夢の中に閉じ込められることがあるらしい、と。だから、最初は影響を受けるのはエルネスト殿下……の、魂の方だと思っていた」

「なるほど、その言いかたじゃと」

 と、コーデリア様がわたしたちの会話に参加してきました。

 コーデリア様は少しだけわたしたちから離れた場所にいて、壁に寄りかかるような格好で腕を組んでいらしたのですが、おもむろにその目を細め、楽し気に続けます。

「どうやら、あの男は何の影響もないようじゃな?」

「あの男、とか言うのはやめてくれないか」

 アルヴィ様が困ったように笑います。「誰に聞かれるか解らないだろう?」

「別に妾には関係ない」

「僕にはあるけど……まあ、いい」

 アルヴィ様はそこで脇道にずれてしまいそうな話の筋を元に戻します。「エルネスト殿下の様子を見ていたけれど、本当に何の影響もなさそうなんだよ。本当に、完全なる少女らしい存在になっていてね。何の疑いもなく、何の心配もせず、邪心の欠片もない笑顔で平穏な一日を過ごしているのを見ていると、こちらが不安になるくらいだ」

「不安……」

「あの無邪気さで、サウル殿下と勢いで恋仲になったら困る」

「やめてください、そんな怖いことを言うの」

「だから、彼女は……じゃなかった、彼は今、エウゲン殿の部屋に閉じ込められている。おそらく、サウル殿下は会うことはできないから一安心だとは思うのだけれど」

「けれど?」


 そこでアルヴィ様はわたしをまじまじと見つめ直し、困ったように笑いました。

「今は君が危険らしい」

「わたしが、ですか?」

「そうだ。君は悪夢の中で、白銀の世界の住人と一緒に戦うことになるかもしれない。でもね、そこで戦って死んだら現実でも死ぬんだよ」

「え」

「それに。悪夢の中で帰り道が解らなくなって、目が覚めなかったらどうなると思う? 一生、君は眠り続けることになるかもしれない」

「嘘……」

「なら、いいんだけど」


 そこで何となく。

 いつものわたしだったら、もっと怖がっていたかもしれない、と他人事のように考えました。

 いつものわたし――暗闇とか、一人きりの夜ですら怖がるような人間なのです。死ぬかもしれない、と言われたら絶対に怖くなると思います。

 でも。

 確かにそれは恐ろしいことだと思うのですが、今のわたしはあまり恐怖感を感じませんでした。

 何でなのでしょうか。

 エルネスト殿下の肉体だから?

 そう言えば、夢の中で黒い恐ろしいものを目の当たりにしても、戦わねば、と考えるだけでさほど怖くはありませんでした。


「だからね、これは念のためだけど」

 アルヴィ様はわたしの右手を見下ろして言いました。「もし万が一にでも悪夢に閉じ込められたら、その右手を見てごらん」

「右手?」

 わたしはもう一度自分の右手の甲を見下ろします。

 でも、さっきまであったはずの記号は消え去っていて、健康的な右手だけがそこにはありました。

「君にはもう、簡単な魔術を教えたよね? だから、今の君でも読み解くことができる呪文にしておいた」

「……はい」

「君にかけた魔術は、僕へつながる帰り道だ。道を開きたい時に、君が望めばさっきの呪文の文字列は浮かび上がる。悪夢から目を覚ますことができる」

「ありがとうございます」

 そこで、わたしの唇に自然と笑みが浮かびました。

 やっぱり、アルヴィ様は凄い、と思ったから。

 ほら、信頼できる方じゃないですか。

 そう再確認したから。


 そして。


 わたしは少しだけ、アルヴィ様を見つめました。

 アルヴィ様はそんなわたしに気づいて、僅かに首を傾げて見せます。どうした? と訊いているかのように。


 一瞬だけ悩みました。

 でも、隠しておくのはいい考えとは思えなかったのです。

 だから口を開きました。


「アルヴィ様のお師匠様というのは、グランヴィール様とおっしゃるのでしょうか」


 それは短い沈黙でした。

 そしてとても長く感じた一瞬でもありました。


 アルヴィ様の手がとまり、自然とルークの喉が鳴る音も消えます。


「誰に聞いたんだい?」

 それは笑みと一緒に吐き出された言葉でしたが、アルヴィ様の目は笑ってはいませんでした。


「夢で見ました」

 わたしがそう続けて言うと、アルヴィ様は何か疑っているかのように目を細めて見せます。

「夢?」

「はい」

 わたしはもう一度はっきりと発音します。「夢なのか現実なのか、わたしの妄想なのか解りません。でも、わたしは夢の中でアルヴィ様と……グランヴィール様、そしてヴァイオレット様を見たのです」

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