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ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


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第64話 何をしたんだ、ミア?

「殿下、食事は後ほど、こちらの部屋にお運び致します」

 部屋に入ってくるなりそう言ったのは、エウゲン様です。

 その背後には、この城で働く使用人らしき女性たちが控えています。誰もが同じような紺色の服に身を包み、規律正しいといった仕草がよく似合う、真面目そうな顔立ちをしていました。

 無言でそれに頷いたわたしを見てから、エウゲン様は背後にいる彼女たちに一言二言何か命令をしたようでした。

 彼女たちはすぐに頭を軽く下げ、数人が部屋の外に出ていき、残った数人で部屋の中のテーブルや椅子の移動を始めました。

 どうやら、食事のための準備らしいです。


 そしてこの部屋に、続いて現れたのがアルヴィ様たちです。

 もちろん、カサンドラやリンジー、ルークも一緒で。

 でも、意外なことにルークはアルヴィ様の肩の上ではなく、ミアの――エルネスト殿下の腕の中にいました。

 エルネスト殿下は、なぜかルークを気に入ったように腕の中で撫でていて、ルークも満足げにそれを受け入れています。


 ――あれ、と思いました。

 思ったほど、ショックではないな、と他人事のように考えたから。

 何だかそれは不思議な感覚でした。自分でもよく解らないのですが。


「今後の打ち合わせもあるので、食事は皆と一緒にでよろしいでしょうか、殿下」

 エウゲン様のその言葉に、わたしはただ頷きます。

 そして、アルヴィ様に目をやった瞬間。

 彼の不審そうな双眸がわたしを見つめていることに気づきました。


「え」

 思わずそう言葉を発してしまったわたしは、慌てて唇を噛みました。

 まだ、辺りには使用人たちがいるのですから、黙っていなくては……と思い、彼女たちが部屋の中に全員分の椅子をテーブルの周りに並べ終わるのを待ちます。

 そして、食事が運ばれてくるのはまだですが、部屋の準備が終わって女性たちがこの部屋から出ていくと、アルヴィ様はわたしに近づいてその手を軽く上げました。


 それは小さな痛みでした。

 針で刺されたかのような、鋭い痛み。

 それがわたしの額に走るのと同時に、アルヴィ様は困ったように囁きました。

「何をしたんだ、ミア?」

「……何のことでしょうか」

 わたしが困惑しつつそう小さく返すと、足元にいる青い蛇の姿のコーデリア様が小さく笑い声を上げました。

 その途端、エウゲン様がぎょっとしたように僅かにその顔を強張らせましたが、すぐに静かにアルヴィ様に疑問に満ちた瞳を向けました。

 アルヴィ様は苦笑を返し、彼に言います。

「言うのが遅れました。これも使い魔でして」

「コレとはなんじゃ」

 コーデリア様はそう言いつつも楽しそうな様子で、わたしの足元から這い上がってあっという間にわたしの右腕に巻き付いてきました。

 コーデリア様はわたしの右腕で鎌首をもたげて続けます。

「害はないじゃろうから、放っておいてやるとよい。この娘はバカじゃからの」

「え、バカってひどくないでしょうか」

 わたしはすかさずそう突っ込みを入れましたが、コーデリア様は喉を鳴らすように笑うのです。

「害はない……」

 アルヴィ様は少しだけ考えこんだ後、小さく頷きました。「ああ、確かにそうだろうけど。まあ……」

 と、そこでアルヴィ様はため息をついて、わたしに笑みを向けました。

 いつもより、少しだけ気遣うような色が見える微笑。

「なかなかゆっくり話せないね、ミア。暇ができたら、少し話そうか」

「え、はい」

 わたしは変な顔をしたと思います。

 アルヴィ様がなぜ、そんなことをおっしゃるのか不思議だったからです。

 そして、わたしはそこで気づきます。

 蛇が怖いのでしょうか、エルネスト殿下はこの広い部屋の壁側にまで後ずさっていて、腕の中にいるルークをつぶすような勢いで強く抱きしめていました。

「……つぶ、つぶれる……むぎゅー……」

 ルークが彼女の腕の中で力なくもがいているのも、何だか身に覚えのある光景すぎて、思わず笑ってしまいました。

 それはとても自然な笑い声で。

 素直に、ただ純粋に楽しかったからでもありました。


 エルネスト殿下の部屋に運ばれてきた食事は、見た目も味も素晴らしいものばかりでした。

 今まで食べたことのない良質な肉と、甘さを感じる野菜。きっと、この城の料理人は素晴らしい腕を持っているのだろうと思われるものばかり。何しろ、ソース一つにしても手間と時間がかかっているだろうと解る、深みのある味。

 ただ、じっくりと味わっている場合ではないのが残念で仕方ありません。

「実は一つ問題がある」

 エウゲン様は使用人たちを全員部屋から下がらせた後、そう口火を切りました。

「問題とは?」

 アルヴィ様が静かにそう返します。

 そして、他の皆は食事に専念しています。まるで、他人事のように……っていうか、ほぼカサンドラとリンジーにとっては、今回のことは他人事なんですよね。

「エルネスト殿下とクラーキン王国の第一王子であるサウル・クラーキン殿下は、幼い頃から若干の交流があってな、今回の神事の前に、サウル殿下がこちらに立ち寄ることも約束してあった」

「なるほど」

 アルヴィ様が合いの手を入れつつ、彼に次の言葉を促します。

「おそらく、好敵手というものなんだろうが……サウル殿下は、どうやらエルネスト殿下と張り合うのが趣味らしい。剣の腕も、何かと競いたがるきらいがあるというか」

「それで?」

「おそらく、神事の前に手合わせの申し入れがあると思われる」


 ――手合わせ。


「剣で、ですよね?」

 わたしが恐る恐る訊くと、無情にもエウゲン様はあっさり頷きました。

 でも。

「わたし、剣を握ったこともありません」

「だから問題なのだ」

「……ですよね」

 わたしは唇を噛んで考えこみます。でも、どうしたらいいのか解らずアルヴィ様に視線を投げました。

 すると、アルヴィ様は躊躇う様子を見せつつも口を開きます。

「エルネスト殿下は記憶を失っているわけではありませんね。ならば、剣の扱い方の記憶も残っていらっしゃる」

「……ええ」

 ミアの姿をしたエルネスト殿下は、食欲などなさそうに白い頬を見せつつも、健気に微笑んで見せました。

「では、その記憶を複写いたします」

 アルヴィ様はやがて、どこか諦めたような口調で続けました。「できれば、他の騎士から剣術の記憶を複写して、そこから神事のための練習を……と考えていたのですが、あまり時間がないようですので仕方ありません」

「できれば、とは?」

 エウゲン様が眉を顰めます。

「エルネスト殿下は、白銀の世界の住人に『触れられた方』なので、その記憶を複写することで何か不都合が……いえ、これは考えすぎでしょうね

「触れられた?」

「いえ、案ずるより産むがやすし、ですね。とりあえず、やってみましょう」

 アルヴィ様はそこで静かに微笑み、椅子からゆっくりと立ち上がりました。


 記憶の複写の魔術というのは、難しいものなのでしょうか。

 アルヴィ様の呪文の詠唱は長く、それを受けているミアの表情もだんだん憔悴していくように見えました。

 そして、ミア――エルネスト殿下からわたしの前に移動したアルヴィ様は、さらにまた呪文を詠唱し、魔術を完成させました。

 目を閉じてその魔術を受け入れたわたしですが、目を開けた時には確かに、剣の扱い方は全て理解できていたように思えます。

 それと、神事のための型というもの。

 決められた剣の動き。

 神事の流れ、何もかも。


 そして、アルヴィ様はエウゲン様やエルネスト殿下には説明しなかったようですが、サウル・クラーキン殿下についての記憶も、少しだけわたしに複写されたようでした。

 相手がどんな顔や声をしているのか、その性格、今までエルネスト殿下とどんな会話をされてきたのか、必要最低限な知識をわたしに移してくださったのです。


「まあ、何とかなるでしょう」

 アルヴィ様がそう言って、エウゲン様が若干の不安を残しつつも頷くのをわたしは見つめていました。

 そして。

「では、明日、騎士の誰かと手合わせをしつつ、様子を見よう」

 そう言ったエウゲン様が椅子から立ち上がり、部屋を出ていく様子を見せると、アルヴィ様たちもそれぞれ立ち上がります。

 でもアルヴィ様は部屋を出ていく前に、わたしにこう言い残しました。

「何か変なことがあったら、いつでも相談するんだ。いいね?」

「はい」

 わたしはすぐに頷きます。「頑張ります。わたし、やれると思います」

「その言葉は心強いけどね」

「心配するな、妾が見張っておく」

 その時、わたしの服の下に隠れていた青い蛇がするりと這い出てきてそう言います。

 何だか本当に、わたしの使い魔みたい。

 そんな今更なことを考えつつコーデリア様を見下ろすと、アルヴィ様の苦笑が空気を震わせるのも解りました。

 アルヴィ様は楽し気に続けました。

「随分、ミアのことを気に入ってくれたようだね」

「バカな子ほど可愛いという格言があるじゃろ?」

「格言でしたっけ、それ」

 わたしは眉間に皺を寄せつつ呟きます。


 この時のわたしは、アルヴィ様が何を懸念しているのか解りませんでした。でもすぐに、何となく理解できる事態に陥ることになりました。

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