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ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


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第61話 これが今回の元凶

「皆の者、大儀であったな。すまんが、席を外してくれ」

 バシリス陛下はこの場にいる全員の顔を見回してそう言いました。

 気づけば一緒にいた騎士様たちはその場に膝をつき、深く頭を下げています。それに気づいて、わたしもそれに倣うべきかと悩みましたが、それよりも早く、彼らはバシリス陛下の言葉に従って静かに立ち上がり、バルコニーから城の中へと入っていきます。

 そして、その場に残されたのはわたしたちとエウゲン様。

「挨拶は抜きだ」

 アルヴィ様が改めて陛下に頭を下げようとすると、そんな言葉が返ってきます。

 とにかく爽やかな笑顔。

 その陛下の視線がわたしに向けられると、何だかいたたまれなくなります。

 アルヴィ様のところにきてからというもの、高貴な方々と会う機会が増えすぎて、どうしたらいいのか解りません。

 もう、この場に膝をついて頭を下げなきゃ、と思うのですが。

 でも、今のわたしは――エルネスト殿下の肉体なわけで。

「長い説明は疲れるだけなのでな、手短に頼む」

 陛下がそう言った後、エウゲン様が今回の一連の流れの説明を始めました。


「おお、そうだった! 白銀の世界、だったな!」

 本当に筋道を立てて手短に、必要な情報だけの説明を終えたエウゲン様に、バシリス陛下は豪快に笑いながら手を叩きます。

 今の陛下は、バルコニーの柵にもたれかかりながら、悠然としていらっしゃいます。

 そして、わたし――ミア・ガートルードとエルネスト殿下の中身が入れ替わっていることを聞いても、ただ面白そうに笑うだけで驚いた様子も見せません。

 軍事国家であるこの国の王である彼は、豪胆なのだろうと思います。

「ご存じでいらっしゃいますよね」

 アルヴィ様が静かにそう訊くと、陛下は「ああ」ともう一度頷いて見せます。

「祖父が『前回』は見たのだそうだ。なかなか面白いと言っていたが――まさか、私の息子が『選ばれる』とは思わなかったぞ! 光栄だと言うべきか」

 そう続けた陛下の言葉に、エウゲン様が眉を顰めて見せました。

「申し訳ございません、陛下。不勉強なもので、私はそれを存じ上げずに……」

「ああ、解っておる。いい機会だから、見せようか」

 と、陛下はバルコニーの柵から離れ、大股で城の中へと入っていきます。


「選ばれた……とは何のことなのでしょうか」

 怯えたようにそう小さく呟くエルネスト殿下――ミアは、エウゲン様を見上げています。

「行けば解るでしょう」

 エウゲン様の返事は単純明快です。「殿下も、ご自身が何に巻き込まれたのかお知りになりたいでしょうから、どうぞ」

 そう言ってエウゲン様はエルネスト殿下を陛下の後に続くように促します。

 一瞬だけ、怯えたように肩を震わせた彼女――じゃなかった彼は、すぐに思いつめたような目で頷き、陛下の後を追いました。

「それと」

 エウゲン様がその鋭い瞳をわたしに向けて言いました。「君は殿下の振りをしてもらわねば困る。城内では、できる限り男性らしく、明るく振舞って欲しい」

「ううう」

 わたしは少しだけ唸った後、慌てて頷きます。「が、頑張ります」


 アルヴィ様の後ろを歩こうとしたのですが、それはすぐにエウゲン様に渋い顔をされてしまいました。

 どうやら、それはエルネスト殿下らしくないと言いたげでした。

 確かにそうかもしれませんが、何だかそれはそれで不安です。

 でも仕方なく、できるだけ男性らしく胸を張って、随分と前を歩いている陛下を追いました。

「あの……大丈夫ですか?」

 背後に慎ましやかな足音が近づき、見下ろすとそこにはミアがいます。

 わたしを心配そうに見上げ、微笑む彼女――じゃなかった、彼はとても可愛くて。

 ものすごく悔しく感じます。

「大丈夫、です」

 そう返事を何とか返すと、彼女――もう、面倒だから彼女でいいです――は必死といった表情で続けるのです。

「何か、解らないことがありましたらお聞きください。わたしのためにご迷惑をおかけしてしまって、本当に申し訳ありません」

「いえ、そんな」

 わたしは慌てて首を横に振りました。「こちらこそ、色々ご迷惑をおかけしてしまいますが」


「言葉遣いが駄目だのう」

 心の底からのダメ出し、と言った様子のエウゲン様は、深いため息とともにそんな言葉を口にします。

 廊下にはまだ人の姿は見えませんでしたが、だんだん人の気配が強くなってきている気もしました。

 きっと、城内にはたくさんの人々が働いているのだと思います。

 でも、どういう態度で過ごしたらいいのかも解らないのですが!


「……沈黙の誓いを立てているということでどうでしょうか」

 わたしの背後から、静かなアルヴィ様の声が響いてきて、わたしはすがるような思いでそちらに目を向けます。

 すると、アルヴィ様はわたしに微笑んで見せました。

「何しろ、神事の前ですからね。殿下が神事の成功を祈り、声を封じているということでどうです? そして、護衛の魔術師が付きそう。あり得ない話ではないでしょう?」

「確かに」

 エウゲン様が頷きつつも、少しだけ悩んでいらっしゃいます。「しかし、女子供がそばにいるのは問題があるか……」

「妻と子供っていう設定にしたら?」

 カサンドラがそこに口を挟んできます。

「妻と子供……」

 アルヴィ様が嫌な予感がすると言いたげに彼女を見つめます。

「あはん。アタシが妻、リンジーが娘ってこと」

「却下だ」

 アルヴィ様がすぐにそう言って。

 でも、カサンドラは楽し気に笑っています。その横にいるリンジーも、ちょっとだけ楽しそうな表情でこの場の皆を見上げていて。

 カサンドラがさらに続けました。

「そして、殿下とその婚約者」

 そう言って、彼女の指がわたしとミアに向けられて。

「婚約者?」

 ミアが少しだけ困惑したように首を傾げ、そして頬を赤く染めました。

 その意味が解りませんが。


 いえ、それより重要なことがあります。

「そうです、ダメです」

 わたしはそこで思わずそう口にしていました。


 アルヴィ様のお屋敷の二階。

 あの場所で見た『ヴァイオレット様』の絵。

 とても美しい方の肖像画。


「ダメです。アルヴィ様には、ちゃんとした……女性がいらっしゃるのですから」


 一瞬、その場に奇妙な空気が流れたのを感じて、わたしは慌ててそれを打ち消そうとしました。

 でもその前に、呆れたようなアルヴィ様の声が響きました。

「僕が弟子を連れて歩くのに、何が問題あるというのかな」

「あ、そっか」

 カサンドラがそこで苦笑します。「そういえば、そういうことになったわね」

「余計なことを言って、状況を複雑にしないでくれないか」

「ごめんってば」


「遅い」

 バシリス陛下の後を続いて歩いていたわたしたちでしたが、どうやらバシリス陛下よりも随分と遅れ始めていたようです。

 廊下を歩き、階段を降り、さらにどんどん階下へと進もうとするバシリス陛下から大きな声が飛んできました。

 わたしたちが慌てて足を速め、進んでいくと。


 きっと、そこは王城の地下なのだろうという場所へ入り込むことになりました。

 階段を降りている間にもあった窓がなくなり、昼間だというのに壁に明かりが灯されている階段となって。

 そして、窓のない廊下を歩き。


 分厚い金属製の大きな扉の前に立ちました。

 それは、地下倉庫のような場所でした。

 陛下が服のポケットから取り出した鍵束で、その扉についている鍵を開けます。その重々しい扉が開き、何だかその内部から風が吹いたと思いました。

 爽やかな風。

 地下じゃないんでしょうか、ここ。


 そう首を傾げつつ、その部屋の中に入ります。

 その広い部屋は最初のイメージ通り、地下倉庫のようでした。

 壁一面の棚に、色々なものが整然と並べられています。ただそれは、どれもが高価そうなものばかりです。

 色々な彫刻、柄に宝石が散りばめられた剣、女性が身に着けるような装飾品、それ以外にもたくさんのもの。

「すごい」

 リンジーが感心したようにそう言いましたが、陛下やエウゲン様、アルヴィ様の視線はある一点に向けられています。リンジーもそれに気づいて、首を傾げながらその視線の先を追いました。


「初めて実物を見ます」

 アルヴィ様が少しだけ嬉しそうに言いました。

「そうだろうな。私も忘れていたくらいだ」

 バシリス陛下は明るく笑い、そして『それ』の前に立ちました。

 暗かった部屋の棚の中でも唯一、仄明るくか細い光を放っていたもの。

「これが白銀の世界ですね」

 アルヴィ様がそう言って、わたしの方に目を向けました。「これが今回の元凶なんだよ、ミア」

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