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ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


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第48話 ナチュラルボーン……

「嘘でしょ……」

 カサンドラが立ち上がり、茫然と辺りを見回した瞬間、ルークがオーランド様に鋭く言いました。

「そいつが元凶。何もかもそいつのせい。逃がすにゃよ」

「元凶?」

 一瞬だけオーランド様が動きをとめた後、その手を伸ばしてカサンドラの手首を掴みました。その途端、カサンドラが手首に痛みを覚えたように小さな悲鳴を上げます。

 気が付けば、カサンドラの手首には光の輪のようなものがぐるりと取り巻き、それを外そうとするカサンドラの慌てた表情が見えました。


 そして、わたしはアルヴィ様の方へと視線を戻しました。

 混乱して逃げ出す人間、硬直している人間、反応は様々ですが、その間に見えるアルヴィ様は穏やかに微笑んでいらっしゃいます。

 穏やか……いいえ、楽しそう、かも?


 そして多分、コーデリア様も、面白がっている。

 コーデリア様はいつの間にか、王女様の目の前に立っています。凄まじい魔力のうねりと共に、ほんの少し身じろぎしただけで、この場所の空気が切り裂かれるような感覚が襲います。

 しかし、エーデルマンの国王陛下が、王女様の身体を守るように二人の間に割り込み、大きな声を上げました。


「魔術師!」

 そう叫んだ瞬間に、その場所に宮廷魔術師と思われる魔術師団がぞろりと現れます。白い服に身を包んだ彼らの存在感は凄いものでしたが、コーデリア様の魔力のうねりには戸惑っている方もいるようです。

 そして、異常事態だと知った騎士様たちも、大広間の外から駆け込んできました。

 警備のために王城の中を、そして外までも見回りをしていたらしい騎士団の皆さまだと思います。

 そして、手際よく大広間の中にいたどこかの王族の方、貴族様たちを避難させ始めます。


 しかし。


「妾も甘く見られたものじゃの」

 と、コーデリア様が艶やかに微笑みます。

 その腕に、顔に、身体に、凄まじい勢いで血管のような浮かび上がって。

 それが、弾け飛んだ、ように思えました。

 魔力の爆発。

 そして、大広間に突風が吹き荒れて。


 本格的な混乱が生まれました。

 なぜなら、先ほどそこにいたはずのコーデリア様の姿はなくなっていて。

 代わりにいたのは、巨大な、それこそ人間を数人くらい一飲みにしてしまうそうなほどの巨大な蛇がそこに現れていたのですから。


「まずいぞ」

 ナイジェル様の声が硬く、強張っています。

 その腕には顔色を失ったシャルロット様がしがみつき、その二人を守るようにオーランド様が立って、巨大な蛇を見上げています。

「大丈夫」

 ルークだけがのんびりとした口調で、耳の中に指を突っ込んでその場の喧騒を聞かないようにしながら呟きます。「あのねーちゃん……王様も、一般人は巻き込まんだろ」

「ねーちゃん? 王様?」

 ナイジェル様の途方に暮れた声が聞こえます。

「うん、あの、自称、地を這う者の王様とかなんとかいう……」

「何? 一体、どういう……」

「そうよ」

 そこに、カサンドラの悲鳴じみた声が混じります。「あと少しだったのに! どうして!? 何なのよ、アレは!」

「どうしてって言われてもなー」

 ルークは呆れたようにカサンドラを睨み、急に思い出したように詰め寄ります。「ほら、それよりさっさと俺様たちを元に戻せ!」

 しかし、カサンドラが何か言葉を返す前に、その場を揺らがす爆音が響きました。


 宮廷魔術師団、そして騎士団の皆様がコーデリア様に向けて攻撃を開始していました。

 わたしは思わず悲鳴を上げ、ルークの身体に飛びつきます。

「コーデリア様が!」

「いいからほっとけにゃ」

「でも!」


「下がれ、下郎ども!」

 コーデリア様の大きな口から、地を揺るがす咆哮が上がります。

 その途端、騎士団の皆様も、魔術師団の人たちも自分の腕で、持っていた盾で身を守ろうとします。

 しかし、彼女の咆哮だけでも、王城が揺らぐような衝撃がありました。

 壁や床に走る亀裂、巻き起こる粉塵。

 それは、命を危険を感じるほどの――。


「高貴な人間の血は、妾に力を与えてくれる。それを見せてくれようぞ」

 コーデリア様は、優雅な動きで身じろぎをするのです。

 その尻尾が床を這いまわり、それほど力を入れていないように見える動きでも、床が割れていく光景は恐ろしいながらも目を奪われるものでした。

 そして、大広間の外からも悲鳴が上がりました。

 何が起きてるんでしょうか。

 わたしがルークにしがみついたまま、悲鳴の方に目をやると、何か地響きのようなものが聞こえて。


 外から、何千、いえ、何万匹もいるだろうと思われる蛇の大群が押し寄せてきたのです。


 それは、完全なる混乱でした。

 女性の中には、気を失って倒れる方もいましたし、逃げ出そうとする人々に押されて倒れこむ人もいらっしゃいました。

 騎士団の皆様は、武器を手に蛇の大群に向かっていき、そして魔術師団の皆様は国王陛下を守ろうとして。


 そして、王女様の悲鳴が上がりました。


 いつの間にか、コーデリア様の巨大な口が、王女様に近づいて。

 あまりにも簡単に、彼女の小さな身体を咥えて宙高く持ち上げてしまっていたのです。


「フランチェスカ!」

 国王陛下の声が響き渡ります。

 それと共に、魔術師団の人間がコーデリア様に攻撃魔法を使おうと動きます。

 しかし、国王陛下が慌てたようにそれを押しとどめます。

「娘に当たる!」

 それを聞くと、魔術師団の人々も攻撃する手をとめざるを得なくなります。

「しかし、陛下! 逃げられてしまいます!」

 誰かがそう叫んだ瞬間でした。


「さて、君を使い魔として契約させてもらおう」

 と、アルヴィ様がコーデリア様の前に立って、その右手を上げました。

 誰かがやめろ、と叫んだ気がします。

 しかし、アルヴィ様はそれを気にせず、魔術の呪文の詠唱を始めました。

 アルヴィ様の足元から、光が生まれます。そして、魔術の呪文の数列らしき文字が床に、壁に瞬時のうちに走ったかと思うと、それがまるで細かな目の網のようになってコーデリア様へと襲い掛かります。

 その光の網は、巨大な蛇の身体に纏わりつき、一気に締め上げていきます。

 蛇の身体が軋む音が辺りに響き、わたしはとても見ていられなくなってルークの胸に顔を埋めました。


 そして。


「とてもいい場所に居合わせました」

 と、アルヴィ様が穏やかに言うのが聞こえて、わたしは恐る恐るそちらに目を向けました。

 アルヴィ様はその右手の中に、小さな青い蛇を捕まえていました。

 その目の前には、床に座り込んでアルヴィ様を見上げている王女様――フランチェスカ様がいらっしゃいます。もうその指にはあの指輪の姿はありません。

 そして、大広間にいた人間全てが、動きをとめてアルヴィ様を見つめていらっしゃいました。

 茫然。

 その言葉が似合う姿で。


「お怪我は」

 と、アルヴィ様がフランチェスカ様のそばに膝をつき、優しく声をかけます。

「……え、ええ」

 フランチェスカ様は震える声でそう返し、アルヴィ様に身体を支えられながら立ち上がります。でも、恐怖のあまりでしょうか、歩くことはできそうになく、そのまま今にも倒れてしまいそうな様子でした。

 すぐに、その場にいた宮廷魔術師の皆様がフランチェスカ様に駆け寄ります。

 国王陛下も同じように、青ざめた顔色を見せつつも王女様に駆け寄ると、その小さな身体を抱き寄せました。


「……ええと」

 そして、少し離れた場所で、我に返ったといった様子のダニエラ様がアルヴィ様を見つめていて、その視線をすぐ横にいるクリストフ様に向け、一瞬の間の後に小さな嬌声を上げています。

 クリストフ様は今目が覚めたと言わんばかりに頭を振り、眉根を寄せてこの混乱の場を見つめ、首を傾げています。

 とにかく、このお二人は今の状況が全く理解できていない状況のようでした。


「貴殿の名前は何と申す」

 国王陛下は、フランチェスカ様の背中を撫でつつアルヴィ様に視線を投げ、感嘆の混じる声を上げます。

「アルヴィ・リンダールと申します、陛下」

 アルヴィ様はまさに、嫣然という言葉が似合う笑顔を見せてそう応えました。そして、くすくす笑いながらその手の中にいる小さな蛇を見下ろすのです。

 そして改めて、惨憺たる有様の大広間を見渡し、ため息をつきました。

「さて、蛇たちを退却させてもらおうか」

 アルヴィ様がそう囁くと、その手の中にいる蛇が頭を上げます。

 その途端、空気がざわめくような音が響き渡り、大広間に押し寄せてきた蛇の大群がまた外へと出ていくのが見えました。

「便利だね」

 さらにアルヴィ様は笑います。


「ご立派ー」

 ルークがわたしにだけ聞こえるように囁き、笑っています。「ホント、ナチュラルボーン、だよにゃ」


 ――ナチュラルボーン……詐欺師、と言ってましたっけ?

 わたしはただこくこくとそれに頷き、笑いだしたくなる衝動をこらえていました。何でしょうか、安心しすぎたせいなのか、頭の中がぼんやりします。


「さて、せっかく魔術師がたくさんいるのですから、お力をお借りしたいのですが」

 アルヴィ様はまだ茫然としている皆の顔を見回し、それから崩れかけた壁、ひび割れた床を見下ろして続けました。「これだけ人数がいれば、修復もあっという間にできましょう。ここで腕の見せ所、でしょうか」

 と、宮廷魔術師の人間ではなく、どこかの貴族様が連れてきたと思われる魔術師たちに目を向けて微笑みます。

 急に話を向けられて困惑した様子がそこにはありましたが、アルヴィ様の言葉を理解するのは皆さん早いのです。

「国王陛下に名前を憶えてもらうチャンスですね。その力を見せていただきたい」

 アルヴィ様のその言葉を始めに、その場にいた魔術師たちが王城の崩れた場所の修復のため、魔術を使い始めたのでした。


「……嘘、でしょ」

 そしてただ一人、カサンドラだけがその場に膝をついて崩れ落ち、絶望にも似た色をその双眸に浮かべていたのです。

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