第46話 舞踏会の夜
翌朝、目が覚めると随分と身体が楽になっていました。
それはどうやらルークも同じようで、血色の良い頬を見せ、元気よく部屋の中を歩き回りつつ、「お腹すいたなー」とか言っています。
そして、相変わらずわたしはお腹がすかない状況で、使い魔の身体は楽だな、とか考えてしまいます。
「薬草酒が効いたみたいで、何よりです」
その部屋に入ってきたオーランド様が、ルークを見て微笑みます。そして、その腕に絡みつくシャルロット様もおまけのように彼に寄り添っています。
「薬草酒?」
ルークは、昨夜飲んだお酒のことを思い出したようで、手をぽん、と叩いて笑いました。「おー、あれか! 効いた、効いた! 目覚めすっきり、元気いっぱいだにゃ!」
「わたしが調合すると言ったのに、認めてもらえなかったわ」
シャルロット様が心の底から残念そうに呟き、そっとオーランド様を見上げますが、オーランド様は彼女を見ることなく頷きました。
「危険な賭けには乗らない主義ですので」
「どういう意味?」
「言葉のままです」
「起きたか」
そこでドアが開き、ナイジェル様が姿を見せました。彼はルークとわたしを見つめ元気そうなのを確認して安堵したように笑い、それからオーランド様とシャルロット様を見て呆れたように目を細めました。
「お前たちは……まあ、いい。全員揃っているなら、本題に入ろう」
「本題?」
ルークがソファに腰を下ろし、男らしく足を組んで首を傾げて見せます。
すると、ナイジェル様が困ったようにルークを見つめます。
「舞踏会に招待されている俺たちは、別に問題なく城に入れる。さて、お前たちをどうするか考える」
「俺様と……こいつか」
ルークが彼の足元にいたわたしを抱き上げ、ナイジェル様の次の言葉を待ちます。
「姉上の名前を騙るのもありだとは思うんだが……どうだろうか」
「それより、私の弟子扱いでどうでしょうか」
オーランド様が眉根を寄せつつ言いました。「とても、貴族の娘とは思えませんし」
その言葉の後、見事に皆の視線がルークに集まります。
――その通りですね。
今のミア・ガートルードは、だらけた格好の一般人の女の子にしか見えません。だったら、確かに魔術師の弟子という形が一番いいのでしょう。
「ルーク」
わたしは小さく囁きます。「ただでさえわたしは女の子らしくないのに、そんな恰好をされたらもっと残念なことになります」
「そっか?」
ルークが若干、男らしく広げた足を見下ろします。そして、わざとらしく足を閉じました。
「女の子らしくない?」
ナイジェル様がわたしの言葉を聞きとがめて小さく言いました。「そんなことはないだろう」
ふと、シャルロット様とオーランド様の視線がぶつかり合いました。
わたしも困惑してナイジェル様を見つめています。
だって、どう見ても女の子らしくないのですが。ルークの色気の欠片もない仕草もあって、礼儀作法も何もない、不躾な印象しかありません。
「そうだわ、お兄様」
そこで、シャルロット様が何か含みのある声色で言います。「この子を着飾らせてそばに置いておけば? 今は非常事態だし、舞踏会で下手に女の子に声をかけられても困るだけでしょう? 近くに女の子を侍らしておけば、誰も声をかけてこないと思うけど」
「侍らす……という表現は問題だが、確かにその通りだと思う」
ナイジェル様は素直に頷き、ルークを観察するように頭から足のつま先までを見つめます。そして、深いため息をこぼしました。
「だったら、もうちょっとマシな格好をさせろ。これでは召使と全く変わらん」
「はーい」
シャルロット様が明るく、そして何か企んでいるような笑みを浮かべ、オーランド様から離れて部屋の外に出ていきます。そして、何事か彼らの召使たちと会話している気配が感じ取れました。
そして、何が何だか解らないまま、舞踏会の夜を迎えることになります。
どうやら、今回開かれる舞踏会の初日というのは、いわゆるお祭りの前夜祭のようなものらしいです。
綺麗に飾り付けされた城内で、まずはどこかの国の王子様や貴族様が呼び集められ、それぞれ国王陛下に挨拶をし、そこで王女様の顔を少しだけ見て、食事をしたり談笑したり。
舞踏会本番という感じの二日目から、本格的にお祭り騒ぎになるようで。
ダンスをしたり、色々な出し物があったり、楽しそうだなあと思うのですが。
もちろん、そんなことより重要なのはカサンドラの行動です。
そして、ダニエラ様の無事を確認することです。
きっと、アルヴィ様が上手く何かをやってくださると思うものの、緊張したままわたしたちはナイジェル様たちと一緒にエーデルマンの城内へと入ることになりました。
エーデルマン王国に入る時よりもずっと厳しいチェックを受けた後、煌びやかに着飾ったたくさんの人々が城内に入る光景は、まるで夢の中の世界のようでした。
それほどまでに美しく、現実味のない光景。
皆がエーデルマンの王城に集まり始めたのは、空が赤く染まる夕方のことです。
しかし、あっという間に空が星空になり、城がたくさんの明かりで星空よりも美しく輝くのをわたしはぽかんと口を開けて見上げていたような気がします。
そして、ルークはナイジェル様の召使たちにより、本当に可愛らしく『仕立て上げ』られていました。
見違えるとはこのことでしょうか。
一応、とても愛らしい女の子に見えます。
可愛らしく結い上げられた髪の毛、きらきら光る耳飾りとネックレス、細い身体にも似合う、ふわりとしたドレス。そして、その肩にはわたしという翼のある猫。
ある意味完璧です。
おとなしくしていれば、それなりに目を引く少女なんだと思います。そう、今だけは、絵本やおとぎ話でで描かれる少女のように、魔術をかけられて変身しているのかも。
でも。
「何だかいい匂いすんぞ。メシか」
と、呟いている本人を見てしまうと、色々残念です。
ナイジェル様は落ち着いた正装で、いかにも貴族然として目を引く美青年みたいな感じでしたし、その横にいる彼の妹、シャルロット様もクールな表情の貴族の美少女、オーランド様もまるでシャルロット様を守る騎士のようなイメージの男性で。
そのそばにいるミア・ガートルードだけが、本当に残念。
とはいえ、わたしたちはできるだけ目立たないように城内を進んでいきます。
わたしたちよりずっと派手な人々が周りを歩いていますので、特に問題はありません。ただ、貴族様が連れている魔術師様たちの視線が、時折わたしたちに向けられるのが気になりました。
たまにですが、「珍しい使い魔を連れていますね」と声をかけてくる魔術師様もいます。でも、オーランド様はそんな彼らを上手くかわしてくださいました。
そして。
きっと、招待客がほとんど集まったのか、巨大な大広間へと連れてこられたわたしたちの目の前に、エーデルマン王国の国王陛下が姿を現すことになりました。
「皆、よく来てくれたと感謝の意をここで述べたい」
わたしたちがいる場所からでは遠くてあまり国王陛下の姿は見えませんでしたが、挨拶をされた時の朗々と響き渡る声は、いかにも国民の上に立つ威厳を備えていらっしゃいます。
辺りを見回しても、ダニエラ様の姿どころかアルヴィ様――カサンドラの姿はどこにもありません。明日から舞台劇の本番なのですから、今夜は会えないのかも、と少しだけ悔しく思った時です。
僅かにその場がざわめくのに気づいて、わたしは視線をそのざわめきが向いている方向へと視線を向けました。
――王女様。
わたしは人々の群れの隙間から、その姿を拝見しました。
痩せていて、小柄。
わたしとそれほど年齢は変わらないのでしょうが、とにかく清楚で美しい雰囲気の美少女。緊張した横顔と、白い頬、長くて美しい金色の髪の毛。その髪の毛の合間に見え隠れする宝石なのでしょうか、少し歩くだけで煌めく輝きが彼女の美しさをさらに際立たせています。
そして、その右手。
細い指。
そこには間違いなく、見覚えのあるものが見えました。
コーデリア様の指輪。
以前はわたしの指にあったもの。そして、アルヴィ様が持っていかれた指輪。
それが今、その王女様の指にはめられていました。




