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ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


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第40話 役に立ってみせます

「また会えたら、俺様たちを元に戻してくれるって言ったにゃ」

 ルークがニヤリと笑ってそう言った瞬間、辺りの空気が冷えたような気がしました。

 いいえ、それは気のせいなんかではなく、急に起こった魔力の流れが冷たかったからなのだと思います。

 気づけば、わたしたちの周りに奇妙なドームのような壁が出来上がっていました。

 透明な壁。でも、その表面が波打って見えます。

 そしてその壁は、間違いなく目の前にいるカサンドラが作り出したものでした。

 これは何?

 わたしが目を細めてその壁を凝視すると、カサンドラの静かな笑い声が聞こえてきました。

「そんなこと、言いましたか?」

「言ったにゃ!」

 ルークの声が大きくなり、わたしは少しだけ身を竦ませました。

 騒いだら、目立ってしまう、そう考えたからです。

 でも。


「音がしない」

 ナイジェル様がそう呟いて、わたしはそっと彼らに視線を向けました。

 このドームの中に閉じ込められているのは、この場にいないオーランド様以外の全員です。

 そして、見えない壁の向こう側にはたくさんの人々が行きかっているというのに、誰もこちらを見ようとはしませんでした。

 こちらに歩いてきた人たちも、ぶつかる前に自然とその足が脇にそれて通り過ぎていきます。それはまるで、わたしたちがここにいないかのように。

「ほら、周りからは何も見えないし、聞こえないんですよ」

 カサンドラはそこでナイジェル様を見つめ、薄く微笑みます。「これでゆっくり話ができますね。それで、あなたたちは何者ですか?」

「あなたこそ何者よ」

 そこで、ダニエラ様が思い切ったように口を開きました。

 彼女の表情には怒りに似たものが見え隠れしています。

「あなた、魔術師なんでしょ? クリストフ様に何かしたの?」

 それを聞くと、カサンドラは呆れたように肩を竦めます。

「さっき、門の前であなたを見ましたね。あの男のファン? そうなの? まさか、フェルディナンドから追いかけてきたの? もしそうだとしたら、すごいわねぇ」

 だんだん、カサンドラの口調が女性らしいものへと変化していきました。

 アルヴィ様の容姿でその言葉遣いは、やめて欲しいと思いました。かといって、敬語の台詞も偽物のアルヴィ様としか思えず、厭なのですけれども。

「バカにしてるの? いいから、何をしたのか答えなさいよ!」

 気色ばんでダニエラ様が手をきつく握りしめます。その手が震えているのも見て取れました。


「お姉様」

 シャルロット様が心配しているような声色でそう言って、その手を伸ばして手首を掴もうとします。でも、ダニエラ様はそれを振り払って、さらにカサンドラの方へ近寄りました。

「あなたが何者なのかはしらないけどね、クリストフ様に手を出したら絶対に許さないんだから!」

「あらぁ。アタシ、男には興味ないわよ」

「気持ち悪い口調もやめて! バカにしてるの!?」


「ちょ、ちょっと待ってください」

 わたしはそこでダニエラ様の前に飛び降りて、二人を交互に見つめます。

 それから、カサンドラに言いました。

「この人たちは無関係なんです。放っておいてください」

「無関係? だって、あなたたちと一緒にいるじゃない? つまり、関係者でしょ?」

「偶然、ここで居合わせただけだにゃ」

 ルークもわたしの方へ歩み寄り、わたしの身体を抱き上げて言いました。「これは俺様たちだけの問題だろーが。さっさとご主人の身体を返せ。でないと……」

「でないと?」

 ふっ、と鼻で嗤う様子を見せたカサンドラは、その手を見えない壁の方へ伸ばしました。「何をするつもりかしらね? 何だか、しばらく見ない間に変な魔力を得たみたいだけど。でもね、ここはアタシが作り出した空間よ?」

「ああ?」

「ここであなたが魔術を使うとするわよね? すると、魔力同士のぶつかり合いがおきて」

「おきて?」

「バーン!」

 と、彼女はその手で何かが爆発するかのような仕草をして見せました。

 ルークが言葉を失い、低く唸るのを確認してから、彼女はさらに言うのです。

「全員、吹き飛びたくなければおとなしくしてなさいよ、使い魔さん」

「けっ」


「そんなのどうでもいいわよ」

 また、ダニエラ様が詰問口調で詰め寄りました。「さっきの話はどうなったの? クリストフ様は」

「もー、うるさいわねえ」

 カサンドラは小さく舌打ちすると、ダニエラ様に向き直りました。「あいつは捨て駒なの」

「捨て駒!?」

「そ。だって、王城の中で何か問題が起きたら、罪を擦り付ける相手が必要でしょ?」

「罪を……擦り付ける?」

「いざとなったら、アタシが逃げるために必要なのよ。どこかの貴族様じゃなくて、ああいうのがちょうどいいの。罪を被って処刑されたとしても、問題はなさそうだもの」

「はあ!?」

 ダニエラ様は一瞬、口を開けて身体を硬直させました。でも、すぐにその頬を怒りに紅潮させ、さらにカサンドラに近づこうとして、ナイジェル様に腕を掴まれて引き戻されます。

「すまないが、面倒はごめんだ」

 今度はナイジェル様がカサンドラに言いました。「俺たちはこれ以上関わりたくない。だからとにかく、ここから出してくれ」

「ふぅん? どーしようかしら」

「何?」

「何だか、あなたたちを解放したらアタシが面倒を被りそうだし」

 と、彼女は意地の悪い笑みを浮かべると、いきなりダニエラ様の背後に回り込み、後ろから羽交い絞めにします。

 ダニエラ様の悲鳴と、シャルロット様が息を呑む声。

「お前、放せ!」

 ルークが低く叫びます。

 そしてわたしも、ルークの腕の中でもがいて、カサンドラに飛び掛かろうとします。

 でも。


「動いたら殺すわよ?」

 と、カサンドラがダニエラ様の耳元に唇を寄せ、低く笑いました。

 誰もが動きをとめ、彼女のことを見つめます。

「放して」

 一番冷静だったのは、当のダニエラ様だったのかもしれません。他の皆が顔色を変えて各々の場所で身体を強張らせていても、彼女は静かに頭を働かせていたようでした。

 ダニエラ様は羽交い絞めにされた格好で、おそらく苦しい体勢だと思うのに毅然として言いました。

「こんなところで死体が出れば、それこそ大騒ぎになるわよ? あなたの狙いが何なのかは知らないけど、それは悪手にしかならないわね」

「確かにそーねぇ」

 カサンドラの笑顔も冷静です。「だったら、あなたにも協力してもらおうかしら」

「協力?」

「何を考えている? 姉上を放せ」

 ナイジェル様が若干、慌てたように言うのを聞いて、そしてわたしは罪悪感に駆られていました。

 とんでもないことになってしまった。


「あなたたちが余計なことをしないように、この子は人質にする」

 カサンドラがダニエラ様の首筋にさらに顔を寄せ、まるで口づけするかのような動きを見せて。


「厭です、やめて」

 わたしは思わずそう言いました。「アルヴィ様の身体で、変なことしないで」

「あなた、そればっかりね」

 つまらなそうに鼻を鳴らしたカサンドラは、軽くわたしを睨みつけてきます。でも、ダニエラ様のことはその腕の中に拘束したままで。

「他に何も言えないの?」

 そんなことを言われるものだから。

 わたしは。


「わたしたちを元に戻してください。その後で、わたしが人質になります。そしてあなたの命令に従います。だから、ダニエラ様を解放してください」

 そう言ったのに。

「厭よ」

 あっさり彼女はそれを拒否しました。「あなたは役に立たなそうなんだもの」


「……いいえ、役に立ってみせます」

 わたしがそう言うと、ルークが『やめろ』と言いたげに乱暴にわたしを撫でました。

 でも、どうしても言わなくてはいけないと思いました。

「何でもします。だから、ダニエラ様を解放してください。お願いします」

「何でもする?」

 くくく、という彼女の笑い声が響きます。

 からかうように、遊ぶように次の言葉が彼女の口からこぼれました。

「じゃあ、死ねって言ったら死ねる? できないでしょ?」

「ダニエラ様を解放して、その身体をアルヴィ様に返してもらえるのなら。それと、わたしとルークの身体を入れ替えてもらえるなら。その後でしたら、何でも言うことをききます」

「あら」


 少しだけ、彼女の表情が困惑に歪んだように思えました。

 でも、返事は簡単でした。


「ま、無理ね。あなたよりこの子の方が役に立つのは間違いないもの」

「お願いします」

「だーめ」

 彼女はそこで何か魔術の呪文を詠唱したようでした。

 その途端、ダニエラ様が意識を失ってその場に崩れ落ち、その身体を抱き上げたカサンドラがこの場にいる全員の顔を見回しました。

「とにかく、アタシの邪魔をしないで。無事に何もかも終わったらこの子も返してあげるから、もうアタシにかまわないで」

「それを約束しろと?」

 ナイジェル様が忌々しそうに呟いて。

「約束するしか、あなたたちに方法はないのよ」

「くそ」


「だから、もう関わらないで。もし余計なことをするようだったら」

 カサンドラの瞳に燃えるような輝きが灯りました。「誰か、本当に死ぬからね?」

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