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ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


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第38話 お前のその翼は、忍び込むために

「フェルディナンド王国のハイデッカー様、どうぞ中へ」

 門の騎士様の少しだけ長く感じる尋問の後、わたしたちは門を通ることを許されました。

 次から次へとやってくる旅人たちのため、わたしたちは少々乱暴なまでに急き立てられてエーデルマン王国の中へと入りました。

 周りを見回しながら大通りへと続く道を歩いていき、フェルディナンド王国とは少しだけ情緒の違う建物を見上げます。窓の形とか、デザインの違いなのかもしれませんが、何だかものすごく異国にきているのだという気分になります。

 人々が着ている服は、我々とはほとんど変わりません。

 でも、騎士様たちが着ていた甲冑のデザインは違いましたし、商店に並んでいるものも違います。野菜一つにしても、形、色が違いました。

 わたしたちは馬車から降りて歩いていましたが、すぐにダニエラ様は馬車の中に戻ってしまわれていました。

 やはり、歩くのは疲れるのだと思います。


 でも、ナイジェル様とオーランド様が馬車に乗らないので、シャルロット様もそのすぐ横を歩いています。そして時折、転びそうになった瞬間に自然な流れでオーランド様にしがみつき、オーランド様の表情が硬直して。

 何だかその様子を様式美と呼ぶのかもしれないと考えました。

「舞踏会までまだ数日あります。宿は確保していますので、ナイジェル様の準備を……」

 と、オーランド様がぎこちなくシャルロット様に微笑みかけます。「それと、ちょっと離れていただきたく」

「い・や」

「厭じゃなくてですね」


「お前たち、宿はどうする」

 いきなり、ナイジェル様がルークとわたしの背後に立って話しかけてきました。

 その声は幾分、緊張しているように聞こえます。

「大丈夫にゃ。俺様たちはここで別れるからな」

 ルークが腰に手を当て、くるりと振り向いて笑います。ダニエラ様の教え通りの、輝くような笑顔でしたし、ダニエラ様による素晴らしい手腕によるお化粧という魔術で化けたというのに、ナイジェル様は何も感じていないようです。無表情でルークを見つめた後、すぐにわたしに視線を向けて言いました。

「別れてどうするつもりだ。探し人はそんなに簡単に見つかるわけではないだろうし……もし、舞踏会に行くなら俺たちと一緒に行動した方が」

「いいえ、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません」

 わたしは礼儀正しく応えます。

 すると、少しだけナイジェル様が目を細めてため息をこぼしました。何だか苛立っているように見えたので、わたしはそれ以上何も言わず、そっと隣のルークを見つめます。

 その時、ルークは辺りを見回していて、困惑したように首を傾げて見せました。

「んー。舞踏会とやらは始まってないんだろ? 何だろな、ご主人の気配があの城の方から感じるんだけど」

「城の方からですか?」

「気のせいならいいんだけどなー」


 ルークとわたしの視線の先。

 そこには、巨大な城がありました。


 エーデルマンの王城というものも、フェルディナンド王国のものとはデザインが大きく違います。

 フェルディナンドの王城が横に広いという感じなのに比べて、エーデルマンの王城は天に向かうかのようにそびえ立つというか、とにかく上に長いのです。


 ――城の方からアルヴィ様の気配が?

 確かに何となく、そんな感じはしますけれども。


「でもわたし、まだアルヴィ様と他の魔術師様の気配の違いが読み取れません」

 わたしはルークの肩の上で居住まいを正しつつ言います。「この気配、もしかしたら、宮廷魔術師様かもしれませんよね?」

「まーな。どっちにしろ確認するしかねーだろ」

「確認……って」

「お前のその翼は、何のためにあると思ってるにゃ!? その答えは、忍び込むためにある!」

「そ、それは初耳です」

 うっ、と言葉に詰まってわたしが身をそらすと、彼はわたしの頭を乱暴に撫でた後、身体を掴んで空に投げ出しました。

「ほーら、行ってこい!」

「乱暴!」

 わたしが空で翼を羽ばたかせながら叫ぶと、何となく周りの視線を感じます。当然のことですが、ここはエーデルマンの王都の大通り。我々だけではなく、他にたくさんの人々もいるわけで。

 わたしとルークのやり取りを見て、聞いていた人たちがこちらを見ている状況です。

「目立ってる」

「目立ってますよ、あなた方」

 ナイジェル様とオーランド様が呆れたようにわたしを見上げていました。


 わたしは慌ててルークの肩に降りて、まずは彼の頭を前足で叩きます。

「もしここで皆様とお別れするなら、そのドレスはお返ししないと」

 そう言って、彼をダニエラ様の乗っている馬車の方に行くよう促すと、その扉がルークの目前で勢いよく開いて彼女が姿を見せました。

「忍び込むなら、その服装は必要でしょ?」

 ダニエラ様は馬車から降りてくると、ルークの耳元に顔を寄せて声を潜めて言いました。「舞踏会に忍び込むなら、って意味だけど。さっきまでのあなたの服じゃ、召使とも呼べないわ。すぐに咎められて外に追い出されるか……処刑ね」

「処刑」

 わたしが上ずった声を上げますが、ルークは驚いた様子も見せません。

 しかも。

「だろーなー。でも、逃げれば問題ねーし」

 などと嘯いています。

 嘯いて……っていうか、本気!?

 わたしがルークの横顔を見つめると、彼はニヤリと笑うのです。

「いっそのこと、舞踏会をぶち壊して混乱させているうちにご主人に接触する」

「ダメに決まってるでしょ」

 ダニエラ様が渋い表情で唸るように言います。「クリストフ様の晴れ舞台を壊すなんて、絶対に許さないから」

「んー」

 そこで彼はあきらめたように肩を竦めました。「しゃーない、おとなしくバレないように侵入するか。だったら、ありがたくこの服、借りておくぜ」

「そうしなさい」

「そうとなれば、早速行くぜ、娘ぇ」

「……はい」

 わたしはため息をついて頷きました。

 とにかく、エーデルマンの王城に近づけば、もう少し何かが解るかもしれません。そうと決まれば、すぐに行動を開始しなくては。


「待て」

 ナイジェル様がそこで口を挟んできました。

 彼の方に目をやると、頭痛を覚えたかのように額に手を置いたナイジェル様の姿がありました。

「お前たちの姿は門のところで見られてる。お前たちが何か失敗して王城の誰かに捕まることがあれば、俺たちの立場も危うい」

 そう言いながら、彼が視線をこちらに向けます。

 オーランド様もそれを聞いて、一瞬の間の後、頷いて見せました。

 でも、それに続いたナイジェル様の言葉は、オーランド様にも、そしてわたしたちにも意外なものでした。

「だから、手伝おう。こちらにはそれなりに優秀な魔術師がいる」


「え?」

 わたしが困惑し、ダニエラ様が「あらぁ」と楽し気な声を上げます。

 そして、オーランド様が胡乱そうな目つきでナイジェル様を見つめています。

「それなりに……ですか?」

「ものすごく優秀よね?」

 シャルロット様がくすくす笑いながらオーランド様の腕に絡みつき、またオーランド様をさらなる困惑の中に陥れて。


「珍しいわね、あなたにしては」

 ダニエラ様が言いました。「面倒なことが嫌いじゃなかったの?」

「いや」

 ナイジェル様は気まずそうに言葉を区切った後、誰とも視線が合わないように地面の方を見ながら続けました。「俺はそいつに……酷いことを言った。その謝罪代わりというか……」


 ルークの視線がわたしに向けられると、自然と他の皆様の視線もわたしに向いて、ものすごく居心地の悪い空気が流れました。

「いえ、別に、そんな」

 わたしがおろおろしつつ何か言おうと言葉を探していると、ナイジェル様は真剣な眼差しをこちらに向け、思い切ったようにわたしの方へ近寄ってきました。

「すまなかった。あれは完全に、俺が悪い」

 と、彼がわたしの前足を取ったわけですが。

 それが妙に恭しい手つきで。

「えええええ」

 何ですか、この雰囲気。


「あら、ホント珍しい。ナイジェルったら、その子が気に入った? 女の子が嫌いなのにね」

 からかうようにダニエラ様そう言うと、ナイジェル様はわたしを見つめたままで言うのです。

「女は嫌いだが、動物は好きだ」


「あなたバカ?」

「やっぱりお兄様はバカね」

 ダニエラ様とシャルロット様の声が重なりました。

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