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ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


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第33話 弟子にしてくださいにゃ!

「弟子にしてくださいにゃ!」

「にゃ?」

 目の前に立った背の高い男性――先ほど、わたしが窓の外から見た魔術師、オーランドという名前の彼は不思議そうに眉を顰めました。

 そして、わたしはルークの左肩に乗ったまま、右前足でルークの頬を軽く叩きます。

「頭を下げてください」

 そう言うと、慌てたようにルークが勢いよく頭を下げました。

「家事はできません! 料理は食うのが得意です! 性奴隷も無理ですにゃ! 断るのも当然ですが、そこを何とか! 運よく馬車も取り返してきたわけだし!」

 床を見下ろしたままルークが叫ぶと、オーランドがほとほと困った様子で頭を掻きます。

 その後ろから、この騒ぎを聞きつけたらしいナイジェルという男性がこちらにやってくるのが見えました。


 本当に、正面突破というか当たって砕けろ精神なんだと思います。

 ルークは馬車を引いてハイデッカー家に押し掛けると、使用人らしき男性に向かって「この屋敷の魔術師に会いたくてきた」とか言い出しました。

 もうちょっと、言葉を選べなかったのでしょうか。

 相手の男性は明らかにこちらを警戒していましたが、ハイデッカー家の家紋の入った馬車を見ると「少々お待ちを」と言い残して門を一度閉じました。

 随分長い間、その場で待たされた後に門は開き、先ほどの使用人と一緒に魔術師がやってきたわけです。

 そこでの開口一番に先ほどの言葉です。

 相手が困惑するのも仕方ないことだと思います。


 しかし、ルークは必死に慣れない敬語を使いつつ、嘘も交えた言葉を吐き出します。

 どう聞いても失敗しているような気がしますが。

「俺様……じゃねえ、俺は魔術師になりたいです! 力のある魔術師だと有名な、こちらの方に弟子入りすれば、将来安泰だと思いました! なにとぞ! なにとぞ!」

「それはともかく、馬車を取り返してくださったことには感謝いたします」

 と、オーランドは色々なところを聞き流し、背後にいた召使の男性に馬車の方へいくように促します。召使が馬車に近寄り、馬の手綱を引いて庭の方へと向かっていくのを見守りつつ、わたしは必死に考えました。

 このままじゃダメだ、と。

「礼金は払わせよう」

 と、背後からナイジェル……ナイジェル様が言います。「父に言って、君たちの言い値を払わせる」

「金より仕事ですにゃ」

 ルークが顔を上げてナイジェル様を見つめ、ニヤリと笑って見せました。「将来有望な魔術師志願者を追い返すつもりですか」

「将来有望ね」

 ナイジェル様が明らかに馬鹿にしたように鼻で笑い、オーランド様の肩を叩きました。もう、これで会話は終わりだ、と言いたげなその仕草でしたが、オーランド様の表情は少しずつ真剣なものになってきていました。

「有望かもしれませんよ、ナイジェル様」

「まさか、弟子に取るつもりではないだろうな」

「いえ、少し話を聞きたいと思いまして」

「珍しいな、お前にしては」

「……ええ」

 オーランド様は奇妙な目つきのまま、ルークとルークの肩に乗ったわたしを見つめ、目を細めて見せました。すると、ナイジェル様もわたしに興味を持ったようで、少しだけ近寄ってきます。

「猫に翼があるとは珍しい」

「使い魔ですね。気難しい種族のはずですから、連れている人間はほとんどいません」

「俺様のペットにゃ」

 ルークがすかさず声を上げ、わたしはもう一度、右前足で横にあった彼の頬を叩きます。だんだん叩き慣れてきたなあ、と思いつつ。

「この気配、さっきも感じました」

 ふと、オーランド様がその目に冷たい輝きを灯しました。「君の名前は?」

「俺様は」

「いえ、こちらの方」

 と、彼はルークの言葉を遮り、その手をわたしに伸ばしました。

「あの、わたしはミアといいます」

 わたしがそう口を開くと、オーランド様の隣に立っていたナイジェル様が驚いたように目を見開きます。わたしが言葉を発するとは考えてもみなかったと言いたげな様子でした。

「俺様はルーク」

 またルークが必死に自己主張を始めましたが、ナイジェル様の反応は随分と冷めたものでした。

「俺、ね。もしかしたら君は男か」

「そうだにゃ!」

「なるほど、通りで胸が平らなわけだ」

「いえ、違います!」

 わたしは必死に否定しました。

 あり得ない!

 胸で判断するなんてあり得ない!

「こっちもオスだな」

 と、ナイジェル様は無造作にわたしの前足を掴んで引っ張り上げ、無理やり覗き込んできます。えーと、その、そういう場所を。

 ちょ、ちょっと待って!

 何だか、妙に自分が汚された気がします。何だかよく解らないですけれども。

「とにかくにゃ、俺様たちを弟子にしてくれたら漏れなくこれがついてくる!」

 ルークは持ってきた布袋の中から、レストリンゲの実を乾燥させたものを取り出してオーランド様へ見せつけます。

 でも案の定というか、見た目だけではただの胡散臭いドライフルーツですので、相手の反応は芳しくありません。何だそれは、と言いたげな視線が返ってくるだけです。

「とにかく、面白いものが見られたから感謝はしよう。礼金の準備をするから、少し待ってもらおうか」

 ナイジェル様がそう言って踵を返し、お屋敷の方へ戻ろうとした瞬間のことでした。


「ちょっと! ナイジェル! さっさと出立する準備をしなさいよ!」

 そんな甲高い声がお屋敷の方から飛んできました。

 二階にあるバルコニーのところから、ナイジェル様によく似た顔立ちの美しい女性が大きな声で叫んでいます。年齢はナイジェル様より年上で、深い青のドレスが女性らしい体つきを強調しているような気がします。とにかく、わたしとは正反対の、とても魅力的な方でした。

「わたしも行くことに決めたから! ほら、早く! ああ、そうか! どうせあなたは結婚できないんだし、準備なんかどうでもいいわ! とにかく早くしなさい!」

「姉上……」

 ナイジェル様が心の底から厭そうな声を上げました。「なぜいきなり」

 それは小さな呟きでしたが、結構離れた場所にいる彼女にも聞こえたのか、すぐに返事がやってきます。

「舞踏会にクリストフ様が呼ばれたらしいんだもの、絶対に行くに決まってるでしょ!?」

「最悪だ」

 無表情でナイジェル様が呟き、ため息をつきます。

 そして、状況がつかめないわたしとしては、その様子を見つめることしかできません。

「クリストフ様?」

 わたしがぼんやりとそう呟くと、一瞬だけナイジェル様の視線がわたしに向けられました。しかし、すぐにその視線は外され、その足はお屋敷へと向かいます。


「一緒に連れてってくださいにゃ」

 ルークがいつの間にかオーランド様の服の裾を掴み、僅かに小首を傾げてそう言っています。猫だったらその仕草は可愛かったのかもしれませんが、しょせんはミア・ガートルード。全く似合っていません。

「……何か裏がありますね?」

 ふと、オーランド様が声を潜めて言いました。その表情には僅かに警戒心が見えていましたが、それほど敵意は感じられません。穏やかな表情だからそう見えるだけなのかもしれませんが、人の好さというのがよく見て取れました。

「うーん、まあ、色々と。でも、もしもあんたたちが舞踏会に行くなら、ちょっとは役に立つ情報を出せるかもしれんにゃ」

「言葉遣いが荒いです、ルーク」

 わたしがそう言うのを、オーランド様が不思議そうに見つめ、やがて小さく言いました。

「話を伺ってからにしましょう。まずは中へ」

「よっしゃ! 弟子入り決定!」

「いや、まだ決定してはいませんよ?」

「俺様の師匠になるなら、まずはアレだ!」

「アレ?」

「俺様を撫でてみろ!」

「ちょっとルーク!?」

 わたしが慌てて彼の肩の上で爪とぎします。何を言い出すのかと思ったから。とにかく、我に返って欲しくて。

「撫で方が下手だったら師匠とは認めん!」

「いや、認めるのはあなたじゃなくて」

「お願いだから、黙って、ルーク!」

 困惑するオーランドと、慌てるわたし、我が道をゆくルークといったこの場に、また見知らぬ誰かが加わりました。

「……オーランド、それは誰?」

 突然、すぐそばで若い少女の声が響きます。

 その声の方に目をやると、そこに立っていたのは黒い髪の美少女です。そして彼女もまた、ナイジェル様によく似た顔立ちをしていました。

「騒々しくて申し訳ございません、シャルロット様」

 オーランド様は苦笑交じりに彼女に微笑みかけます。

 でも、その少女の表情は硬いままでした。

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