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ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


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第32話 情報収集からの正面突破

「何がいい考えなんでしょうか」

 わたしは空を飛びながら小さく呟きます。

 わたしの下に見える光景は、とても素晴らしいと思います。ノルティーダの街の十倍以上はあるだろうと思える大きな城下町です。大通りだけではなく、細い路地裏でさえ人の姿が絶えないだろうと思われる、賑やかな街。

 人々の格好も、さすが王都に住まう人間といった、いかにも裕福そうな姿が目立ちました。

 人々の話し声、笑い声、あらゆる声が聞こえてきています。それはさながら音楽のようでもありました。

 わたしが目指しているのは、この街で有名な貴族様のお屋敷、ハイデッカー家です。

 そこで、わたしは情報収集を頼まれたのです。


「いいか、召使になるのはあきらめるにゃ」

 さっき、ルークはそう言いました。

「賢明ですね」

 そう応えると、彼はニヤリと笑って続けました。

「その代わり、魔術師の弟子として入り込む」

「はあ?」

「いいか、娘。ほとんどの貴族様っていう連中は、その屋敷にお抱えの魔術師がいる。大抵は、宮廷魔術師にはなれなかった程度の力の主ではあるがにゃ、そこらへんの野良魔術師とは毛色が違う。そう、毛並みがいい」

「動物扱いですか」

「成り行きとはいえ、今の俺様は人間だが魔力がある。それも、制御できない大きな力にゃ」

「ああ、はい」

 何となく、そこまで言われるとこの先の言葉が予想がつきます。

「だから、弟子にしてくれ、と乗り込む!」

 ルークは拳を握りしめてそう叫びます。「で、どうせ舞踏会には魔術師も連れていくだろうし、弟子もそれに付き従うという算段なのだ!」

 何となくですが、その姿が自分の姿そのままのようで複雑です。力強く拳を握り、熱く語るその様子が……何というか。

「でも、そんな簡単にいきますか?」

「そーなんだよにゃ」

 ルークはそこでため息をこぼし、少しだけ俯きます。「お前にもっと胸があれば、ほら、ちょっと胸元をちらりと見せてやって色気で誑し込む、という手段が使えたんだが」

「胸が小さくてすみませんね! っていうか、それはお断りします!」

「じゃあ、足を見せる」

 と、彼がスカートをまくり上げそうになるのを両前足でがっちりガードしつつ、わたしは彼を睨みつけます。

「申し訳ありませんが、相手が女性の魔術師だったらどうするつもりですか!?」

「俺様は男なんだから、問題なし!」

「大ありです! わたしの身体で変なことをしようと考えないでください!」

「とにかくにゃ」

 と、ルークは全くわたしの言葉など聞いていないのか、完全に自分の世界に入り込んでいるようで、その言葉にも熱がどんどんこもります。わたしに詰め寄るようにして、身をかがめて不敵な笑いを浮かべて言いました。

「お前は情報収集してこいにゃ。その屋敷にいる魔術師が男か女か、色気でいくか、誠実さでいくか、事前に考えたほうが上手くいくだろ」

「そんな、余計に時間がかかるだけじゃ」

「あーん? 事前の知識なしに上手くいくと思ってんのか!? お前、ご主人を助けたいんだろ? さっさといってこい!」

「うー……」


 そんなやり取りの結果がこれです。

 わたしは門の警備の男性に教えてもらったお屋敷を見つけ、空からその庭に降り立ちました。

 お屋敷は大きく、三階建ての立派なものです。

 庭も広く、我が家のパン屋が何軒立ち並ぶことができるだろうか、と考えたりします。何軒どころか、何十軒と言われてもおかしくはないでしょう。

 庭師によって丁寧に手入れされた木々と、綺麗に掃除された石畳。

 そして、お屋敷の中から感じる人々の気配。

 ここだけでも王都の賑やかさが感じられるようです。

 わたしは植木の枝に飛び、辺りを見回しながら少しだけ耳を澄ませました。

 音というよりは、気配。

 ルークの肉体にいるから感じられる、魔力の気配を読み取るために。


 わたしはやがて、三階にあるバルコニーへと向かいました。

 そこから確かに魔力の波動が感じられるからです。


 本当にお抱えの魔術師がいるんだなあ、と思いながら、その窓のそばに近寄り、こっそり中を覗き込みました。


「世間体というのがあるのをご理解ください」

 と、言っているのは大きな背中の男性でした。黒い服装で、その後ろ姿だけでも彼が魔術師であるということが予想できるような格好をしています。

 赤銅色の髪の毛は長く、首の後ろで一つにまとめられています。

 魔術師というのは、ほとんどの人が髪の毛を伸ばしていると聞いたことがあります。よく解りませんが、髪の毛、爪といったものも魔力を宿すので、あまり切らないとか。

 その彼は身長も高く、身体を鍛えれば騎士と言ってもおかしくないような男性だと思います。

 でも、声はとても穏やかで、あまり戦いには向かないような優しさもありました。有り体に言えば、気の弱そうな、という感じでしょうか。

「世間体ね」

 そう応えたのは、彼の前で豪奢な造りの椅子に座っている若い男性です。

 黒い長い髪の毛と、冷ややかな目つきが印象的な、まるで人形のような顔立ちの男性です。何というか、白い肌があまり健康的とは思えず、余計に人形のように思えるのかもしれません。

「世間体だけで隣国へ、ね。つまらないものだ」

「招待を受けたからには、断るわけにはいきません。お父上の立場を危うくするのは……どうかと」

「でも、断る理由はある。盗賊に馬車を盗まれた。屋敷の警備に不備があって、ごたついているせいで外出もできない、とでも適当に言っておけばいい」

「ナイジェル様、それはいい考えではありません。ハイデッカー家には馬車が一台だけしかないとおっしゃるつもりではありませんよね?」

「貧乏貴族とでも思わせておけばいい。どうせ、相手は王族だ。呼び集めた貴族の連中は夜会を飾るための存在だ。そんなところで無駄な時間を喰うよりは、部屋で寝ていた方がよっぽど有意義だろう」

「ナイジェル様、それは」

 魔術師らしき男性が情けない声を上げました。

「いいか、オーランド。お前も姉上たちに焚きつけられて必死になっているのかもしれんが、俺は結婚などには興味がない。姉上たちを見ていれば女という生き物が厄介なのがよく解る。とにかく、舞踏会などに集まる連中が楽しい人種なわけがないだろう? 関わりたくないんだ」

「しかし、ナイジェル様」

 オーランドと呼ばれた男性は、深いため息をこぼします。「あなた様はハイデッカー家の跡取りで、結婚なさらなくてはいけませんし……その、出会いは必要ですよ」

「うるさい。俺は女には興味がない」


 ……なるほど。

 わたしが眉を顰めつつその会話を聞いていると、ふと、オーランドという男性がこちらを振り向きました。

 それはあまりにも突然の動きで、わたしは慌てて身を引いて、バルコニーの外へと飛んで下へと隠れます。

 窓が開けられる音と、どこかぴりついた気配がバルコニーに出てきた、と感じました。

 わたしはバルコニーの下側、彼にとっては床、そしてわたしにとっては天井というところに四つの脚でしがみついて息を殺します。彼には見られない場所。

 しかし。

 あああ、爪が痛い。

 しがみついた足がぷるぷる震えます。

「……奇妙な気配ですね」

 オーランドがそう呟くのを聞いて、ひやりとしました。

 わたしの――ルークが持つ魔力の気配を読み取ったのかもしれません。

 彼が警戒を解いてまた部屋の中に戻ったのを確認した後、わたしはその場を離れました。

 ハイデッカー家のお屋敷のそばにやってきたルークと合流し、先ほど聞いてきた話の内容を伝え、ちょっとだけお互い考えこみます。


「その男、女が嫌いなのかにゃ」

 ルークが奇妙な声でそう呟き、わたしは頷きます。

 すると、彼はバリバリと頭を掻きながら言いました。

「だったらむしろ、胸はなくてよかったにゃ! お前に色気があったら、一目で追い出されてたかもしれねーぞ」

「そう、ですよね……。でもそれ、誉め言葉じゃないですよね」

「とにかくにゃ、当たって砕けろ、突撃すんぞ! 正面突破ってやつだにゃ」

 ――突破してどうするのか。

 そう疑問に思いましたが、わたしはその言葉を飲み込んで頷きました。

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