第31話 俺様にいい考えがある
「とりあえず、この中で寝れば野宿もしなくて済むし、飯も食える。お前は見張りでもしてろ」
ルークはそう言ってさっさと馬車の中に乗り込んでいきます。
黒塗りの馬車の扉には家紋らしき模様があり、いかにも名家のもの、と言わんばかりの外観でした。わたしはそれを見て、少しだけ不安になりました。
「あの、ルーク」
わたしはドアのところから中を覗き込み、早速食料の袋を漁っている彼の姿を見つめ、ちょっとだけ目を細めて見せます。「これ、絶対、盗難されたものじゃないですか?」
そう言った後、ちらりを振り向いて地面の上に転がっている男たちを観察しました。
誰もが気を失っているようでしたが、いつ目を覚ますのかと思うと落ち着きません。
「もし、わたしたちがこれに乗っているところを誰かに見られたら、絶対わたしたちの方が不利になりますよね?」
「あー、そっか」
ルークは目を見開き、なるほど、と言いたげにわたしを見つめます。それから、何か悪いことを思いついたかのようにニヤリと笑います。
「よし解った! 持ち主を探し出して返してやればいいんじゃねーの? で、礼金をもらおう」
「……悪だくみが得意ですね」
「お前と違って頭の造りが精巧にできてんの」
「聞き流しますね、それ」
「それより娘、お前、俺様の身体にいて疲れていないだろーし、馬車を走らせろ。俺様は中で寝てるから」
ルークが座席に腰を下ろして御者台の方の壁を手で叩きます。御者台の前には馬がおとなしくしています。
「とりあえず、王都に向かって誰かに訊けば解るんじゃねーの? それに、職探しも早くやらねーとなんねーし。ほら、さっさと働け、寝てる暇にゃいだろ」
なんて無茶な。
わたしは馬に乗ったこともなければ馬車を操ったこともないのです。しかも、猫の身体で馬車を操れなんて無謀にもほどがあります。
――とは思いますが、まあ、やらなくてはいけないことですよね。
アルヴィ様を追うためには。
わたしは御者台に飛び乗って、必死に手綱を引きました。
そしてわたしの苦労の結果。
重要なことなのでもう一度強調したいのですが、わたしの苦労の結果、翌朝には王都へと到着することができました。
王都に近づくにつれ、道もどんどん整備されて広くなり、行きかう人々の姿も増えていきます。早朝だというのに商人らしき人間が王都へと入る門をくぐって、出ていくのをたくさん見送ることになりました。
王都は分厚い壁に取り囲まれた巨大な都です。壁のこちら側には深い堀があり、そこには水苔で濁った水がためられていました。
つまり、門が閉鎖されている場合は、広い堀を泳いで超えてから分厚く高い塀を登る必要がある。
で、当然のように侵入者を防ぐための仕組みが塀の上にはあるわけです。金属の鋭い鉤爪が無数に取り付けられた塀は、まさに危険そのものといった雰囲気を醸し出しています。
まあ、普通は門が開いているときに厳重な警備の人間に会い、そこを通ればいいだけなのですが。
わたしたちは馬車から降りて、寝起きで表情の冴えないルークが馬の手綱を引いて門へと向かいます。門の脇にある小さな建物に近づき、そこで通っていいかどうか聞くために。
そして、ルークはそこで会った一人の甲冑姿の男性に訊いたのです。
「盗賊らしき人間から馬車を取り返したんだけどにゃ、これ、誰の持ち物なのか解る?」
――と。
「ああ、その家紋は見たことあるよ。ハイデッカー家のものだろ」
そしてあっさりと、その男性は応えてくれました。
ただ、疑いの眼差しは最初からルークに向けられていましたけども。
腰に剣を下げたその男性は、ルークの――ミア・ガートルードの緊張感の表情にだんだん気を許したのか、少しずつその瞳の色は柔らかくなりました。
「盗賊に盗まれたという話は俺も知ってる。知らないわけがない。ここの番人が盗賊だということに気づかずに外に出してしまったし、その後でかなり大事になった。しかし、一度王都を出たらもう盗賊は見つからないと思ってたんだが」
「へー。見つかってよかった」
ルークが笑いながらそう言うと、彼は少しだけ困惑したように首を傾げます。
「っていうか、本当にお嬢ちゃんがこの馬車を取り返したのかい? 盗賊から?」
「うん」
「本当に?」
彼の困惑はさらに色濃くなりましたが、ルークがニヤリと笑って胸を張って見せ、自信満々といった様子で続けたのです。
「だって俺様は、魔術師だぜ? こんなの簡単よ、簡単!」
「魔術師? お嬢ちゃんが?」
「見習いだけどにゃ!」
「あー……」
彼はそこで少しだけ納得したように笑い、その視線が、ルークの肩の上に乗ったわたしにも向けられました。そして、わたしの背中の翼をまじまじと見つめて彼は頷きます。
「珍しいのを連れてるな。魔術師なら納得だけど……それにしては若いね」
「将来有望って言えにゃ」
「まあ、口は悪いけどな。女の子ならもうちょっと何とかした方がいいよ。もし、ハイデッカー家に向かうならなおさらだ」
そこで、彼の口調は真剣なものになりました。「いいかい、お嬢ちゃん。ハイデッカー家は有名な貴族様だ。幼い女の子とはいえ、その口調は駄目だ。もっと、ちゃんとしないと。礼儀というものを知らないなら、馬車をここに置いて帰りなさい。ちゃんと返しておいてあげるから」
「え、そりゃ困るにゃ」
ルークが不満そうに唇を尖らせて続けます。「だって、礼金が」
そこで、わたしは思い切りルークの耳に噛みつきました。
「いてぇ!」
と小さく叫んだ彼を放置して、わたしは急いで警備の男性に口を開きます。
「申し訳ございません! 口の利き方を知らない小娘で! わたしが教育しますので、何とかその……ハイデッカー家の場所を教えていただけないでしょうか!」
「お、おお、言葉がしゃべれるのかい」
彼はびっくりして一歩後ずさりしましたが、翼のある猫、いかにも魔術師の使い魔といったわたしの様子に興味があるのか、すぐに微笑んで見せました。
とりあえず、わたしは早く王都の中に入りたくて仕方なかったのです。
こんなところで時間を喰うわけにはいきません。
そのためだったら何でも言います。この場限りの嘘だろうと何だろうと。
「はい! 何しろ、この小娘はとにかく変人なのです! 女の子なのに俺様とか言ってしまう、ちょっと残念な感じなのですが、でも何とかわたしが教育しますから!」
「変人とは何にゃ」
ルークがそう呟くのを、わたしは「シャー」と威嚇音を立てて黙らせます。
そして、わたしはもう一度警備の男性に向き直って叫びました。
「どうか、お願いします!」
「うーん、教えてやってもいいけど」
と、彼は少しだけ躊躇した様子で首を傾げます。「ハイデッカー家は今、色々取り込んでいてね。行っても会ってもらえるかは解らないよ? 何しろ、もうすぐ王都を出て隣国に行かなくちゃいけないとかで準備を色々しているからね」
「隣国?」
「隣国に行くのかにゃ」
わたしとルークの声が重なります。
「ああ、どうやら隣国で行われる舞踏会に行くとかでね」
「何という僥倖」
ルークがいきなりその男性の手を握りしめました。「教えてくれにゃ! 急がなきゃ!」
「うーん……」
彼はどこか困ったように頭を掻きながらも、ハイデッカー家の場所を教えてくれました。そして、王都の中へ入ることを許してくれたのです。
「しかし、これからどうします?」
ハイデッカー家に向かいながら、わたしはルークに訊きました。「正直なところ、あなたが使用人として雇ってもらうとか、絶対無理ですよ」
口の利き方も知らない、礼儀も知らない元使い魔に、人間の生活ができるとは到底思えません。悪い予感しか生まれない。
王都の大通りを馬車を連れて歩きながら、わたしはルークの肩の上でため息をつきました。
すると、ルークは余裕たっぷりに笑って言うのです。
「任せとけにゃ。俺様にいい考えがある」




