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ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


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第29話 精一杯、頑張ります!

「首輪……首輪……! くくく、く」

 翌朝、目が覚めたルークはわたしの姿を見て、肩を震わせながら笑いをこらえていました。

 ソファの上でだらしなく眠っていた彼の姿は、正直なところ、見ていて本当に恥ずかしい!

 大口開けて眠り、男らしい足の開き方で今にもソファからずり落ちそうになっているミア・ガートルードの姿は、絶対にアルヴィ様には見せたくない光景でした。

 そんな彼が、目を覚ました瞬間にわたしの存在に気づき、そしてわたしの首の周りに取り付けられたそれを見てソファをバシバシ叩くのは、あまりにも不公平だと思います。

 さっきまで、とんでもない寝相をしていたあなたが、わたしを笑う権利などありません!

「心配してたのに!」

 わたしはルークを睨みつけ、そう不満を口にします。

 そうです、本当に心配していたんです。

 コーデリア様は大丈夫だと言いましたが、やっぱり不安で一晩中、そばについていたというのに、開口一番それですか!

「いやいやいや、お前こそ、いつの間に王様のペットになったんだよ!」

 ルークがソファに深く座りなおし、目尻に浮かんだ涙を拭きつつ言います。

「ペットじゃありません」

「そうとも、妾の非常食じゃからの」

「コーデリア様も黙っていてください」

 わたしは背後から聞こえてきたその声に、つい振り向いて噛みつくように言いました。

 でも結局、二人ともわたしの言葉なんて真面目に聞いていませんでした。


「喰い残したなー」

 ルークはやがてぼりぼりと乱暴に頭を掻いて、ただでさえ癖の強い髪の毛が乱れさせています。そして、テーブルの上に置いてあった食べかけの果実を見て、眉根を寄せました。

「どうじゃ、何か変わったか」

 コーデリア様も相変わらず飄々とした様子で、ルークの顔を覗き込みます。そして、その金色に輝く瞳に興味という色を乗せました。

「おー、変わったっぽいぞ!」

 ルークはニヤリと笑ってコーデリア様を見上げます。「何か、すげー、頭がぐらぐらする。王様が近寄ると、マジ、寒気するんだけど」

「どういう意味ですか」

 わたしが『寒気』という言葉に反応してそう訊くと、ルークは僅かに肩をすくめて見せました。

「魔力が読み取れるようになったって感じかにゃ」

「よく解りません」

「説明めんどいから、解んなくていーけど」

「そうですか」

 わたしは鼻の上に皺を寄せ、ちょっとだけルークを睨みました。でも、彼は笑顔のまま続けます。

「とりあえず、ご主人の肉体がある方向は何となく解るようになったからにゃ、大成功だろ」

「え、本当ですか?」

「うん。まあ、あれだけの魔力を持った肉体だしな、目立つ目立つ。ご主人が眠ってるから、そうそう解るもんじゃないと思ったけど、これは予想外」

「じゃあ、すぐ追いましょう」

「えー」

 ルークは途端に情けない表情になり、わたしを見つめて言いました。「腹減ったから、もうちょっと待てにゃ」

「お腹空いたなら、それを食べながら行きましょう」

 と、毒々しい色の果実を前足で指し示すと、さらにルークは泣きそうになりつつ唸ります。

「お前にゃ、他人事だと思って!」

「じゃあ、食べやすいようにドライフルーツにして砂糖でもまぶしますか!?」

「ドライフルーツ……」

 ふと、ルークが目を細めて何事か考えこみました。

 そして、妙にきらきらした瞳をわたしに向けて笑いました。

「お前、それ採用!」

「えええ? 冗談で言ったのに!」

「で、そいつをどこかの魔術師に高い値段で売り付ければいい! 旅費になんだろ!」

「旅費?」

「お前、どんだけ金を持ってんの? まさか、無一文で隣国に行こうって考えてるわけじゃねーだろな?」

「えーと……」

 わたしはちょっとだけ考えこんで、小さく返しました。「もう、アルヴィ様からお預かりしたお金はほとんどなくなっているのですが……」

「ほらな?」

「……うーん」


 何かと色々問題はありましたが、わたしたちはお屋敷を出ていく準備を済ませました。

 コーデリア様をお屋敷に残し、わたしとルークが旅に出るわけです。不安しかありませんが、やってみるしかありません。

 ルークは台所で軽い食事を済ませた後、アルヴィ様の部屋から借りてきたという短剣と魔術書を布袋に詰め、陽が高いうちに外へと出ます。

 そして、わたしは彼の肩の上に乗りました。

 アルヴィ様の肩の上に乗っていたルークそのままの格好で。


「で、これからどうします?」

 わたしは彼の肩の上でくつろぎながら訊きます。

 何だか、彼の歩いている振動というか、波動というか、よく解らないものが伝わってきて気持ちいいと感じます。

 これが魔力というものなんでしょうか。

 一緒にいると、何だかふわふわした感覚に襲われる気がしました。

「お前さ、何も知らにゃいんだよな? 隣国に行くとして、必要なものって解るか?」

「ええと……必要なもの。ああ、出国許可証」

 わたしは少しだけ考えこんでそう言いました。確か、以前、うちのパン屋に立ち寄った商人がそんなことを言っていた気がしたからです。

 国内の移動はただ単純ですが、他国へ入るにはそれなりの身元の確認ができる、正式な証明ができないといけないのだそうです。

 それが出国許可証だというのですが……どうやって手に入れるのか解りません。

「おお、さすがにそれは知ってたか」

「でも……」

「まあ、こんな平凡な小娘と、気高く美しい翼を持つ可愛くて仕方ない生きものが、そう簡単に出国許可証なんざ、もらえないだろ」

「……随分な物言いですが、最後の言葉には賛成です」

「気高く美しい」

「その後の言葉です」


「とにかくにゃ、俺様に考えがある」

 やがて、ルークが真剣な口調で言いました。

「何でしょうか」

「隣国に入るだけの理由を作ればいいんだろ? だとしたら、簡単だ。いや、全然簡単じゃにゃいな」

「……どっちなんですか」

「手っ取り早く、隣国に行くための出国許可証を持ってるやつに近づいて、一緒に連れていってもらえばいい」

「なるほど」

 それは確かにいい考えだと思います。つまり、国境辺りで目ぼしい人間を探して接触すれば――って、そんな簡単にいくのかどうか。

「本当はな、娘」

「だからミアだと何度言えば」

「お前に色気があれば、色仕掛けでどこかの男に連れて行ってもらうという手段が取れたんだが」

「それは大変申し訳ございません!」

 わたしの声に棘があるのは仕方ないことですよね。

 すみません、本当に色気というものには無縁なもので!

 泣きますよ! ええ、本当に!

「だから、正攻法でいこうかにゃ」

 ルークは低く笑います。わたしがそっと彼の横顔を観察すると、彼は道の先を見つめたまま真剣な表情で言うのです。

「隣国で行われる舞踏会ってやつには、それこそ名だたる名士が招待されるんだろ? だったら、そいつに付き従う人間も一緒に行動するわけだ」

「ええ、はい、そうですよね」

「だから、そこに紛れ込む。雇ってもらうんだよ、使用人として」

「えー……」

 わたしはちょっとだけ『それは無理なんじゃないかな』とか考えました。名だたる名士。つまり、貴族様といった相手のところに、使用人として?

 ミア・ガートルードは、ただのパン屋の娘なんですが。

「俺様はやってやるぜ! お前はどうよ? 諦めて王様のところに帰るか?」

「え」

 わたしは息を呑んで彼を見つめます。

 ルークは唇を歪めるようにして笑い、わたしを見つめています。

 何だか。

 えーと。

「男らしい……」

 悔しいですが、そう思います。そして、気合を入れて言葉を続けました。

「精一杯、頑張ります!」

「よし!」

 彼は満足げに笑った後、わたしの頭を撫でました。

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