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ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


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第23話 既成事実、そして

「とにかく、アルヴィ様から離れてください」

 わたしは彼女を睨みつけ、できるだけ迫力のある声になるように意識しつつ言いました。でも、彼女――カサンドラは楽し気に笑い、さらにアルヴィ様の身体にぴったりと寄りそうのです。

 ああ、すごく厭!

 アルヴィ様に触らないで欲しい!

「あら、離れるわよ? 目的さえ果たしてしまえば、問題ないもの」

 彼女はくすくすと笑い声を上げ、それから何事か呟きました。

 その途端、彼女の周りをぐるりと取り巻く光の帯が生まれます。その帯は、彼女の身体だけではなく、アルヴィ様の肉体も取り巻いて。

 そして。


 彼女の肉体が、ずるりと床に倒れこみました。

 突然、意識を失ったかのように。いいえ、死んだかのように。


「え?」

 わたしが困惑した声を上げるのと、アルヴィ様が目を開けるのが同時でした。


 でも。

「ああ、やったわよ、アタシ!」

 アルヴィ様の唇からこぼれてきたのは、紛れもなくアルヴィ様の声なのに異質な言葉。

 女性が発するかのような、艶やかさと、それと。

「成功よ、成功! この身体、奪ってやったわ!」

「……あの」

 わたしは全身の血が下がるような、貧血のような感覚に襲われながら声を絞り出します。「まさかとは思いますが、あの」

「うふふ」

 アルヴィ様はソファから立ち上がり、自分の身体を見下ろしながら微笑みます。「イケメンの肉体、活用させてもらうわぁ」

「カサンドラ……」

 わたしは床の上に倒れこんでいる、カサンドラの身体と、嫣然と微笑むアルヴィ様の身体を交互に見つめました。

 信じたくない。

 嘘でしょ?


 茫然とするわたしを前に、アルヴィ様――の肉体を奪ったという、カサンドラが低く笑ってわたしのほうへ歩み寄ってきました。

「何で、何で、こんな」

 わたしが混乱しつつそう呟くと、彼女はわたしの頬に手を当てて微笑みます。

「理由は簡単ね。この男が、この国でそれなりに有名な魔術師だから。大きな魔力を持っているから。どうしても、欲しかったのよ」

「厭……です。返してください。その身体はアルヴィ様のものです。すぐに返して」

 わたしが我に返ってそう強く言うと、彼女は僅かに首を傾げて見せました。


 ああ、アルヴィ様の顔なのに。

 全然違う。

 こんな表情、アルヴィ様がするわけない。

 こんな……悪意と色気に満ちた顔なんて。

 ――こんなのは厭。


「返すわけないでしょ?」

 カサンドラはわたしをバカにしたように言います。「ずっと狙ってたのよ。魔力を使い果たして眠り込むなんて、本当、この男にしては間抜けよね! こんなチャンス、もう二度とない。それに、とてもいいタイミングだったわ」

「いい、タイミング?」

 わたしは彼女から目をそらさず、これからどうしたらいいのかと考えます。

 わたしの足元では、明らかに困惑しているルークの存在を感じます。威嚇している音だけが聞こえています。

 ルークも、どうしたらいいのか解らないのかも。

「そ。いいタイミング」

 彼女はわたしに顔を近づけ、息を吹きかけます。

 何となく背徳的な香りを感じて、わたしは思わず後ずさりました。

「アタシねぇ、狙ってたものが他にもあるの。本当は、それが一番欲しいものだったんだけどね、どうやっても手に入れるのが難しかったわけ」

「……それは、何でしょうか」

「隣国、エーデルマン王国の国宝ってやつ」

「え?」

 わたしは眉を顰めました。

 エーデルマン王国の名前はもちろんわたしも知っています。

 このフェルディナンド王国とも国交があり、友好的な関係を築いていると聞いています。でも、それ以上のことは解りません。わたしは一度も、この国どころかノルティーダさえ出たことがないのですから。

 国宝って何のことでしょうか?

「あはん、国宝なんて知らないって顔ねぇ」

「その言葉遣い、やめてください」

 わたしが不快感を露に言いましたが、完全に無視されて話を続けられました。

「通称、炎の宝玉。エーデルマンの王城に保管されている、特別な宝石。炎の精霊から受け取ったとされる、魔力を持った石よ。それがね、ずっと昔から欲しかったの」

「なぜですか」

「それを持っていると、炎の精霊の加護を受けられるから。つまり、火を扱う魔術師としたら最高の力を持てるってこと」

「火を……扱うんですか。あなたは、火を使う魔術師?」

「そーよ」

 そこで彼女は少しだけ身を引いて、肩をすくめて見せました。「炎の宝玉があれば、何でもできるようになるからね、どーしても欲しかったのよね。でも、どうやって王城に忍び込むかが問題だったわけ。普通に考えて、そう簡単に入れる場所じゃないでしょ?」

「それは……そうでしょうけど」

「でもね! エーデルマン王国で今度、王女様の婿探しの舞踏会があるのよね。近隣王国の王子様たちはもちろん、名だたる貴族たちが集まるの。そこに紛れ込もうってわけよ」


 わたしは少しだけ考えこみました。

 そして、素直に言います。

「勝手に忍び込めばいいじゃないですか」

 そして、勝手に捕まってしまえばいい。

 忍び込むだけなら、別にアルヴィ様の肉体を手に入れるなんてことは必要ないんじゃ……。

「そりゃね、盗み出すだけなら舞踏会に忍び込めばいいだけよね?」

 彼女はまた、わたしの考えを見透かしたように笑います。「でもね、エーデルマン王国の王女様ってのが、絶世の美少女って噂なの」

「は?」

 ――それが何の関係が?

「ほら、婿探しでしょ? だったら、アタシはわざわざ宝玉を盗み出さなくてもいいじゃない?」

「え?」

「何しろ、相手は男に慣れていない純真な王女様よ? すごいイケメンが優しく迫ったら、簡単に落とせるわけでしょ?」

「え、ちょ」

「だったら、イケメンの肉体を使って、王女様を口説き落として、既成事実を作って子供ができちゃったら、そのまま結婚でしょ? エーデルマン王国は手に入る、宝玉も手に入る、男性の身体で王女様とエッチできる、完全なる勝利ってやつよ!」


「ちょ」

 わたしはその言葉を理解すると同時に、凄まじいまでの眩暈が襲ってくるのを感じました。目の前がぐるぐる回ります。床が近く見えます。

 既成事実?

 子供を作る?

 結婚?


「嘘でしょ!」

 わたしは大声で叫びました。「何馬鹿なことを考えてるんですか! あ、あなた、女の人じゃないですか!」

「あらぁ」

 彼女は右手で口元を覆い、女性らしい仕草で笑います。「アタシ、女の子が好きなのよね。これまで、恋をしてきたのは全員、女の子が相手なの」

「な、な、な」


 ちょ、ちょっと待って!

 何ですか、それ!

 アルヴィ様の身体を使って、一体何を――。


「あああああ、アルヴィ様の身体を汚さないでください!」

 わたしは思わず、そう叫びつつ彼女に掴みかかろうとしました。

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