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第2話 せせせせせ、性奴隷としては

 顔を上げることはできませんでした。

 どうせ、断られる。そう、きっと。

 だから、その瞬間を待っていました。でも、わたしが考えていた言葉は降りてこず、頭上で僅かに空気が動きました。

「何言ってんだ、突然」

 そう言ったのは、急にわたしの目の前に飛び降りてきたと思われる、一匹の猫でした。

 黒く、艶やかな毛並み。金色に輝く双眸。

 そして驚くことに、その背中には黒々とした翼がついていました。

 わたしはまじまじと『それ』を見つめ、その翼が本物かどうか見極めようとしました。すると、わたしの困惑を感じたかのように、その猫が「なーん」、と鳴きながら背中の翼を広げて伸びをします。そのまま、ふわりと飛び上がり、その姿を追ってわたしも視線を上へと上げました。


 眩しい、と思いました。

 その人は、僅かに首を傾げた状況でわたしを見下ろしていました。

 長くまっすぐな金髪は、無造作に首の後ろでまとめられています。淡い青い瞳は、これまで見たことのある誰のものの色とも違い、幻想的な感じすらしました。

 整った顔立ちは、とてもわたしと同じ人間だとは思えないくらい完璧な造形をしていると思います。切れ長の瞳も、すっと通った鼻筋も、色の薄い唇も。

 もしかしたら、この人は人間ではないのかも。

 リーアの森に住む、精霊の一族なのかも。

 そんな気すらしてしまいます。

 とても美しいのに、女性的な感じはどこにも感じない、不思議な男性。ただ、笑顔は限りなく優しく、見る者全てを魅了する力を放っています。

「……ご主人様、とは」

 彼は小さく息を吐き、困惑したような表情をして見せました。その腕の中には、先ほどの翼ある黒猫がすっぽりと収まっています。

 なんて絵になる光景なのだろう、とぼんやり考えました。

「それよりよく、この森の中へやってこれたね。まだ子供だし、この暗闇は怖かっただろうに。で、君は何歳?」

 どこか感心したかのようにそう言った彼の声は低すぎず、高すぎず。

 とても、心地よい声。

「来年には十六歳になります。もう大人です」

「今年はまだ春だよ」

「もう大人です」

 わたしは重ねて言いました。

 すると、また黒猫が彼の腕を蹴ってわたしのほうへと降りてきました。足音も立てずに地面に降り立った彼――黒猫はどうやらオスのようです――は、地面に跪いたままのわたしの太腿にその前足を乗せ、ぴょん、と胸元へと飛び乗ってきます。

 柔らかな塊が胸元にきてしまったため、思わずわたしは彼を受け止めました。

「大人のわりには胸がねーぞ」

 猫はぐりぐりと頭をわたしの胸元に突っ込み、身体をこすりつけながら笑ったようでした。

「うう」

 わたしはそこで少しだけ唇を噛んで思うのです。

 そうです。

 もしかしたら、今の状況の元凶は、何もかも『それ』だったのかもしれない、と思ったから。


 わたしは間違いなく、どこにでもいるような平凡な女の子だと思います。

 住人並みの顔立ちは限りなく平凡を絵に描いたかのようで、栗色の髪の毛も柔らかく緩やかにカーブを描いてはいますが、目立つような特別さはありません。

 そして、残念ながらわたしの肉体は、同じ年ごろの少女たちに比べれば随分と未発達で――特に胸辺りが――、女性としての魅力はひとかけらもないと言って過言でもありません。


 そう、何もかもそれが原因。


 わたしはもう一度、彼に頭を下げました。

 すると、胸に抱え込んだままの猫がぎゅうっとつぶれて暴れるのを感じました。

「どうか、お願いします! わたしをあなた様の召使、もしくは下僕、奴隷として買っていただけないでしょうか!」

「ちょ、おま、つぶれるつぶれる!」

「せせせせせ、性奴隷としてはむむむ無理だと思いますが!」

「はなせー! どうせつぶすなら有り余る巨乳で殺してくれー!」

「炊事、洗濯、掃除、何でもいたします! どうか、どうか!」

「むぎゅー……」

「わたしのご主人様になってください!」


「あのね」

 魔術師様の柔らかな声が降ってきます。

「……はい」

 わたしは唇を噛みました。

「うちの使い魔がつぶれる前に解放してやってくれないかな? それとね」

「……はい」

「地面に正座するのはやめて、立ちなさい」

「うう」

 確かにわたしは今、完全にその場に正座している格好になっていました。腰を据えてお願いをするつもりだったからです。

 しかし、これから「帰れ」と言われるのかと不安になって、なかなか立ち上がることができませんでした。それでも、胸の中にいた黒猫をそっと見下ろしつつ、のろのろと両足に力を入れます。

 そして。

「うん、まあ、いいよ」

 彼はあっさりとその言葉を口にしました。「君のご主人様とやらになってもいいけどね」

「マジか」

 わたしの腕の中で、呆れたような声が小さく聞こえました。どうやら黒猫は完全にはつぶされていなかったようです。

「ええと……『いいけどね』?」

 わたしがちょっとだけ声に不安を滲ませたのが彼にも解ったのでしょう、苦笑交じりの声が返ってきました。

「まず、なぜ、そんなことを言い出したのか説明してもらえるかな?」

「あ、はい、それはもちろん……」

 わたしはぼんやりと言葉を返しながら、彼の顔をまじまじと見つめました。

 そして、急激に身体が熱くなるのを感じました。


 だって、仕方ないことじゃないでしょうか。

 ずっと前から憧れていたあのかたが、こうしてわたしの目の前にいます。

 絶対に、近づくことすら許されない、別の世界に生きているかただと思っていた、あのかたが。

 どうしよう。


 鼻血が出そう。

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