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ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


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第17話 来客の名前

 そこには、ノルティーダでは見かけたことのない、立派な騎士様たちがいました。

 それは馬に乗った三人の男性で、誰もが一見してそうと解る高価な甲冑を身に着けています。腰に下がった剣の柄、鞘にも豪奢な彫刻が施されていて、どこかの貴族様なのかもしれません。

「娘、この屋敷の人間か」

 騎士様の中の一人――中央にいた男性がそう訊いてきます。

 彼は背が高く、痩せ型ではありますがよく鍛えられた肉体を持つ美丈夫、といった感じの人です。アルヴィ様と同じくらいの年齢でしょうか、金髪に青い瞳、人懐こそうな笑みでありながら、我々一般人とは違う、品の良い落ち着いた雰囲気をお持ちのかたでした。

「え、あの、はい」

 わたしはこの場から逃げ出そうとしているような格好で、ぎこちなくそう応えます。

 すると、彼は続けてこう言いました。

「この屋敷には魔術師が住んでいると聞いてきたのだが」

「ああ、ご主人様は不在です」

 わたしはそこでアルヴィ様の言葉を思い出し、居住まいを正して彼に向き直り、礼儀正しく言葉を返します。「大変申し訳ございませんが、いつお帰りになるかも解らない状況ですので」

「不在?」

 その男性は眉を顰め、わたしを疑わし気に見つめます。「気まぐれな男だとも聞いている。本当に不在なのか」

「本当です」

 嘘なんてついてませんが。

 そういう気持ちを込めて彼を見つめ返すと、彼は少しだけ表情を和らげて辺りを見回しました。そして、その視線がわたしの背後でとまりました。


 急にわたしも思い出しました。

 そして、ゆっくりと振り向くと『彼女』がそこに立っていました。

 『アレ』を手にぶら下げたままで。


 いいいいい、いーやー!

 わたしが悲鳴を上げるより前に、騎士様が叫びました。

「貴様、魔物か!」

 シャリン、と背後で金属音が聞こえました。それは剣が鞘から抜かれる音です。

 確かに、彼女の姿は異様です。肌の色も、瞳の輝きも。ただそこにいるだけで、圧倒的な存在感を放つのも、普通の人間とは違いすぎました。

「何者じゃ」

 彼女は低く笑います。その双眸に鋭い光がきらめき、それがひどく攻撃的なものでしたから、わたしは慌ててしまいました。

 騎士様たち、特に両脇にいた二人が気色ばんで前に馬を進ませ、抜いた剣を軽く回転させた後、彼女へと向けます。その流れるような一連の動きが、剣術などしらないわたしにさえ戦いなれた動きなのだと見て取れました。

「人間に歯向かう魔物となれば、成敗いたします」

 一人の騎士様が静かに言い放ちます。

 それは暗い茶褐色の髪の毛と、気の強そうな眉が印象的な男性です。

「成敗とな。面白い、やってみるとよいじゃろ」

 彼女は低く笑い、そして優しく囁きます。「久方ぶりに人間を喰らうぞ」


 ――ダメです。

 わたしは直感的にそう思い、咄嗟に騎士様の前に飛び出して、手を広げて邪魔をします。

「どうか、お帰りください。お願いします、こちらはわたしのご主人様――アルヴィ様のお屋敷の敷地内です。勝手なことは許されません」

「邪魔をするな、娘」

 もう一人の男性が鋭く言いました。癖毛の長い金髪を首の後ろにまとめ、よく陽に焼けた健康的で血気盛んな雰囲気の男性。

「お前もこの魔物に襲われていたのではないのか! 下がれ!」

「襲われてなんかいません!」

 わたしは必死に彼らを見上げ、叫びました。「このかたはアルヴィ様の使い魔です!」

「使い魔?」

 困惑したように中央にいた男性が目を細めました。

「使い魔じゃと」

 彼女も不満げにわたしの背後で呟きます。

「アルヴィ様の使い魔を殺そうとするあなたがたは何者なんですか!」

 そう叫んでから、わたしはくるりと振り向いて彼女に懇願しました。「そして、いつまでも『ソレ』を持ってるのをやめてください! わたし、ソレがダメなんです! 厭なんです! 怖いんです!」

「ただのナメクジじゃろうに」

「その、ナのつく言葉もやめてください! もー!」

 とにかく必死に言うわたしに何かを感じたのか、やがて彼女はその手を下ろし、地面へとソレを放り出します。そして、口の中で何事か呟くと、彼女の足元に落ちたそれがゆっくりと庭から出て森のほうへと這っていく様子が見えました。

 そして、さわさわ、と何かが揺れるような音。


 畑の中から、蠢きながら地面に姿を見せたソレの大群が――そんなにいなかったのかもしれませんが、わたしには大群に見えました――次々へと森に向かうのも見えて。


「いいいいいい」

 恐怖のあまり、わたしは彼女に抱き着いて、ソレたちが視界に入らないようにじりじりと後退りしようとしました。

「触るなと言っておるだろうが、娘!」

 彼女はわたしを振り払おうとしましたが、わたしは断固としてそれを拒否しました。

「だから、ミアです、ミア・ガートルード!」

「それもどうでもいいわ! 納得いかん!」

「何がですか!」

「なぜ、妾を恐れず、そやつらを恐れるのじゃ! ナメクジなんぞ、そなたを取って食おうとせんじゃろうが!」

「人間には、生理的にダメというものが存在するのでーす!」

「やっぱり納得いかん!」


「どういうことだ」

 中央にいた男性が困惑しています。

 そして、両脇にいた男性二人も、剣の収めどころに悩んでいるようで。

「どういうことも何も、敵じゃありませんので、ほら、ほらほら!」

 わたしが彼女に抱き着いたままでいると、胡散臭げな表情をしながらも納得したようです。二人が剣を鞘に戻し馬を少しだけ後退させ、主と思われる男性に道を譲ります。

 すると、中央にいた男性はもう一度わたしたちの前で訊いてきました。

「本当に留守か」

「はい」

「ならば、どこへいった」

「王都へ行ったとだけ聞いております」

「何だと。行き違いか」

 彼は舌打ちして、少しだけ唇を噛んで何事か考えこんでいました。その後、茶褐色の髪を持つ男性に向かって言いました。

「デューイ、すまんがここで待機できるか」

「待機ですか」

 デューイと呼ばれた男性は静かに返します。「ご命令とあらば」

「すまんな。ここで全員引き返して、また行き違いになると困る。私はこれからザックと共に王都へ戻る。もし、あちらで魔術師と合流できるようであれば、すぐに使いを出そう。それまで、大儀であるが」

「かしこまりました」

 デューイは恭しい仕草で腕を自分の胸に当て、頭を下げました。

 つまり、金髪癖毛の男性の名前がザック、ということなのでしょうか。


 ――ところで、何が起きていたんでしょうか。

 アルヴィ様を訪ねてきた、この騎士様たちは一体何者なんでしょうか。


 二人の騎士様が馬を走らせ、森の奥に消えてしまってから、我々の間には奇妙な沈黙が下りていました。

「あのぅ」

 わたしはまだ彼女に抱き着いたままの格好で、その場に残されたデューイという男性に声をかけます。「先ほどのおかたは一体?」

 デューイは一瞬の逡巡の後、静かに応えました。

「ユリシーズ・フェルディナンド殿下。この国の第一王子です」


 えええええ!?

 わたしはその場に硬直し、まじまじと彼を見つめました。

 彼はただ、静かに馬から降り、その手綱を手に絡めながら馬の首を撫でました。


「ふむ。それが事実なら、喰ったらひと騒動じゃったの」

 わたしの腕の中で、彼女が飄々とした様子で呟きます。そんな彼女にデューイは鋭い視線を投げ、短く訊きました。

「本当にあなたは使い魔ですか?」

「さて?」

「その、腰にいる少女は何者です?」

「妾の非常食じゃ」

「違います」

 すぐにわたしは彼女の言葉を否定しました。

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