表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

118/121

第118話 喰らうの意味が違う<アルヴィ視点>

「ああ、見覚えがあると思ったら……彼女、わたしとあなたで封じた魔物よね?」

 僕の背後からヴァイオレットが覗き込むような格好でそう言ったけれど、それに僕は言葉を返すことができなかった。

「いや、ちょっと待ってくれ」

 僕は自分の心臓が厭な音を立てるのを聞いた。

 こんなに自分が混乱し、慌てるという状況に追いやられるのは一体いつぶりだろうか。この数年ずっと感情は平坦で、どんな仕事の依頼の時でも笑うことだけは自然とできていたというのに。

「君は……何を言ってるんだ? それは駄目だ。駄目に決まっているだろう? ミアを君に頼むと言ったけど、それは」

 僕は思わず自分の額に手を置いた。微かに頭痛がする。


『この娘を妾のモノにするのは簡単じゃろうな』

 頭の中に響くコーデリアの声はさらに低く、得体のしれない響きとなる。そして、ミアを抱き留める彼女の指先にさらに力が入れられた。それと同時に、その指がミアの肌に食い込むのも見える。

『本当に、愚かで哀れな娘じゃ』

 どうやら、コーデリアはヴァイオレットにも自分の声を聞かせ始めたようだった。ヴァイオレットが「哀れ?」と小さく呟いているのも聞こえた。

『この娘はずっと、お主を慕っていた。じゃが、お主はそれを利用したじゃろう?』

「利用? ちょっとアルヴィ、何をしたの?」

「いや、僕は何も」

 ヴァイオレットの声に混じる非難の響きを聞いて、慌てて僕は自分が何もしていないことを説明しようとした。

 振り向いた先にあったのは、ヴァイオレットの冷たい双眸だ。

「この子、あなたの恋人でしょ?」

「ちょっと待て。違う、誤解するな」

「だって、あなたがそばに置くくらいの子なんだし」

「違う! 僕は今も君を」

「はあ? だってわたしは死んだわけだし! あれから何年経ったのか解ってる? そりゃ、恋人の一人や二人できるでしょ!?」

「君がもし僕らのことを見ていたら知ってるだろう? 僕とミアは」

「見てるわけないでしょ!? わたしはあっち側にいたんだし! あなたが何をしてたのかなんて見てないわよ!」

「とにかく話を」

「だから利用って何よ!」

「それを説明しようとしてるんだろう!?」


『その魔術師はこの娘の恋心を利用したのじゃ』

 コーデリアが嘲笑しながら言う。

 ちょっと待ってくれ。この状況で余計なことを言わないでくれ。

 ヴァイオレットは簡単に挑発に乗ってしまう性格をしてるんだ。


「恋心を利用?」

 ――ほら見ろ。

 ヴァイオレットがコーデリアの言葉にすぐさま反応し、怒りの感情を僕に向けるのが解った。

「違う! ミアが僕に恋をしているはずがない。彼女が見ているのは僕の上辺だけの」

『憧れ、慕うという感情を向けてくれたこの娘を屋敷に引き入れ、自分の身の回りの世話をさせた。しかし、ああ、この娘は喜んでおったぞ。一緒に暮らせるだけで幸せだと』

「世話をさせた……」

「いや、ヴァイオレット、ミアは僕の使用人というか弟子であって」


 世話をさせた。

 それは確かに事実だけども。

 それは――ミアが望んだことで。

 いや、これは言い訳か?

 確かにそうであったし、利用したと言えば間違いじゃないのかもしれない。

 しかし。


『この娘はその魔術師の役に立とうと頑張っておった。好きな男に尽くそうとした』

「いや、だからそれは」

『じゃが、その男はこの娘を見ようとはしなかった』


 コーデリアの声に潜むのは、明らかに軽蔑の響きだ。

 思わず、僕は吐き出そうとした次の言葉を呑みこんだ。


 見ようとしなかった? いや、見ていただろう?


『解っておる。お主が愛しているのは、昔も今も、その死んだ女だけじゃ。だから、どんな女もお主の心には入り込めん。この娘はそれを理解していたし、苦しんだ。悩み、迷い、泣いた』

「ちょっと……アルヴィ」

 ヴァイオレットの声を聞きながら、僕は軽く頭を振った。

 確かにその通りだ。

 僕の心の中にいるのは今でもヴァイオレットただ一人。しかし、それが何の問題がある?


『いつだって、泣いたこの娘を慰め、話を聞き、寄り添ったのは妾じゃ。お主ではない。お主はいつもミアが苦しんでおっても見て放置するだけじゃったからの。じゃから、今はこの娘も妾には心を許しておる。信頼しておる』

「……その信頼を裏切る行為だろう?」

 僕は必死に言葉を絞り出した。「君がやろうとしていることは、明らかに間違っている」

『間違いかのう?』

 コーデリアはその唇をミアの耳元に寄せ、軽く触れた。

 ミアがそこで身じろぎし、まだ涙に濡れている瞳をコーデリアに向けた。そして、困惑したようにこちらにも視線を投げてくる。

「あの……どうかされたんでしょうか」

 掠れた彼女の声は弱々しい。

 彼女にはコーデリアの声が聞こえていないため、状況がつかめていない様子だ。それは地面の上に座って困惑しているルークも同じだった。

「にゃにが起きてんだ?」

 小さな使い魔はどうしたらいいのか解らないようで、皆の顔を交互に見渡すだけになっている。

「……わかんない」

 ミアはそっとルークに手を伸ばすと、使い魔の翼が動いてミアの肩の上に飛び乗った。それは、今までの僕とルークの関係のような姿。

 ルークは今まで、ずっと僕の肩の上にいた。

 でも、これからは違うんだ。

 

 そんな彼女の耳元で、コーデリアは優しく囁いた。

「改めてこの魔術師に言っておいたのじゃ。お主は妾の獲物じゃ、と。そのうち、喰らうことになるかもしれんとな」

「ああ」

 ミアは泣いた後の赤みがかった頬のまま笑う。「非常食ですものね。いいですよ? コーデリア様でしたら、わたしは大丈夫」

「いい覚悟で何よりじゃ」

 そう頷いたコーデリアの表情はただ優しかった。

 そんな表情もできるのか、と驚いたほどに。


 しかし。


 違う。

 ミア、『喰らう』の意味が違うんだ。

 僕はそう心の中で呟く。


 しかし、これをどうミアに説明したものか。


『じゃから、お主は安心して死ぬとよい』

 コーデリアは冷ややかな目を僕に向けて言うのだ。『もう一度言う。お主には何も期待しておらん。これから、この娘の心の拠り所になるのは妾じゃ。お主を失ったこの娘は苦しむじゃろうが、妾が時間をかけて癒してやろう。せいぜい感謝するとよいぞ』


「アルヴィ……」

 ヴァイオレットの声も冷え切っていた。「あなた、今まで何をしてたの?」

「いや、僕は何もしていない」

『していないから悪いのじゃろうて』


 ――していないから、悪い。


「ねえ、どうするの?」

 ヴァイオレットは怒りを隠そうともしなかった。「あなたの希望は死ぬこと? 明らかに問題になりそうな、この子をおいて? あなたがいいように利用して、都合よく死ねるタイミングがきたから放り出すのね?」

「いや、違う」

「違わない!」

 ヴァイオレットの手が僕の胸を叩いた。

 もちろん、すり抜けるだけだったけれど。

 僕はその手首を掴むこともできないのだけれど。

「わたしが好きだったあなたはもうどこにもいない。あなたはバカだったけど、真面目だった。そこが好きだった。でも、今のあなたって最低」

「ヴァイオレット」

 彼女は僕に背中を向けた。

 そのまま、死者の世界につながる門へと歩き出してしまう。生きている人間とは違う滑らかな動きで。

 僕は何故か、その彼女を追うことを躊躇った。


 魔力の渦が辺りの空気を震わせている。相変わらず門から這い出てくる異形の者たちは僕らに興味などないようで、次々に僕らのそばをすり抜けていく。

 そして、唐突に気づく。

 リーアの森だけじゃなく、遠く離れた土地でも凄まじい魔力のぶつかり合いがある。

 この世界に存在しているあらゆる魔物たちが、あふれ出てきた魔力を受けて巨大化しているのが解る。

 これは――少し、まずい。

 朝になれば赤い夜の魔力の放出は終わるだろうが、魔物たちはそう簡単に力を失わないはずだ。力を得た魔物たちが何をするか解らない。

 ――コーデリアもそうだ。

 コーデリアは……。


「娘。……いや、ミア」

 コーデリアはミアを抱きしめる格好のまま、意味ありげに笑う。「あの男を見送ってやれるか?」

「……え」

 ミアの表情が凍り付き、そしてすぐに何もかも諦めたような力のない笑みがその口元に浮かぶ。「……ああ、そうですよね。お見送り、しなきゃいけないですよね」

「そうじゃ。お主は本当はとめたいと考えておるじゃろうが」

「それは……そうですけど」

 ミアはこちらを見ようとはしない。少しだけ俯き、青ざめた表情で目を伏せた。

「でも、アルヴィ様はおっしゃってましたし、仕方ないです。アルヴィ様は――失って困るようなものはそばに置かないって。だからわたしも、ルークもきっと……アルヴィ様にとっては……きっと価値なんて」


 その続きの言葉は彼女の唇の中で消えた。


 そうだ。

 確かに以前、そう言った。

 失って困るものはそばには置かない。

 それをミアは聞いていた。


 聞いた人間がどう思うかなんて、その時の僕は何も考えていなかった。

 僕は――こんなにも冷たい人間だったろうか。

 周りの人間に、そして使い魔にも気を遣うことができないくらいに?


 昔の僕は子供だったけれど、それでも周りの人間に気を遣って生きていた――気がする。

 これは、駄目だ。

 僕は色々と間違っている。


 何だかそれは突然だった。

 急に、目の前にある全ての物の色が鮮やかに見えた。

 ヴァイオレットが殺されてから、何もかもが無価値に思えて色を失っていた世界。それが急に生き返ったかのような感覚。

 あらゆる色。溢れかえる情報量。


「そうか。……さて、娘」

 コーデリアが優しくミアに声をかけている。

 それと同時に、コーデリアの持つ魔力がまるで爆発したように空気を震わせた。

「えええ!?」

 ミアが驚いたようにコーデリアを見上げ、口をぽかんと開けた。

 コーデリアの長い髪の毛はそのままだった。整った顔立ちもコーデリアらしさを残している。しかし、それまでのしなやかな女性らしい体つきでなく、細身ではあるけれども女性ではない、男性の肉体を持った『彼女』がそこにいた。

 ――男性体。

 美しい鱗を持った肌はそのままで、切れ長の瞳もそのままで。

 とても美しい青年の姿の彼女。いや、『彼』が。

「魔術師としては未完成の小娘が生きていくのは大変じゃろう? 妾がお主を守ってやろう」

「え、あの、ちょっとコーデリア様」

 びっくりしてミアが呆けた表情でその手を伸ばす。コーデリアの頬に触れ、触れてはいけないと気づいたかのように慌てて手を引いた。

 しかし、コーデリアが優しくミアの頬に触れ、その指先で肌を撫でる。

 僅かに身体を震わせたミアは、混乱の表情で固まっている。泣くということもすっかり忘れてしまったようで、コーデリアを見上げたまま小さく言った。

「嘘ぉ……何ですか、これ。ええええええ」

「すげーな、おい」

 ルークもミアの肩の上に座ったまま、目を丸くして茫然と呟いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ