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ご主人様と呼ばせてください!  作者: こま猫


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第107話 いつまで、おそばに

「何だか、ルークと雰囲気が似てますね」

 わたしがつい、そんなことを言いながら笑うと、膝の上に乗ってきたルークが威嚇の音を喉からたてました。

「馬鹿にすんなし! 俺様は可愛いっつーの! あんな平面の可愛げもないやつと一緒にするとか侮辱だ侮辱!」

「確かに、口の悪さは似てるよね」

 アルヴィ様からの援護射撃もあって、わたしはにやりと笑ってルークを見下ろします。

「ほら、似てるって!」

「ご主人!」

「おい、貴様ら! 私を無視して話をするな!」


 何だか騒々しいことになりましたが、緊迫感がないので気にしません。

 気にしているのは店主のノーベルトだけなのでしょう。耳障りな叫び声を上げている鏡の存在から逃げ出そうとするかのように、じりじりと後ずさって店の壁側へと背中をぶつけていました。

「まあいいよ」

 アルヴィ様はそこでわたしたちの方へ目を向けて、先ほどまでの冷ややかな笑みから優しい笑みへと変化させ、穏やかに続けます。「ミア、浄化の魔術を教えるからおいで」

「あ、はい」

「浄化!?」

 鏡が悲鳴じみた声を上げていますが、とりあえず無視してわたしはアルヴィ様のところに歩み寄りました。膝の上にいたルークは床に落とされましたが、すぐに翼を使ってわたしの肩の上に乗ってきます。

「正直なところ、浄化の魔術は難しいんだよ。少なからず、その魔術を使えば穢れを自分の身にも受けてしまうから。だから僕も、必要以上に関わりたくない魔術でもある」

 アルヴィ様は鏡をわたしに差し出し、それを受け取るように促します。「でも、君は浄化の加護があるからね。大丈夫、持ってごらん」

「はい」


 喋る鏡を目の前にしても、不安はありませんでした。

 アルヴィ様がそばにいてくださるからというのが一番の理由ですが、でもきっと、それだけじゃないのでしょう。

 小さな鏡は禍々しい気配を放っています。きっと、一般人がそれを手にしたら恐ろしいことになる、それは本能で解ります。

 でも。

 アルヴィ様の手からその鏡を受け取った瞬間、鏡の悲鳴が上がりました。

 苦痛の悲鳴。


「だ、大丈夫ですか」

 そんな間抜けな質問を鏡に向かって言うと、『それ』は悪態交じりに言葉を投げつけてきました。

「何だお前! 死ね! 何だ貴様! 放せ! 殺すぞ!」

「え、いや、あの」

「貴様も魔術師か、この処女が!」

「え、あの! それはこの際、関係ないのでは!」

「関係ある! 処女の魂は穢れが少ない! それを無理やり汚して喰らうのが楽しいのだろうが! 貴様はバカか!」

「えー」


 わたしはふと、眉根を寄せて考えこみます。

 似たような言葉を、どこかで聞いたような気がしたからです。


「時間がもったいないから進めようか」

 アルヴィ様が魔術の呪文を教えてくださいます。

 わたしの手の中では「やめろ」とか「死ね」とか、それ以外にもあまり理解したくない言葉が次々と飛び出してきましたが、意図してそれを聞き流します。そして、魔術の呪文を覚えることに専念しました。

 というのも、とても複雑な構成をしていたからです。

 アルヴィ様の表情もとても真剣で、そういう表情を見たら頑張らなくては、という気持ちも芽生えるというものです。

 教えてもらった通りに魔術の呪文を完成させた時、わたしの手のひらの上には巨大な炎が立ち上った、と思いました。

 しかし、瞬時にしてそれは消え去り、それと同時に静寂が辺りを包みます。


「……一体、どうなったのですか」

 茫然とノーベルトがそう言います。

 わたしもただ自分の手の中を見下ろして、息を呑んでいました。

 さっきまでの禍々しさがありません。それどころか、神々しささえ感じるような美しい鏡がそこにはありました。

 何の穢れもない、美しさ。

 それを感じます。

「成功だね」

 アルヴィ様は安堵したように息を吐き、わたしの肩を軽く叩きます。もう片方の肩の上に乗っていたルークも、爪を出さないようにしてわたしの肩を叩いてきました。

「やるじゃん、娘!」

「だから、名前で呼んでくださいってば」

「やったにゃ、ミア」

「ありがとうございます」


「あの、魔術師様? 何が起こっていたのですか。これが病の原因ですか」

 ノーベルトがわたしたちのそばに近寄ってきて、アルヴィ様の顔を見つめます。

 そして、アルヴィ様が口を開くより早く、鏡は言いました。

「ご迷惑をおかけいたしました」

「……そうだね」

 アルヴィ様が苦笑交じりにそう頷いてから、鏡はさらに続けます。

「元の場所に戻りたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ああ、そのつもりで僕たちはきたんだよ」

「……そのようですね」

 一瞬の沈黙の後、鏡は穏やかに笑ったような気配を放ちました。それから、落ち込んだような気配も漂わせ、完全な沈黙を保とうとします。

 でも、それは長続きはしませんでした。

「……本当に、申し訳ございません」

 それは――明らかにわたしに向けられた言葉でした。「とても、失礼な言葉を、その」

「いえいえ」

 わたしは思わず笑ってから、アルヴィ様に視線を戻しました。すると、アルヴィ様は店を出るそぶりを見せていました。

「騒がせたね。この鏡はもらっていくけど、落ち着いたら茶器など買いに来るよ」

 状況が理解できずに茫然としたままのノーベルトに、アルヴィ様はそう話しかけているところでした。


 帰り道はすっかり暗くなっていました。予想以上に先ほどの店に長居をしていたのかもしれません。

 夜道とはいえ、大通りにはたくさんの人々が行きかっていましたし、夕食やお酒を出している店は賑わっていて、昼間と同じような活気に満ち溢れていました。

 さすが王都、夜になると静けさが際立つノルティーダとは全然違うなあ、と思いながらアルヴィ様の後ろをついて歩いていくと、アルヴィ様が話しかけてきました。

「これはね、チャンスでもあるんだ」

「……何が、でしょうか」

 そう背中に向かって問いかけると、少しだけアルヴィ様が振り返りつつ言葉を続けます。

「浄化の魔術は難しいと言ったよね? でも、君は簡単にそれができる」

「え、簡単……ではないと思いますが」

「この鏡はね」

 どうやら、アルヴィ様は自分の胸元を叩いて見せたようです。鏡をしまっている場所。

「どうやってもこの鏡は、時間の経過につれて穢れをため込んでしまうんだよ。だから、定期的に浄化をしなくてはならない」

「申し訳ありません」

 彼の胸元から鏡の声が漏れ聞こえてきました。「でも、そう簡単に先ほどまでの穢れを飲み込むわけではございませんからご安心を」

「そうだね、白銀の世界と同じ。かなりの長い時間を経て、だと思うけど、それを防ぐためには定期的な浄化が必要になるということだ」

「確かに、そうですね」

 わたしは頷きます。

 すると、アルヴィ様の意味深な笑い声が響きました。


「つまり、ベルナルド家は定期的な収入源になるということだね」


「……は?」

 わたしは困惑して首を傾げます。すると、アルヴィ様は少しだけ足をとめ、こちらを振り向いて意地の悪そうな笑みを浮かべるのです。

「例えば、年に一度くらい浄化の魔術を使えばいい。そういう契約で」

「契約?」

「ベルナルド家にとっても悪い話じゃない。こちらとしても、一度の浄化の魔術でそれなりの報酬さえもらえれば、これから安泰だと思わないかな?」

「つまり……仕事にするということですね」

「そう」

 アルヴィ様はそこで目を細め、何事か考えこむ様子を見せました。「それに、浄化の魔術が得意だと王都で知られれば、他にも仕事には困らないだろう。将来的に君が独り立ちしても、生活は安泰だと言える」

「独り立ち」

 わたしはふと――。


 明確な不安が心の中に生まれました。

 それは胸の痛みを伴い、言葉と一緒に吐き出されます。


「つまり……早く独り立ちして欲しいとお考えですか? わたしは……その」

「ミア?」

「いつか……アルヴィ様のおそばにはいられなくなる日がくるということですか?」


 アルヴィ様の双眸に、困惑したような色が浮かびました。


「いつまで、わたしはおそばに置いていただけますか?」

 自分の声が微かに震えているのが解っていましたが、それは心の震えでもありました。

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