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第1話 ご主人様になってください

 とにかく必死でした。

 暗闇の中、森の中を彷徨ってどのくらい時間が経ったのかも解らなくなってきました。

 自分の荒い息の他に、何か動物の息遣いが聞こえたような気がして何度も足をとめます。

 周りは木々に覆われ、天を見上げれば小さな空が僅かに見えます。薄い雲の合間にかろうじて星が見え、木々の葉が風に揺れるのも解りました。

 月は見えません。

 わたしは一体、どちらの方向に向かって歩いているんでしょう?

 わたしの住む街の外れから、この森――リーアの森、と誰もが呼ぶところに足を踏み入れたのは、太陽が地に沈んですぐの頃でした。

 今の季節は春。

 夕方はそれほど寒くなかったのですが、森の中で夜が更けていくうちに身体がどんどん冷えていきます。

 歩き続ければ、寒さに震えることはないでしょう。それに、疲れ果てて眠ってしまったとしても、生きるものを全て凍えさせる冬ではないのだからきっと大丈夫。

 でも。

 わたしが探している家はどこにあるんでしょうか?

 絶対にこの森の中にあるはずなのです。

 絶対にあるはずなのだから、きっと探せば見つかる。

 森の中で迷って行き倒れるなんてことはない。

 そう信じたかったです。


 でも、ここはリーアの森。

 リーアという森の精霊が住む森だとずっと昔から言われていました。気難しく、孤独を好む精霊。その精霊が時間をかけて作り上げた、小さな世界。リーアだけが幸せに暮らせる、聖なる場所。

 そしてこの森には、色々な伝説も残っています。

 もちろん、どれもこれも昔話、おとぎ話として語られるだけのものですが。

 何が起きても不思議ではない、特別な森だと言われています。


 この森の中にある道は、いわゆる獣道だけです。

 わたしの住む街、ノルティーダからこの森に続く道も、とても狭くて馬車すらも通れないくらいです。

 ノルティーダは小さな街ですが、王都に続く道がすぐ脇を通っていることもあり、それなりに栄えています。旅人が毎日のように通るその道は広く、整備されていて、誰もがそちらを使います。

 そして、ほとんどの人間はリーアの森に足を運ぶことはしません。

 リーアの森の道は、どこにも続いていません。

 進んでも他の街や村にたどり着くことはなく、進めば進むほど山間のほうへと向かうだけで何もないからです。

 でも。

 たった一人だけ、この細い道を使う人がいます。


 わたしが探しているのは、リーアの森に住む魔術師です。

 時々、その人はノルティーダにやってきては食料などを買っていきます。そして、この森で手に入れたのであろう薬草などを売っていきます。

 わたしは、その魔術師の家を探していました。

 リーアの森の奥にある、小さな家。

 そう聞いた覚えがあったから。


 そう、今もきっと住んでいるはず。

 だって、数日前もノルティーダでその人の姿を見かけました。

 だからきっと、この森にいるはずなんです。


 どうか、どうか。

 神様、お願いします。

 わたしは、あの人に会って言いたいんです。

 叶わない望みでもいい。

 どうか、あの人に会わせてください。

 断られたら、あきらめますから。

 どうか。どうか。


 わたしの眦に、じわりとした感覚が生まれました。


 その時。

 森が少しだけ開けました。

 風もやんで、葉擦れの音さえ消えたような気がしました。

 森の中、突然、わたしの足元の感触が硬いものへと変わりました。見下ろせば石畳の道ができています。

 そして、目を上げれば木の柵と、門扉のないアーチ状の入り口。

 その入り口の奥に見える、大きな家。お屋敷と言ってもいいくらい、立派な建物。

 二階建てで、一階にある部屋の窓から橙色の明かりが漏れてきています。


 ここ、でしょうか。

 わたしの胸が緊張で張り裂けそうです。

 心臓が痛い。きりきり、きりきり、と軋みます。


 きっと、いきなり訪ねてきたわたしを、あの人は迷惑に感じるでしょう。

 でも、どうしても言いたかったんです。


 わたしはアーチをくぐり、その屋敷の前に立ちました。

 木の扉は分厚く、ちょうどわたしの目線の先には金属の輪でできたノッカーがついています。それを掴み、思い切って二度、どん、どん、と鳴らしました。

 とても長い間でした。

 扉の向こうで、何かが動くような気配がします。

 がちゃり、と鍵の開けられる音がして。


 扉が開き、その人が姿を見せました。

 ずっと、幼い頃から見続けてきた、その姿。


 わたしは慌ててその場に膝をつき、深く頭を下げました。石が敷き詰められた地面を見下ろしながら、緊張のために震える声で、こう言ったのです。


「どうか、お願いします! わたしのご主人様になってください!」

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