最終話
◇◇
ここは江戸から遥か離れた島。八丈島。
大坂の陣から一年もたてば、この島にも天下で何が起こっているのか、正しく伝わるものだ。
――知っておるか? 徳川と豊臣が手を握って、平和な世が訪れたんだって。
――京の学府を『仙台』にそっくりそのまま人も建物も持っていったそうだ!
――へえっ! 伊達様も豊臣様もやることが豪快だねえ!
――しかし、島の生活にはなんも関係あるめえ。
――はははっ! そりゃそうだ!
人々が大きな声で笑いながら、今日も海へ山へと、その日の暮らしのために仕事に出て行く中、一人の男は高台でじっと海を見つめていた。
宇喜多秀家であった。
今では『久福』と名乗っている。
離ればなれとなった妻、豪姫の実家の前田家などからの援けを受けながら、悠々自適な毎日を送っていた。
ふと、そこに彼を慕う小姓がやってきた。
「殿! 今日はこんなところにおられたのですか!? いつもとは違う場所なので、探してしまいました!」
「おうよ。これからは『こっち』の海を見たくてな」
「こっちの海? はて?」
「はははっ! おめえには分からねえだろうがよ。『友』が新たな戦いへ旅立っていった方に目を向けたいのだ」
「はあ? その『友』とはいったいどなたのことでしょう?」
秀家はその問いに答えなかった。
特に理由はなかったが、早く会話を切って海面を見つめていたかった、というのが本音であろう。
『友』である明石全登に想いを馳せながら――
なお、明石全登は豊国学校が仙台に移設されるとともに、学長として仙台藩に家族とともに移された。
そして新居にゆっくりと落ち着く間もなく、外交目的で太平洋を渡っていったのである。
また、彼の娘である明石レジーナもまた、医学を学びに父と同じ船に乗っていったのだった。
今日も穏やかな海。
遠い向こうの大陸側も同じように穏やかであろうか。
病気などしていないだろうか。
異国で困ったりしていないだろうか。
心配をすれば尽きることはない。
しかし彼は知っている。
明石全登という男を。
地中から出てきた『もぐら』は、這いつくばってでも前に進む、諦めの悪い男であると。
「なんも心配することなんてねえよな」
そうつぶやくと、彼は右手に視線を移した。
そこには……。
一本の真紅の番傘――
雲一つない晴天にも関わらず、それを大きく広げる。
傘越しとは言え、太陽は眩しく思わず目を細めてしまった。
「てめえがこの傘で守ったものを、俺が確かに見届けてやろう! へへっ。こんなところでも、人の噂ってのは聞こえてくるもんだからよ」
波の音に混じって、海鳥の鳴き声が響き渡っている。
彼は紺碧の空を見上げてつぶやいたのだった。
「今日もいい日だねぇ」
と――
太閤を継ぐ者 大坂の陣後、それぞれのストーリー
(了)
ありがとうございました。
またいつか、どこかでお会いしましょう。
皆さまとの『縁』がいつまでも続きますように――




