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真田昌幸 悲嘆の兄②

◇◇


 真田昌幸が沼田城に転がり込んでから、早五日が経過した。

 しかしこの時点において、城主の真田信之は弟の幸村に対して手紙は送っていない。

 つまり最初の五日間は、心配性な彼であっても驚くほどに穏やかな日々が続いていたのである。

 しかしそれでも信之には強い不満と懸念があったのは確かだ。

 

「幕府から正式にお許しをもらってから、城に入ってくだされ! でないと、当家にあらぬ疑いがかけられてしまうかもしれません!」


 と、信之は昌幸にこの日も詰め寄った。

 しかし昌幸は聞く耳など持つはずもなく、孫の信吉と信政の二人を前にして碁の勝負にいそしんでいる。

 

「耳元でギャンギャンとうるさいのう。なんでわしがわざわざ小童こわっぱどもに頭を下げて、息子や孫のいる城に入るのを許してもらわなきゃならんのか」

「それは父上が『普通』ではないからです! 『普通』なら誰も文句はございますまい!」

「かかかっ! たしかにわしは『普通』ではないのう! 『普通』なら徳川に三度も勝てんわ! かかか!」

「だから! それが問題だと言っているのが、どうしてお分かりにならないか!」


 そう嘆く信之に対して、昌幸はちらりと目を向けると、ふぅと大きく息を吐いた。

 少しだけ雰囲気が変わった父の姿に、信之は思わず身構える。

 すると昌幸は声の調子を落として言った。

 

「源三郎。お主はもう少し『まごころ』を見る目を養わねばならん」

「まごころ?」


 信之は昌幸の真意が分からずにとまどったが、昌幸の方はすぐに碁盤に目を戻すと、孫たちとの勝負に没頭しはじめたのだった。

 

 

 そしてさらに五日ほど経った後――

 ついに信之の懸念が、現実となってしまったのである。

 

「真田伊豆守殿はいらっしゃるか!!」


 と、威勢のよい若い声が城門で響きわたる。

 門番たちが眉をひそめていると、彼は高らかと名乗ったのだった。

 

「それがしは青山幸成あおやまよしなりと申す! 上様より真田安房守殿の目付けを申しつけられているため、ここに参った!」


 なんと彼は幕府から派遣された『真田昌幸の監視役』だったのである。

 しかも青山幸成あおやまよしなりと言えば、将軍徳川秀忠の近侍として、若いながらも出世頭と目されていた人物なのだから、世間を知っている城内の人々が腰を抜かしたのは、言うまでもないだろう。

 もちろんその中の一人が当主の信之であった。

 彼はすぐに幸成を城主の間へ通すように指示した後、服装をあらためて部屋へ入った。

 いかにも『切れ者』であることを示すような端整な顔立ちの幸成を目の前にして、大名としての威厳を必死に保とうと心の中で自身を鼓舞しながら、彼は声をかけたのだった。

 

「遠路はるばる御苦労でございます」

「いえ、上様からの御申しつけなれば、いかなる労苦もいとわない所存でございます」

「うげっ……う、上様ですと!?」

「はい。こたびの安房守殿の目付けは上様からの御命令でございます」

「ぐはっ……! さ、さようでございましたか。し、しかしご心配にはおよびませんぞ。近頃の父上は、孫可愛さにすっかり耄碌もうろくしておりましてな……」


 と、信之が話した時だった……。

 

――それっ! それっ! 逃げろぉぉぉ!


 という信政の声とともに、廊下を駆ける騒がしい音が聞こえてきたのだ。

 そしてそのうちの一つの声に、信之の顔が真っ青になった。

 

――かかか! 逃げねば首を落としてしまうぞぉ! 家康め! 焼き味噌たらして逃げるがいい!


 ガタガタと震えながら、恐る恐る幸成の方へと、顔を向ける信之。

 すると幸成は、ニコリと笑顔になって信之に告げたのだった。

 

「では、それがしは『しっかりと』目付けの御役目を果たしましょう」


 信之はガクリと肩を落とすと、「よろしくお願いいたします」と答えるより他なかったのだった……。

 

 

 しかし……。

 昌幸の『横暴』はこれだけにとどまらなかった。

 

 なんと、到着したばかりの幸成が、その日のうちに江戸へと帰っていってしまったのである。

 ぐわりと目を回した信之だったが、稲姫の支えによってどうにか卒倒せずにすむと、その理由を小姓にたずねた。

 

「なんでも、『それがしには荷が重すぎる。ついては別の者を寄越すように上様にご進言申し上げる』とのことでございます」

「い、いったい何があったのだ……」

「はい。昌幸様が幸成様を問答攻めいたしまして、こらえきれずに幸成様は涙目となって持ち場を離れてしまわれたとのこと」

「問答攻め……だと……」

「はい。戦での心得え、世の中の動き、地方のこと……などなど広きに渡り、様々なご質問をされておられました」


――バタンッ……。


 小姓の言葉を聞き終えると同時に、ついに信之もこらえきれなくなって倒れてしまった。

 遠くで稲姫が必死になって信之の名を呼んでいる声が聞こえていたが、ついにそれさえも届かぬようになると、彼は完全に気を失ってしまったのだった――

 

◇◇


「なるほどのう……信之殿も気苦労が絶えぬ御方だのう」


 大坂城で信之から弟の幸村へ宛てられた手紙を読んでいた秀頼は、眉をひそめて幸村の方へ視線を移した。

 幸村は複雑な表情をしながら、口元に苦笑いを浮かべている。

 ただその瞳は、かすかな哀しみを映しているのが、秀頼には不思議でならなかった。

 しかしそのことを問いただすのは、なぜかためらわれたため、秀頼は手紙の続きを読み始めた。

 

「その後も次から次へと父上の目付け役が江戸から送られてきたものの、全員が幸成殿と同じ目にあわされて城を出ていってしまった。もうこうなっては、いよいよ当家はあやしまれるだけだ。そこで、源二郎から父上に大坂城へ御戻りになられるように一筆したためてはもらえんか。もはやお主だけが頼りなのだ。この兄と真田家を守るため、くれぐれも頼んだぞ。信之より」


 秀頼は、手紙を読み終えると、綺麗に畳んで幸村に手渡した。

 それを丁寧な手つきで受け取った幸村。相変わらず嬉しいのか哀しいのか、よく分からないものを顔に浮かべている彼に対して、秀頼は問いかけたのだった。

 

「どうするのだ? 昌幸殿を大坂に呼び戻すのか? われはそれでもいっこうに構わんぞ」

「いえ、そうはいたしません」


 幸村は哀しいものを瞳の奥に携えたまま、笑顔で首を横に振った。

 そこで秀頼はならばと一つ提案した。

 

「お主が『目付け』として沼田に入るというのはいかがじゃ!? そうすれば久しぶりに親子三人水入らずで過ごせよう!」

「いえ、ありがたきご提案なれど、御断りさせていただきます」

「なぜじゃ? 幕府への申し出なら、われに全て任せておけばよいのだぞ?」

「父上はそれを望まれておられないからです」

「なぜそれが分かるのだ?」


 幸村は目を細めると、秀頼の問いかけには答えずに、別のことを口にしたのだった。

 

「秀頼様、ひとつだけお願いしたいことがございます」



◇◇


 信之が弟に手紙を送ってから十日後。

 それは昌幸が沼田城へ転がりこんでから実に三カ月後のことだった。

 

――大坂城の真田左衛門佐幸村様より、殿宛てに書状が届きました!


 という報せに、信之が歓喜したのは言うまでもないだろう。

 しかし、それを手にして一目通した瞬間に、彼は固まってしまった。

 

「ど、どういうことだ……」


 なんと書かれていたのはたった一文だったのだ。

 

――御父上によろしくお伝えくだされ 幸村


 さらに書状とともに送られてきたのは酒とつまみ。

 いずれも最高級品であるのは、豊臣秀頼からの贈り物だという。

 これではますます昌幸は増長するだけではないか。

 

「げんじろぉぉぉぉ!! どうしてお主は兄を見捨てたのだぁぁ! この薄情者め!」


 頭を抱えながら苦悶する彼。

 だが、そんな彼に追い討ちをかけるような報せが舞い込んできたのである。

 

――え、江戸より新たな御目付が御到着されました! 御通ししてもよろしいでしょうか。


 小姓の様子がいつもと大きく異なるが、先の幸村の書状と贈り物に頭の血がのぼっていた彼は、素っ気なく答えた。

 

「ええい! どうせろくに役にも立たぬ者だろう! 勝手にさせておけばよい!」

「ほほほっ。そうですなぁ。この歳になると、いろいろなところが役に立たなくなりますわい」

 信之のすぐ背後から、のんびりとした声がかけられた。

 しかし信之は誰なのかなど全く気にする様子もなく、八つ当たりをするように口を尖らせたのだった。

 

「なんだ!? 今度は老人がきたか! ったく上様もなにをお考えなのだ! やぶれかぶれに人を送ってこられても、何の役にも……」


 そこまで言って振り返った時だった……。

 信之は目の前の光景に、文字通りに飛び上がってしまった。

 

「ぎえええええええええっ!!!」


 なんとそこには……。

 

 大御所、徳川家康と本多正信の二人が立っていたのだった――

 

 


御一読いただきまして、まことにありがとうございます。


次回が『真田昌幸 悲嘆の兄③』で昌幸回の最後となります。

果たしてどんな結末が待ち受けているのでしょうか。


書籍版もどうぞよろしくお願いいたします。

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