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大野治徳 奉公とは①

本編『太閤を継ぐ者』を読んでいただき、そして本作品を見つけていただきまして、まことにありがとうございました。

どうぞもう少しの間だけお付き合いいただければと思います。

◇◇


 慶長一七年(一六一二年)五月一二日――


 敵の銃弾を受けて生死の境をさまよっていた大野治徳は、実に五日ぶりに目を覚ました。

 彼の視界に飛び込んできたのは、幼馴染の面々。

 堀内氏久、木村重成、そして明石レジーナの三人だ。

 残念なのはその場に同じく幼馴染である豊臣秀頼と千姫の姿がなかったことだが、こればっかりはどうしようもない。なぜなら彼らは駿府城で将軍らと共に過ごしているのだから。

 

「俺は……」


 彼がそう呟いた瞬間に、レジーナが無言で強く抱きついた。

 氏久と重成の二人も、目を真っ赤にして涙を浮かべている。

 そんな中、部屋の奥の方で薬を作っていた、秀頼の側室であるあざみが、彼に声をかけた。

 

「おう、よく目を覚ましたなぁ!」

「俺は寝てたのか……?」

「ああ、五日も目を覚まさなかったんだぞ。その間、ここの三人がよう面倒を見てくれてたんだ。感謝しなくちゃなんねえぞ」


 治徳は三人を順番に見回すと、顔を真っ赤にしてつぶやいた。

 

「あ、ありがとよ」


 うつむいて言う彼に対して、重成が震える声で口を尖らせた。

 

「聞こえねえよ、ばかやろう」

「そうだ! もっと大きな声で言ってくれよ!」


 氏久も珍しく感情を治徳にぶつける。

 すると治徳は目をつむって大声でほえた。

 

「分かったよ! ありがとぉぉぉ!! これでいいか!?」


 あまりに大きな声に全員の目が丸くなると、一瞬だけ静寂が部屋を包んだ。

 そして……。

 

――ふふっ……。


 というレジーナの静かな笑い声がきっかけとなり、全員が腹を抱えて大笑いし始めたのだった。

 

「あははははっ!」

「ははははっ!」

「はははっ! 面白い男だのう。大野治徳というのは!」


 全員が笑っているのを見て、治徳は苦い顔をしていたが、すぐに笑顔になる。

 

――生きてる! 俺は生きてるんだ!


 そんな実感が彼の心にあたたかなものを生むと、思わず笑いが止まらなくなってしまったのだった。

 

 しばらくの間、あたたかな笑いに包まれる部屋の中。

 誰もが安堵し、そして今までと変わらぬ明日が来るのだと信じてやまなかった。

 

 だが……。

 翌日のことだった。

 治徳の泣き叫ぶ声が、同じ部屋を包むことになろうとは――

 

◇◇


 慶長一七年(一六一二年)五月二〇日――

 

 肩に銃弾を受けた後、勢いよく倒れ込んだせいで気を失ってしまった治徳。

 その後の敵味方が入り混じる混戦の中で、明石全登隊によってどうにか救出されたものの、全身に踏まれた跡が残る、見るも無惨な姿だったそうだ。

 しかしあざみの的確な治療や仲間の献身的な看護によって、奇跡的に目を覚ますと、その後はあざみも驚くほどの回復を遂げた。

 そしてついにこの日、一人で歩けるようにまでなったのである。

 

 だが彼の顔は全く冴えなかった。

 むしろこの世の終わりというような暗い顔のまま、快復祝いにやってきた人々のことをはねのけるようにして部屋を去っていったのだった。

 

「待ちなさい! 治徳!」


 そう彼を叱りつけたのは、彼の父、大野治長であった。

 未だに大坂城に戻らぬ秀頼の代わりとなって、城代を務めていた治長であったが、治徳の為に時間を割いて部屋までやってきたのだ。

 

 父の声に、ぴたりと足を止めた治徳であったが、うつむいたまま何も口に出そうとはしなかった。

 そこで治長は追い討ちをかけるように言った。

 

「みなに失礼ではないか! しっかりとあいさつをしなさい!」


 治長が集まった人々を見回して言った。

 そこには幼馴染の他に、祖母の大蔵卿やあざみ、そして伊茶といった面々の姿がある。

 だが治徳は、振り返ることなく言い放った。

 

「いやだっ! 全然嬉しくもなんともないのに、あいさつなんてできるか!!」

「な、なにを言うか! 命があっただけでも儲け物ではないか!」


 すると振り返った治徳は、目にいっぱい涙をためて叫んだ。

 

「左手が動かねえんだぞ!! もう槍が持てねえんだぞ!! そんな俺の気持ちが分かるか!!」


 それは彼の言葉の通りだった。

 彼は傷の後遺症で、左手が麻痺してしまい、槍はおろか小さなはしでさえも持てなくなってしまったのである。

 誰よりも槍働きで出世するのを『夢』としていた彼にとっては、命を取られる以上の屈辱と言えよう。

 しかし父は、わがままを許さなかった。

 

「槍を持てねば、残った手で筆を持て! 書を持て! 槍以外でも奉公の道は山ほどあるのだ! それを忘れてはならん!」


 それはまさに治徳の父、治長のことを指しているように治徳には聞こえてならなかった。

 治徳は、父のことを『大蔵卿の息子』という立場を利用して出世したと思いこんでいる。

 だからこそ、槍働きのみで立身してきた叔父の治房の方を、『父親』として憧れてきたのだ。

 実際に評定衆までに出世した治長であったが、もっぱら事務方ばかりをこなしており、槍や刀を扱っているところを見たことがない。

 

 だからこそ、そんな父親に説教は、彼の反発心に火をつけたのだった。

 

「うるせえ!! 父上に何が分かるんだよ! 槍もまとも使ったことのねえ、父上に!! 先の戦だって父上は城に籠ったままで何もしてなかったくせによぉ!!」


 そう彼が言い放った瞬間だった。

 

――ピシャンッ!!


 と、乾いた音が辺りに響いたかと思うと、治徳の体がぐらりと揺れた。

 それは彼の祖母である大蔵卿が、治徳の頬をきつく張ったからであった。

 

「いてえな! 何をするんだよ!!」

「うるさいっ! 何も知らぬ小僧が知った口を叩くんじゃありません! ましてや、実の父親に向かって、なんたる物言いか! 恥を知れ!」


 大蔵卿の厳しい言葉に対して、強い眼光で睨み返した治徳は、無言のままその場を立ち去ってしまった。

 

「おい! 治徳!」

「もうよい、治長! あんなきかんぼうのことなど放っておけばよいのです!」


 こうして折角の祝いの場は、険悪な雰囲気のまま解散となってしまった。

 そしてこの日をさかいとして、治徳は部屋に籠るようになり、幼馴染たちの前に姿を現すことすらなくなってしまったのだった。

 

◇◇


 慶長一七年(一六一二年)六月一日――

 

 長雨の季節の中にあって、合間を縫うようにして晴れ間が広がるこの日。

 豊臣秀頼が千姫をともなって大坂城へ帰還した。

 それはもうお祭り騒ぎとなったのは言うまでもない。

 人々の大歓声は城内だけでなく、京から堺まで畿内一体を覆い尽くした。

 

 だが、城内の一室だけはまるで通夜の日のようにひっそりとしていた。

 言わずもがな大野治徳の部屋であった。

 彼は聞こえてくる歓声に耳を塞ぎ、涙を流しながら嘆いていた。

 

「ああ……俺はこの先、どうやって生きていけばよいのか……」


 と……。

 

 もちろん祝賀の宴には顔さえ見せなかった彼は、いつも通りに一人で寂しく夜を過ごした。

 

 そして……。

 夜が明けた。

 どんな絶望の淵に立たされていたとしても、人間は『習慣』を忘れないものらしい。

 部屋から這うようにして出てきた彼は、廁へ向かおうとした。

 

 ……と、その時だった。

 

 彼の目の前に現れたのは、幼馴染の面々だった。

 そしてその中には、豊臣秀頼と千姫の姿も含まれていたのである。

 

 それでも彼は目を合わせようとせずに、仁王立ちとなっている人々の横を無言で通り過ぎようとする。

 そんな彼を呼び止めたのは、秀頼だった。

 

「これから皆で、とある御方の元へ行くことにした。ついては、治徳。お主もついてまいれ」


 治徳はちらりと秀頼を見ると、ぺこりと頭を下げて、なおもその場を通り過ぎようとした。

 しかし秀頼はそれを許さなかった。

 

――ガシッ!


 彼の右腕をしっかりと掴むと、彼を足止めした。

 そして笑顔のまま告げた。

 

「何を怖がっておるのだ? まさかわれらが治徳を地獄まで連れていくとでも思ったのか?」


 その言葉を聞いて目を丸くした治徳は、ぼそりと言った。

 

「怖がっている……? 俺が……?」

「ああ、お主の今の目は怖がっているとしか見えん。心配するでない。お主の側にはわれだけではなく、重成や氏久、そしてレジーナもおる」

「ちょっと! 秀頼さまぁ! 千が抜けております!!」

「あはは! これは、したり! そうだ、お千まで共におるのだ! たとえ鬼がこようとも、負けぬわ! あははは!」

「むむぅ! それではまるで千が鬼よりも怖いみたいではありませんか!」


 ぷくりと頬を膨らませて秀頼に詰め寄る千姫の姿を見て、それまで死んだ魚のような目をしていた治徳の顔に、小さな笑みがこぼれた。

 それを見て、ふっと肩の力を抜いた秀頼は、彼の腕から手を離すと、今度は強く背中を押した。

 

「うわっ!」


 思わず治徳の口から驚きの声が漏れる。

 するとその場の全員が治徳の背中を押し始めた。

 

――ドタッドタッドタッ!


 いつの間にか廊下を風のように駆けていく治徳たち。

 彼の背中に当てられた一つ一つの手が暖かく、彼の凍った心を溶かしていくようだった。

 しかし仮に幼馴染たちがどんなに彼に優しくしようとも、彼の左手がきかぬという残酷な事実は変わらない。

 彼は秀頼や千姫らに感謝しつつも、


――どうせ俺なんか、秀頼様のお役に立てないのだ……。


 と、卑屈な思いが抜けきらないのだった――

 

 

 

 

御一読いただきまして、まことにありがとうございました。

お恥ずかしい話ではございますが、もうしばらくお付き合いいただく形になりそうです。

どうぞよろしくお願いいたします。


次回は大野治徳の後半です。本日の21時に更新いたします。


そして、可能であれば書籍版も手に取っていただけると嬉しいです。


では、これからもよろしくお願い申し上げます。

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