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閑話 とある男の追憶 3



あれからしばらく経ったある日。

俺はその日、1人でサフィラに持ってきて欲しいと頼まれた資料を片手に廊下を歩いていた。


「ーれーー...」

「ーー...ーーーた?」


?何か部屋から声がするな。


研究室に着くと、中から話声が聞こえてその場で止まった。


「お前ならきっと出来るはずだ。やってくれないか?」

「...いくら長官の頼みでもそれはなかなか難しいですよ?私ならやって出来ないことはないと思いますけど...」

「少しでも可能性があるならそれにかけたいんだ...私はサフィラのように天才ではないからな。研究してほしいと頼むことしか出来ない」

そう言ったあと、苦しそうに溜息をつく男性の声。

サフィラと共にいるのは長官のようだ。


「ふぅ。わかりました、わかりましたよ。やれるだけやってみます。但し過剰に期待しないでくださいね?」

「!ありがとう、サフィラ!ではまた何かあったら連絡してくれ」

「ええ、わかりました長官」

サフィラがそう答えると長官が部屋から出てきた。


そしてとりあえずそのままドア付近に待機していた俺を見て少し驚いたような顔をした。


「長官、こんにちは」

「ああ、ユン君か。話をしていて入りづらかったかな。すまなかったね、もう用事はすんだから大丈夫だよ」

「いえ、話の邪魔をしたくなかっただけなのでお気になさらず」

「そうかい。ではまたな」

そういって立ち去っていった。


俺は後ろ姿を一瞥した後、部屋へ入った。

「ただいま戻りました」

「ああ、おかえりユン君」

そういって出迎えたサフィラは少し疲れたような顔をしていた。


「...何かあったのか?」

「長官が少々難問を持って来てね」

結局受けてしまったと溜息をついたサフィラ。

「難問?」

「うん難問。傀儡魔法についての研究をして欲しいって頼まれて。全く、どれだけ手間がかかるか理解しているのかしら」

「なんだっていきなり傀儡魔法なんかの研究を頼んできたんだ?」

「うーんとね、私は前に回復魔法についての論文出したでしょう?その内容を見て傀儡魔法をもっと安全に解呪出来ないかと思ったらしくてね。...あの論文を見て何故傀儡魔法の解呪へ繋がったかは謎だけど」

「なるほどな」



傀儡魔法とは大分昔に禁忌魔法に指定された魔法だ。何せ傀儡魔法はかけられた本人の意識は残っているにも関わらず、無理やり相手を操る外道な魔法だからだ。それに似て非なる魔法で洗脳魔法があるが、そちらも禁忌魔法になっており、普通の魔法使い達は使うことができない。だが、いくら取り締まってもその魔法は失われることなく極一部の魔法使い達に受け継がれていて、悪用する魔法使い達が少なからず存在した。


そんな傀儡魔法だが今ある解呪魔法では後遺症が残ってしまう。少しの間でも傀儡魔法をかけられると脳や身体への負担がかかりすぎてしまい、かけられてしまった者達は未だに後遺症に苦しんでいる者も少なくない。しかし禁忌魔法ということもあり、研究が進まず解呪魔法が改良されることも無く現在に至るというわけだ。



「長官は負担をかけずに傀儡魔法を解呪する魔法が欲しいらしくてね。必死になって頼んできたのよ。だからといっていきなり難問を持って押しかけられるのは結構困るのだけど...」

そう言ったサフィラの顔は暗かった。


「でも受けたんだろう?ならやるしかないじゃないか」

「まあ、そうなんだけどね…」

この魔法の研究をやる気になれないらしく、盛大な溜息をついた。




そんな乗り気ではなかったサフィラだが、長官が難問を持ってきた1年半後、後遺症の残らない解呪魔法を編み出した。新しい魔法がそんな簡単に編み出されていいものなのか...と、俺は改めてサフィラの才能を見せ付けられ、戦慄した。


「やっと完成したよーつかれた」

そう言って机にうつ伏せになったサフィラ。

そんな彼女へ俺は飲み物を渡しながら声をかけた。

「お疲れ様。ほらお茶持ってきたぞ...流石だな。天才と呼ばれるだけあってこんなに早くに魔法を編み出すなんてすごいな」

「ありがとー...ふぅー。本音を言うともうちょっと早く完成すると思ったんだけどね。思った以上に時間かかったわ」

お茶を飲みつつそんなことを言うサフィラ。

本当に彼女は恐ろしい...。


「とりあえず長官に連絡ね。ユン君、悪いんだけど長官を呼んで来てくれない?」

「長官をわざわざ呼びつけるのか...」

「一応これ、長官からの注文だからね。出来たって知らせればすっ飛んでくるはずよ」

「はあ、分かった呼んでくる」

そう言って俺は部屋から出て、長官の元へと歩を進めた。



ここへ勤め始めて約2年。まだ片手で数えられる程度しか来たことのない長官室へとやってきた。

サフィラは平然と言ってのけたがそんな図太くない俺は長官室へ来る度緊張する。上下関係が他の国と比べると緩いとはいえサフィラのように緩すぎるのも如何なものなのか...。


ノックをして名乗りつつそんな事を考えていると長官の補佐官がドアを開け、中へと通してくれた。

「失礼致します。長官、前にサフィラへと頼まれていた魔法の解呪が完成致しました。それについての説明をしたいとのことで申し訳ないのですが研究室までご足労願います…」

「おお!ついに出来たか!分かったすぐに行こう」

用件を伝えると嬉しそうな顔をした長官。

だがその笑みはいつもと違い、どこか歪んで見えた。


「長官、まだ仕事が残っていますよ」

近くにいた補佐官が苦言を呈す。

だがそんなものは関係ないとばかりに補佐官へ待機を命じ、俺は長官と共に研究室へと移動した。


研究室に着き、長官と共に部屋へと入る。

「サフィラ!ついに出来たと聞いたぞ!」

「ええ。これがそうです長官。」

そう言って長官に紙を渡すサフィラ。

受け取った長官は目を輝かせながら目を通していく。

「ああ、素晴らしいな、本当に...」

そう言いながら長官はさっき俺に見せた歪んだ笑みをサフィラへ向ける。

「これでやっと私の願いが叶う」

そう言った瞬間、ドアがぶち破られる。

「な!?」

破られたドアから10人ほど人がなだれ込んできた。


「君たち、サフィラ・ルグレ及び、ユン・ワートを捕らえろ」

「は!?な、何故ですか長官!」

いきなりの捕縛命令に俺は動揺した。

しかし、サフィラはというと至って落ち着いた態度を保ちながら長官を見つめていた。


「この国では傀儡魔法が禁忌魔法だということは知っているだろう?」


俺の問に答えてくれるらしく、長官はわざとらしく上機嫌で語り出す。


「サフィラはそんな傀儡魔法を調べていたという情報が入ってきてね。彼女のような魔法使いに傀儡魔法なんて使われてしまったら危険すぎる。故に捕縛命令が王から下ったのだよ」

「ちょ、ちょっと待ってください長官!それは貴方がっ...!」

「うるさいよ、ユン君」


依頼したことでしょうと続けようとした瞬間、サフィラがいきなり魔法を使い、窓際に置いてあった植物で俺を拘束した。

「むぐ!?」

「...なんだサフィラ、捕縛に協力するなんてどういうつもりだ?」

「長官。私は貴方が求めているものを知っています。確かに解呪魔法が欲しかったというのは嘘ではないようですね。ですが、この魔法を研究する過程でおそらく私がするであろう傀儡魔法の研究で私が国への叛意を抱いていると周りに思わせ私を陥れようとたのでしょう?」

「......」

「実は長官には言っていませんでしたけど私は読心魔法が使えるんです。長官が私のことよく思っていないのも気がついていましたよ?初めはそんな事なかったのにいつの間にか私へ嫉妬心や劣等感を抱き、私を貶めることを考え始めた。そんな貴方の心を読んで以来、貴方を信用しなくなったんですが、長官の方は気がついていなかったみたいですね?」


くすくすと笑ながら彼女は続けた。


「私が貴方を慕っているように見せかけていたからこそこんな子供騙しのような計画で私を貶めようとしたのでしょうけど、まずその前提から間違っていたのですよ。私はだいぶ前からもう貴方を慕ってなどいません。貴方に拾われた時には確かに慕っていましたけど」


そして彼女は少し悲しそうに微笑む。


「正直に言うと長官の策にあえて嵌るかどうか結構悩んだんですよ。でも確かに長官に助けられたのも事実。だから貴方への恩を返すということであえて嵌ってみたんです。...どうです?長官。嬉しいでしょう?」


そんな事を言うサフィラはまるで一流の女優のように悲しそうな微笑みを消し、また楽しそうにくすくす笑う。


そんな彼女を拘束され、見ているしか出来なかった俺にいきなり念話が届く。


(ごめんねユン君。巻き込んじゃった…)

(いや、というかどうする気なんだ。

このままじゃ捕まるぞ?)

(大丈夫大丈夫。ユン君だけは助けるから)

(は!?お前はどうするんだよ!)

(んーまあ何とかなるでしょう)

(いや、何とかなるって...そんな呑気なこと言ってる場合じゃ...)

(本音を言うとね、途中で考え直してくれるかもって思っていたんだ)

そう念話で伝えてきたサフィラの声は悲しみを含んでいた。

(もしかしたらこの研究を頑張れば私を拾ってくれた時のような関係に戻れるかもって思っちゃったの...結局は逆効果でこんなことになっちゃったんだけど)

それを聞いた俺はさっきの台詞はサフィラの本心からの言葉ではなかったと気がつく。


やっぱり傷ついていないはずがなかったのだ。

本当の両親に捨てられ、孤児院でものけ者にされていたサフィラ。

そんな彼女を拾ってくれたという長官へ情がないはずがない。

例え彼女に対して嫉妬心や劣等感を抱いていたとしても、一縷の望みにかけたくなるのは当然だ。嘗て仲が良かったというのならなおさら。俺は天涯孤独ではなかったから彼女の辛さや寂しさを想像することしか出来ない。けれど同じような状況に陥ったらきっとサフィラと同じ選択をしただろう。


(ユン君は私と長官のいざこざに巻き込まれただけ。だから助けるよ)

(俺のことより自分のことを気にしろ!なんだって自分も助かろうとしないんだ!)

(前々から決めてたの。解呪魔法が完成して長官が攻め入って来たら逃げようってね)

(は?ちょっと待て、)

(拾ってくれた長官には本人に感謝していたの。だけど長官はもう私に嫉妬心や劣等感しか抱いていない。長官の策に対してなにも対策を練らなかった私はもうここにいることは難しいでしょう...大丈夫よ。私は天才魔法使いなんだから)

そう言って念話を切り、サフィラは睨んでいる長官へと意識を切り替えたようだ。


「長官、私が傀儡魔法を調べていることに何故ユン君が何も言ってこなかったと思いますか?」

「...?」

その問に怪訝そうな顔をする長官。


「実は大分前からユン君は私の傀儡魔法にかかっていたんですよ。...こんなふうにね!」

『なっ!!』


サフィラが声を発すると同時、長官を含め押し入って来た者達も傀儡魔法にかかった。まさか傀儡魔法も無詠唱で発動出来るとは思っていなかったのだろう。

もちろん俺も傀儡魔法にかかった。


「さてと、では皆さん。私が無事に逃げ切れるまで盾になってもらいますね?」

そう言って笑うサフィラはとても悪そうな微笑みを浮かべ、傀儡魔法にかかった俺たちと共に廊下へ飛び出す。


廊下には部屋に入りきれなかった他の魔法使い達が待機しており、傀儡魔法にかかった俺たちを見て目を丸くする。


「さあ、皆さん。長官達は今傀儡魔法にかかっています。彼らを殺されたくなければ道を開けなさい」

その言葉を聞き、待機していた者達は慌てて道を譲る。腐っていても長官がいるのだ。危害を加えないようにするしかない上に相手はあのサフィラ・ルグレ。

下手なことが出来ず皆焦っていた。


そのまま上手く外まで逃げてくると、追ってきていた魔法使い達に俺達を向かわせた。


「さあ、操られている皆さん。意識があるのに味方を傷つけないといけない苦痛、得と味わってくださいな」


そう言うと操られている俺達は攻撃魔法で魔法使い達を攻撃し始める。


「や、やめろ!」

「結界をはるんだ!」

「うわあああ!」

だが、操られている魔法使い達はサフィラ対策なのか魔法省の中でも指折りの魔法使い達だった。そんな魔法使い達に他の魔法使い達がかなうはず無もなく次々と意識を刈り取られてゆく。

俺も強制的に攻撃させられ、内心とても焦っていた。


このままではサフィラは余計立場を悪くする。そんな思いが通じたらしくサフィラから再度念話をしてきた。


(大丈夫だよユン君。ユン君の立場は悪くならないよう普段からユン君に対して傀儡魔法を使った記録みたいなものとか色々残してきたから)

(いやそうじゃないって何度も言ってるだろ!お前のことを心配してるんだよ!)

するとサフィラが微かに笑う気配を感じた。

(ユン君は優しいね。...今までありがとう。ユン君のおかげでこの国にいた事はやな記憶ばかりじゃなくなったよ)


(...どうあっても考えを曲げないのか)

(ええ。じゃあ、さよなら。ユン君)

ここでもまた一方的に念話を切ろうとしたサフィラに俺は叫んだ。

(お前は1人ぼっちだと思っているようだが俺はお前の友達だ!それだけは忘れるな!)

(......ありがとう)


そうして彼女は飛行魔法を使い、この場から逃げていった。

彼女のあとを数人が追いかけて行ったがサフィラなら逃げおおせるだろう。


そして、サフィラに操られていた俺達は彼女の残していった解呪魔法が使われ、後遺症も残らず無事に魔法が解かれた。


その後、解呪魔法は長官が編み出したということになり、あれだけの騒ぎになりながらも長官は魔法省での地位を確かなものとした。

俺はというと、サフィラの残していった傀儡魔法の記録、目撃証言、状況証拠等によってこの件は関与しておらず無実と言い渡され、無事だった。しかし彼女の苦労を無駄にするようで悪いとは思いつつ、もう魔法省では働けないと退職を決意。

そのまま国外を旅することにした。

国外へ逃げると言っていたサフィラに文句を言う為に。




ーー俺は知る由もなかった。

あの後サフィラが国中の魔法使い達に追われ命からがら逃げ出し、まさかあんな辺境な地に住み着いているなんて。

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