とある男の追憶2
模擬戦の帰り道、サフィラは気分良さげに歩いている。そんな彼女の隣で俺は少し考え事をしていた。
(この歳でこれほど強いとは...結局模擬戦も他の人と圧倒的大差をつけて優勝していたし、本当に天才魔法使いの名は伊達じゃないな。だが彼女にとってそれはすべてがいい事だとは限らない…。)
他の模擬戦に参加した者達は最低でも20歳ほど。
そんな中弱冠16歳のサフィラが模擬戦でこれだけ他人との実力の差を見せつけたのだ。歳が若いのにこれだけ強いとなると彼女へのやっかみや嫉妬といった、負の感情が付きまとっただろう。
この歳でそんな感情に晒され続けていれば、心の弱い人であれば潰れてしまったとしてもおかしくはない。
実際サフィラは以前の模擬戦までは勝ってはいたものの、本気を出さずに戦っていたようだった。
つまらないからと言っていた彼女が本当のところどう思っているのかは分からないが、本気を出すことがなかった所を見るに少し心が折れかかっていたのかもしれない。
俺はこの歳でここまで強くなった彼女の過去が気になり始めた。
だがそれを聞くのは憚られた。
何せ10歳で魔法省に入ったのだ。
余程特殊な事情があるに違いないと思った。
そんな考え事をしている俺に、サフィラが話しかけてきた。
「ねえ、ユン君。やっぱり敬語使うのやめない?」
「...いきなりどうしたんですか。」
「ユン君が勤め始めてそこそこ経つでしょう?でも敬語使われると距離を感じるの。...ということで敬語使うのやめない?」
「貴女は私の上司なので、敬語を使うのは当たり前です。それに私が敬語を使っていないところを誰か他の人に見られでもした場合、あまりいい事は起きませんよ。」
「うーん...ユン君堅いわね。」
私はそんな事気にしないのに...そういって今度はサフィラの方が考え事をしはじめた。
(働き始めて暫くしてから何故かやたらと距離が近くなったように感じていたけど気のせいじゃなかったか。...少しでも親しくなったら誰にでもついて行きそうだな。天才魔法使いを欲しがっている所は多い。誘拐でもされたら大変だ...が、まず誘拐した相手が大変か。きっと返り討ちにされてぼこぼこにされるな...)
彼女は歳の割にそういうところがやたら無防備だ。
最初はユンにも警戒しまくっていたのに気がつくと懐かれていた。
特に何をしたわけではないのにこんなに懐かれて少し戸惑っていたユンである。
また思考の海に沈みかかっていた俺に、サフィラがいい事を考え付いたというような顔で話しかけてきた。
「ユン君!上司命令ならどう!?」
「...はい?」
「上司命令で敬語使用禁止にするわ!」
「そこまでしてでも敬語使われたくないんですか...」
「ええ!...駄目?」
そう言って上目遣いに首を傾げるサフィラ。背の高さからして上目遣いになるのは致し方ない。だが彼女のそれは破壊力を伴ってユンに衝撃を与えた。
「うっ(わ、可愛いなこのやろう)......」
「う?」
喉まで出かかった言葉を何とか飲み込み、少し深呼吸して心を落ち着かせた。
「.........わかったよ。敬語使わなけりゃいいんだろ?但し、2人だけの時だけだぞ?」
「!」
ぱあぁっと嬉しそうな顔をする彼女。
「わーい!ありがとうユン君!」
満面の笑みでそんなことを言われてはもう文句を言うことは出来なかった。
それからしばらく、共に仕事をしていてユンはサフィラに親しい人がいないことに気がついた。
サフィラが親しげに話をするのは見た限り、長官と俺ぐらいしかいなかった。
プライベートは分からないが、職場では長官と俺だけ。他の人に対しては冷たい対応をしていた。だが長官は役職柄、あまりここへは来れない。それでも週一ぐらいでサフィラの様子を見に来ているから長官にとってサフィラは気を配る相手なのだろう。
それにしても、とそこで疑問に思ったことを考える。
天才魔法使いだからといってそんなしょっちゅう様子を見に来るものか?
とりあえず、他人のそういった事情に首は突っ込まない方がいいだろうと思い、その時はそれ以上は考えなかった、が。
「私と長官の関係性?」
「ああ。長官は魔法省のトップだろ?いくらサフィラが天才魔法使いだからといって、普通トップの人が一人にこれだけ気にかけるのは良くないだろう。それでも周りは何も言わないし、お前もそこら辺全然気にしてないから、気になったんだよ。」
後日結局我慢できず、長官との関係性をサフィラへ聞いてみることにした。
「そっかー。そう思われるか普通は。...うーんとね。長官は私の親代わりなのよ。」
「親代わり?」
「ええ。私の両親はかなり幼い頃から私の事を恐れていた。6歳の時すでにそこら辺の大人より頭が良かったし、魔法も上位魔法が使えたから...そして自らの手に余ると言って捨てられ、孤児院に入ったの。でも孤児院でも私は受け入れられなかった。孤児院の大人も子供も両親と同じように私を恐れていたんでしょうね。」
そこで一旦言葉を切って、少し寂しげに微笑んだ。
「そんな時ね、私の噂を聞きつけて長官が訪ねてきたの。私は長官と話をした。その時私の才能はここにいては無駄になってしまう。だから私のところに来て君の才能を発揮してみてはどうだい?って言ってくれたのよ!...とても嬉しかった。誰も彼も私の力を恐れて見ないようにしていたのに、長官だけは私の事を見てくれたの。そんな長官と一緒に働きたいと幼心に思ったのをよく覚えてる...。それからは魔法省に入る為に勉強、武術に取り組んだわ。もちろん魔法の訓練も沢山した。」
「......。」
あまりの暗い過去に俺が沈黙していると、彼女は続けた。
「あとはまあ、噂通り史上最年少の10歳で魔法省に入って今に至る感じね。引き取ってくれた長官は本当の父親のように私のことを可愛がってくれたわ。実際は後見人みたいな立ち位置なんだけれど。この話は魔法省に勤めている古参の者達には割と有名な話。だから長官が私のところに来ても誰も何も言わないのよ。」
話し終わった彼女を見て、俺は咄嗟に謝った。
「すまない。お前の過去を聞き出すつもりはなかったんだ...。」
「気にしないで。話したいと思ったから話したんだから。それにこの話をすればあの事が切り出しやすいかと思って、ね。」
「あの事?」
こくりと頷くサフィラ。
「...実は。」
その神妙な顔つきにこちらも緊張する。
「ユン君に...友達になって欲しくて...。」
「...は?」
「だ、だから!ユン君に友達になって欲しいの!」
「.........。」
思わず真顔になってしまった。
「今の話を聞けば同情を誘って友達になってくれやすくなると思ったの!私には今話した通り、友達がいなかったのよ…だから、ユン君が友達になってくれたら嬉しいなーと思って...。」
早口にそう語るサフィラの顔を凝視する。段々と顔が赤くなっていった。
「...友達がいないとこんなふうに拗らせるんだな。」
ふぅと小さく息をつくとサフィラはうっと息を詰まらせた。
「そんな話をしなくても友達にはなれるもんだぞ?」
「そ、そうなの?」
「ああ。ま、上司と部下って立場だけどプライベートでなら友達になってもいいぞ。」
「!ほ、本当!?」
そう言って目を見開きながら確認してくる彼女を見て、俺は苦笑しながら頷く。
「本当ほんと。」
「ありがとう!ユン君!」
嬉しそうに万歳するサフィラ。
その子供っぽい仕草が妙に可愛く感じた。
「それにしても、なんで俺にそんな懐いたんだ?」
ここでついでとばかりに疑問に思っていたもう一つのことを聞いてみることにした。
「な、懐くって...私は動物じゃないんだけど?」
「すまん。咄嗟に上手い言い表し方が分からなくてついな。それで、はじめここに来たときはあんなに警戒してたのになんで親しげになったんだ?」
そう聞くとサフィラは疑問に答えはじめた。
「えっとね、ユン君がここに勤め始めてまだそんな経ってないころに廊下で人に話しかけられてたでしょ?私の部下として働くことになったなんて災難だな的なニュアンスで。」
「......あー、あった気がする。」
だいぶうろ覚えだが覚えていた。
資料を運んでいる最中にサフィラのことをよく思っていないらしい職員から話しかけられたんだったかな?
「その人にユン君が返した言葉が、ね。『そうでしょうか?天才魔法使いと言われるだけあって彼女から学べることはとても多いです。この前発表していた回復魔法を使用することによる人体への悪影響という論文なんかは今までの常識を覆し、この魔法省を揺るがせていましたしね。私は彼女の部下になれてとても良かったと思っていますよ。』って言ってくれたこと嬉しかったのよ?私はここ魔法省でも異端扱いされていて長官以外誰も味方はいなかった。初めて会った時はこの人も天才魔法使いの私しか見ないのかなーと思ったから警戒してたけれど、普通に接してくれるしそう言ってくれた相手を嫌えっていう方が難しいと思うんだけど?」
まさかあの会話を聞かれていたとは...
「よく覚えてるな?そんなこと。」
ちょっとはずかしくて茶化すと、サフィラは胸を張って、
「嬉しかったこととか忘れたくない記憶はしっかり魔法をかけて忘れないようにしてるからね。」
と答えた。
ーーいやいやいや。
「...それはちょっと怖い。」
「えーー?!なんでよ?」
「なんて言うか、執念深さを感じる。」
親しい人がいなかった弊害か。一人への情が重いな。
ぶーぶー言うサフィラは何だかんだ言いつつ機嫌が良さそうだった。
そんな彼女を見て俺はちょっぴり笑った。
そこでふと何かを思い出したようで、サフィラが話始めた。
「あ、そうだ話変わるけど。来週魔法学校の特別講師として呼ばれたからちょっとその準備するわよ。」
「ああ、あの特別講師か。了解。どんな授業をするんだ?」
「やって欲しい事は、新入生達の魔法属性を調べること、魔法についての説明、あと出来れば魔法省のことも教えて欲しいって。」
「そうか。それにしても懐かしいな。」
「私は学校行けなかったから少し楽しみ。学校ってどんなところなの?」
俺はしまったという顔をしたが、彼女は気にせずそう問いかけてきた。
「どんなところって、普通に勉強するだけのころだぞ?」
「でも友達出来たりするから皆で遊んだりするんじゃないの?」
「まあ遊んだりもするけど。」
「それに一人で勉強するわけじゃないからなんとなく楽しそうなイメージがあるのよね。」
「俺は勉強に楽しいもつまらないもなかったからなー...。」
「ふーん、そうなんだ?」
「そうなんだよ。」
サフィラにとって学校は話に聞くだけの未知の場所のようだ。
わくわくしているようなので、それ以上詳しくは説明しなかった。
魔法学校への訪問当日ーーーー
「はーい注目!今日は魔法省から特別講師の方に来てもらいました。皆でご挨拶をしましょうね。」
『こんにちはー!』
「皆、こんにちは。魔法省から来ましたサフィラ・ルグレ、そしてもう一人の彼はユン・ワートと言います。今日はよろしくね。」
子供達が挨拶して、サフィラが俺の分の自己紹介もする。今日俺は助手の立場で参加することになった。
2人で会釈してから授業が始まった。
この年齢の子供は元気だなー。
「さて、今日は皆に魔法と自分の魔力属性について知ってもらおうと思います。皆は魔法についてはどんなことを知ってますか?」
周りを見回しながらサフィラは子供達に問いかける。
すると元気よく手を挙げ、発言していく子供達。
「はーい!魔力量が多いと長く生きられるってお婆ちゃんが言ってた!」
「僕は自分の魔力属性は少なくても2個、多いと6個あるって聞いたよ!」
「あたしは無詠唱魔法は難しいって聞いたことあるよ。」
「オルガントの人達は魔力量が他の国の人達より多いってこの間先生に教えて貰ったー。」
「皆よく知ってますね。皆が言ったようにここ、オルガント国は他の国の人達より魔力量を多く持っています。そして魔力量が多ければ多いほどに長生きになります。大体の人は2〜300年ほど生きると言われていますね。」
『えー!』
「皆長生きー!」
「すごいね!」
「そんなに長生きするとやることなくなっちゃいそう!」
子供達の純粋で直球な言葉にサフィラは苦笑する。
「そうですね。長生きしたらすることなくなっちゃうかも知れませんが、きっとやりたいことも見つけられるはずですよ?さて次は無詠唱魔法ですが、皆のお家では家族の人達が魔法を使う時何か持ちながら呪文を唱えて魔法を使っていませんか?」
「はいはーい!それ、魔法媒体ってやつでしょ!?」
「そうです。魔法を使う時には普通、魔法媒体と呪文が必要です。人によって魔法媒体は違うので大人の人に見せてもらうといいですよ。そして、無詠唱魔法は呪文無しに魔法を使うことを言います。無詠唱魔法は呪文を唱えるのと比べると弱くなりやすく、難しくなるので、無詠唱魔法を使える人達は皆すごい魔法使いと言われるんですよ。」
そう言うとおもむろに杖を取り出すサフィラ。
そのまま杖の先に無詠唱で小さな火を灯した。
...魔法媒体持ってたんだ。あれだけ嫌いって言ってたのに。
子供達はおおー!とテンション高く叫ぶ。
「本来ならこのように小さな火も呪文が必要です。ですが、無詠唱魔法でなら今のように何も唱えなくても火をつけることが出来ます。但し、無詠唱魔法は小さな火をつけるだけでも難しいので、はじめはきちんと呪文を唱えて魔法を使いこなせるようになりましょう。」
『はーい!』
「では次はお待ちかねの魔力属性の検査をしましょう。」
途端に子供達がざわめきだす。
やはり自分が持っている属性が気になるようだ。
「魔力属性の種類を知っている人はいますか?」
はいはーい!と先程魔力属性について発言した子供が手を上げる。
「えとね、土に、水、火、風、あと光に闇!」
「はい、正解です。」
にこりと微笑み手を叩く。
正解した子供は嬉しそうにはしゃいでいる。
「この魔力属性は親と子供同じ属性になりやすいです。たまに別の魔力属性を持って生まれる子供もいますが、その場合は親が持っている属性に加えて違う属性を持つことが多いですね。それではその属性をどうやって調べるか説明しましょう。」
俺は持ってきていた魔力属性を調べる水晶玉を教卓に置いた。
サフィラは俺に礼をいって説明を始めた。
「これを使って魔力属性を調べます。方法は簡単。この水晶玉に手を置くだけで魔力属性を調べることが出来ます。」
そう言ってサフィラは水晶玉に手を置く。
すると水晶玉が光り、6色の光が水晶玉の中で踊る。
「こんなふうに魔力属性が光となって水晶玉の中に出てきます。私の場合は6色あるので、6つの魔力属性を持っているということになりますね。」
それを聞き、子供達はまたテンションが上がる。
「先生全部持ってるの!?」
「すごい!いいなー。」
「早く僕も調べたい!」
「先生、早くー!」
「はい、じゃあ順番に調べていきましょう。」
そう言って子供達のもとへ歩いて行く。一人一人に水晶玉へ手を乗せさせ、調べた魔力属性を俺が紙に書き、子供達に手渡していく。
「わー!俺3つあったぞ!」
「私も3つ!」
「僕は4つあった!」
「いいなー、僕2つ...。」
きゃいきゃいはしゃいでいる子供達。
だが、魔力属性が2つしかない子供は落ち込んでしまっていた。
「はい、皆自分の魔力属性がわかりましたね?2つしかないと落ち込んでいる子もしっかりと聞いてください。魔力属性が少ない場合、より魔力が純粋になります。なので持っている魔力属性の上位魔法を使いやすくなりますよ。沢山の魔力属性を持っている人は上位魔法を使えるようになるにはちょっと大変ですが、かわりに複合魔法などを使えます。つまり、魔力属性が少ない人は強い魔法を、魔力属性が多い人は沢山の魔法を使えるようになるということですね。」
「!そうなんだ!」
「まじかー、俺どっちかと言うと強い魔法使えるようになりたいなー。」
「私は沢山使えるようになりたい!」
「へー!じゃあ先生は沢山の魔法が使えるんだね!」
見事に落ち込んでしまっていた子供が元気になった。それを見てサフィラは優しく微笑んだ。
「はい、私は沢山の魔法が使えますよ。例えば、水と土と光魔法を上手く使うと...。」
そう言ってまた杖を取り出し、少しだけ上に掲げる。すると杖の先に沢山の花が咲いた。
その咲いた花を今度は風魔法を使い子供達へと配る。
『わあー!』
「...と、いうような魔法が使えるようになります。お花は魔法で咲かせたので1週間ほど持つので良かったらお土産で持って帰ってあげてください。」
さて、とここでまた話を切り替える。
「皆、魔力属性が分かったので、最後は魔法省について少しお話をします。魔法省とはこの国を守る為に魔法と武器を使って戦う人達が勤めているところです。他には街の平和を守る為、街を歩いて見回る人達もいますね。皆見たことありますか?」
『あるー!』
「はい、お返事ありがとう。他には魔法を調べたりもしたりしています。難しい魔法はそれそのものをしっかりと理解していないと使うことが出来ないので、それを調べたりするんですね。魔法省の人達は日々、特訓をしたり、調べものをしたりして過ごしています。ですが、魔法省に勤めるには勉強も頑張ってしないと入れません。もし、皆のうち誰か魔法省に入りたい場合は勉強と魔法、武器を使えるように頑張って練習してくださいね。」
そう締めくくり、サフィラは先生へと目配せした。
「はい、サフィラ先生ありがとうございました。皆ー、サフィラ先生とユン先生にお礼を言いましょうね。」
『先生ーありがとうございましたー!』
「こちらこそありがとうございました。」
にっこり笑ってお礼を言う。
こうして短い様で長い授業が終わった。