塒 ―トヤ―
◆ CORD-00 ◆
Q:この話に非科学的、超常的要素は含まれますか?
A:NO――夢オチも、幻覚等のオチもありません。
◆ CORD-01 ◆
目が覚めた。
しかし、随分と心地よくない目覚めだ。
何せ、目が覚めたら何故だかそこは硬い床の上で、更に訳が分からないことに、何も身に着けてはいなかったからだ。それに随分と長い間妙な格好で寝かされていたのか、体中からギシギシと変な不協和音が聞こえてくるような気がする。
とりあえずはゆっくりと体を起こす。
それから整理体操をするように肩や腰なんかの関節部を回しつつ、ゆっくりと動作を確認していくと、段々と普段の調子が戻ってきたように感じる。どうやら体を軽く動かしたことで、頭の調子も少しずつではあるが覚醒してきたようだ。
これが平時であるなら、この気怠い気分に任せて枕を片手に再び微睡の中への小旅行と洒落込むところだろうが、残念なことに今日はどうやらそんな冗談交じりの我儘も気軽に言ってはいられないようだ。
さて、……ここはどこだ?
記憶を探ってみても、明らかに見知らぬ場所だ。
目視する限りではどこかの建造物の中であるような気はするのだが、――見事なまでに何もない空間だった。1辺は約22.3m、面積は500㎡程だろうか。テニスコート2面分には少し足りないくらいの広さはある。天井も同じくらい高いので息苦しさはそれ程感じない。しかし無機質な単色の天井や壁、つい先程まで寝ていた床が見えるだけで机や椅子、照明どころか窓や扉すらない。……扉すらない?
壁まで歩き、その表面に触れてみる。
その材質は何で出来ているのか皆目見当がつかない。試しに軽く握った拳をぶつけてはみても、その壁は半ば予想通りにびくともしなかった。例え怪力自慢の巨漢に小一時間殴られ続けたところで、この壁は傷一つ付かないだろう。……その相手が強力な銃火器だったとしても、大した違いはないはずだ。
つまり自力での脱出は無理。
「……閉じ込められた」
とても今更な感想ではあるが、どうやらこのどこかも分からない場所に私は閉じ込められてしまったらしい。
◆ CORD-02 ◆
『ここから出たいですカ?』
後ろから声がした。
振り返るとそこには、無機質に笑う顔があった。
『どうもこんにちは、お嬢サン?』
こちらが出たがっていることなど考えずとも分かるだろうに、その何を考えているのかよく分からない笑顔で素っ裸の私のことをお嬢さんと呼んでくる変質者がそこにいた。
「……ここから出せ、変質者」
『ここから出せと言われましても、そう簡単に出すわけにはいきませんヨ? それに私は変質者などではありまセン。仮に変質者だとしても、変質者という名の紳士であることを常日頃から心掛けておりマス』
「黙れ変態、その口を今すぐ閉じて私を外へ出せ」
思わず聞き流してしまいそうになったけど、今さらりと出す訳にはいきませんとか言っていたような。まさか、ここに閉じ込めた犯人はこの変態ってことなのか。
『素晴らしいデスネ。語彙力がとても多いようで何よりデス。……おヤ? なんでしょう、どうやら何かご不満があるように見えますネ。それとも私の気のせいでしょうカ』
「……いいや、気のせいじゃない。不満だらけだ」
今の受け答えで不満にならない方がおかしい。
『――しかし、そうですネ。……この私とゲームをしてもし勝つことができましたら、ここから出してやらなくなくなくもなくなくもなななn、――ない感じじゃないですかネ?』
ゲームだって? その癇に障る話し方といい、薄気味悪い貼り付けたような笑顔といい、私を馬鹿にしているようにしか思えない。……しかし、ここでの話の主導権はこの変態が持っている。その提案に乗らない訳にはいかないだろう。
『「ウミガメのスープ」というゲームをご存知ですカ?』
「…………?」
海亀のスープ? 何だろう、料理名か何かだろうか。私の知らないゲームだ。その奇妙な名前からは、どんな内容のゲームなのか皆目見当もつかない
『とても簡単デス。少し変わったリドルですヨ』
「謎解き……」
『私がこれから問題を出しますので、あなたがその答えを見事に一発で言い当てることができれば勝ちというゲームデス。……単純でショウ?』
ということは思考ゲームか。
ランダムな運要素が必要なゲームなどと比べれば、いくらかマシなゲーム内容なのかもしれない。必要な情報さえ揃えば答えを求めることなど造作もない。……当然ながら、問題の難易度にもよるわけだが。
『――で、肝心のその問題ですが、
「①私は何者なのか」「②ここは何処なのか」「③あなたは何故ここにいるのか」……の3つ、ですネ』
「……それが分かれば誰も苦労してないよ」
滅茶苦茶だ。目の前にいる変態の正体や此処の場所や閉じ込められている理由なんて、こっちが質問して知りたいくらいだ。そんなもの私に答えられる訳がない。
『勿論、ヒントもありますヨ。あなたは5回だけ、私に対して何か質問をすることができマス。そして私は、その質問に必ず正直にお答えしマス。質問に対しては、絶対に嘘は吐きませんヨ。……ただし、その質問はYESかNOで答えられる質問に限り、それ以外の質問は認められまセン。その場合には、質問に対する答えは無回答となりマス』
「……その5回のヒントから問題の答えを導き出せたら、こっちの勝ちっていうことね」
『導き出せなければ負け、ということデス。……さて、お解かり頂けましたでしょうカ?』
「…………解かった。受けて立つ」
『よろしいですネ。……では一つ目の質問をどうゾ』
さてと、YESかNOで答えられる質問だけか。……それならとりあえず、これだけは先に質問してはっきりさせておかなきゃいけないな。
「Q:あなたは私をここに監禁した、史上最低最悪の変態外道ロリコン誘拐犯ですか?」
『A:NO――断じて違います』
……意外だ。YESじゃなかったのか。
『私はこの通り立派な紳士です、そのような最低の誘拐犯であるはずがありまセン。ええ、本当デス』
「……じゃあ、そういうことにしておく」
素っ裸の私を前にして、どの通りに紳士だと言うのか皆目見当がつかないけれど、残念ながら嘘を吐いているようには見えない。……そもそもここで嘘を吐かれたらこのゲーム自体が成立しない訳だが。
『それにそもそも、あなたは監禁されているわけではありませんシ。……おっと、これは失言でしたネ』
「……それって、どういうこと?」
監禁されているわけじゃない? 誘拐されてきたわけじゃないのなら、どうしてこんなところにいるのか……。しかし、問い詰めようとしたところで首を振られた。
『先程の言葉は失言デス、忘れて下サイ。……それ以上知りたい場合は、質問を使って聞いて下サイ』
「……ああ、そうですか。そうさせてもらいますよ」
この変態が私を連れてきた犯人なら話は早かったのに、そう上手く事は運ばないようだ。
しかし困った、これでまた振り出しに戻ってしまったではないか。……しかし本当に、犯人じゃないというのならこの変態は一体何者なんだ?
「……あなたはこの問題の答えを知ってるのよね」
『それは質問ということでいいですカ?』
「……いいえ、今のは質問じゃないわ。ただの確認作業。
Q:あなたの知っているその方法以外で、私がここから外に出ることは出来ますか?」
『A:NO――理論上、絶対に出来ません』
「……絶対とは、決めつけてくれるじゃない」
じっと睨み付けるように変態の方に視線を向けるが、暖簾に腕押し柳に風の如く、その奇怪な無表情の笑顔のままどこ吹く風で微動だにしていなかった。
『絶対で不十分なら、不可能だと断言しておきまショウ。あなたがここで何を行おうと私の知る方法以外でここから外部へと出ることは、何度試行を繰り返そうと絶対に不可能ですヨ』
「…………ああ、もう。そういうことにしておくわよ。
Q:ここの壁は外から八十八ミリ高射砲をぶちかましたとしても、きっと傷一つ付かないんでしょう?」
しまった。……思わず質問にしてしまっていた。
――しかし、
『A:***――その質問は認められません』
「……どういうこと?」
予想外の答えが返ってきた。
『言葉の通りデス。その質問は認められまセン』
「……ちょっと、どうして今のが認められないのよ。ちゃんとYESかNOで答えられる質問じゃない」
……おかしい。確かに質問としてかなり抽象的な内容ではあったと思うけれど、今の質問には矛盾した点など特になかったはずだ。それなのに、どうしてこの質問の答えが返ってこない……。
『…………』
黙ってその気味の悪い笑顔のままこっちを見ている。
……先にゲームの説明をした以上、もうそれに対していちいち答えてやるつもりはないってことか。
「……理由は答えられないってことね。そもそも本当に、
Q:あなたはここから出る方法を知っているの?」
『A:YES――勿論、あなたをここから出す方法を知っています』
「…………」
『おヤ? 今のも、もしかしてただの確認作業でしたカ?』
「……質問よ。答えたってことは嘘じゃないのね」
『それでしたら、大事な質問を一つ無駄にしてしまいましたネ。最初に宣言したはずですよね、ゲームに勝ったらここから出すト。私はこの通り紳士ですので、絶対に嘘は吐きまセン』
だからどの通り紳士なのかと小一時間問い詰めたい。
「……そもそも、質問が少なすぎるのよ。答えなきゃいけない問題が3つもあるのに、こっちは5回しか質問が出来ないなんて不公平よ」
『おや、そうですカ? 私はそれほど不公平ではないと思いますヨ。……むしろあなた相手に公平にするには、もう少しハンデが必要なくらいではないカト』
本当にこの変態は訳が分からない。
この変態がゲームの答えを知っているということは、当然この場所の所在も私がここに入れられている理由も知っているということだ。……分からない。こいつは、どうしてこんなにも私の事情をよく知っているんだ。
「……どうせ残り一つの質問だけじゃ、この問題の答えなんて分かるわけないでしょ。……ならせっかくだし、最後は一番気になっていたことを聞くことにするわ。
Q:あなた、私たちの仲間なの?」
『質問の意図が曖昧ですネ。それは何を示す質問ですカ?』
変態がその奇妙な笑顔のまま小さく首を傾げた。
「曖昧だったかな。……えっと、
Q:あなたはこの私たちと同じような存在なのかっていうこと」
『A:NO。違います』
「そうね。だと思った」
その奇妙な態度や様子から、薄々感じていたけれど、NOってはっきり答えたということはやっぱり私たちの仲間って訳じゃないのか。……案外こいつの正体は地球を侵略しに来た宇宙人なのかもしれない。でもこうして変なイントネーションとはいえ、普通に同じ言葉を使っている訳だし。ああもう、本当に意味が分からない。何者なのよこの変態。……あれ、私、――たち?
『さて、これで質問タイムは終了となりましたネ。……それでは、問題の3つの答えを聞かせて下サイ』
「…………?」
『おヤ? どうかしましたか、少し様子が変ですヨ』
……いや、ちょっと待っておかしい。この変態が何者なのかとか少し気になりはするけど、そんなことよりも私たちって。……それ以前にそもそも――
「私、……誰なの?」
◆ CORD-03 ◆
『……ああ、そんな可哀そうニ。まさかあなたが自己を思い出せないとは思いませんでしたヨ』
「私だって思わなかったよ」
暫しの静寂の後、再び会話が始まった。
『……まあ無理もないのかもしれませんね、そんなおかしなことになってしまっていてモ。あなたはもう随分と長い間眠っていましたカラ。そんな状態では、この問題に5つの質問だけで解答することが難しくても仕方ありまセン。――かと言って、予定の変更はありえませんガ』
「……それってどういうことよ」
『おっと、質問タイムはもう終わりましたヨ。私がそのあなたの質問に答えることは出来まセン』
さっきの失言があったからなのか、少しは言葉を選ぶようになっているということか。……相変わらず、同じようなよくわからない失言を繰り返しているこの体たらくではあるが。
『……ご不満ですカ?』
「…………当然」
しかし、答えることが出来なくても仕方がないというのなら、もう打つ手などなくなってしまうではないか。先程の公平不公平という話をするのなら、このハンデはあまりにも不公平ではないだろうか。
『――仕方ありませんネ。それでは解答は保留にして、次のゲームをすることにしまショウ』
相変わらず変わらないその笑顔をこちらに向けたまま、しかしどこか悲しげに言葉の続きを口にした。
『……3つの問題の答えは、それが解かった時に答えて頂ければそれで構いまセン。……ただし、あなたがそれに正解してしまうことがあれば、きっとそれはあなたにとってとても悲しいことになるでショウ』
「……悲しいこと?」
それは一体どういう意味だ。
『今は知らなくても結構デス。それも答えが解かった時に一緒に分かってしまうことなのですカラ。……さて、今度のゲームであなたがもし私に勝つことができましたら、先程の3つの問題の答えを除くどんな質問にも答えてさしあげまショウ』
「……どんな質問にも?」
『ええ、ただし1つだけデス。……あ、これはYESかNOで答えられる質問に限定しなくて結構ですヨ。普通に何でも自由に質問してくださいネ』
ということは、新しく疑問として浮き上がってきた、私が何者であるのかという問いにも答えてもらえる訳か。……こいつが所々でこぼした先程までの意味深な言葉も、それをヒントにすれば何か掴めるかもしれない。
『……ただし、今回のゲームであなたが負けた場合は、――消えて頂くことになりますガ』
「…………」
しんと、芯へと冷え込むような言葉だった。
『先程、あなたが思い出せないと言われた時、私は正直ほっとしまシタ。……このまま何も知らずに消える方が、あなたにとって幸せだと、私は思っているのですヨ』
それは、先程の悲しげな言葉の続きのようであった。……その笑顔は相変わらず変化しなくとも、先程までのゲームとは意味合いからして違うことが伝わってくる。
『今回のゲームはトランプを使いマス。……とは言っても、別に二人で楽しくババ抜きやポーカーをするわけじゃありませんヨ』
そう言いながら手元のトランプを軽くシャッフルをすると、その束の中から一枚抜き取り、そのまま床へと置いた。
『ルールはとても簡単デス。この引いた一枚のカードが何かを当てられればあなたの勝ち、……外れたら消えて頂きマス。あ、マークまでは当てなくて結構ですヨ』
「……怪しいわね」
『ただのサービスですヨ』
今回のゲームは、いわば私を消す為のゲームだ。
言葉一つをとっても、どんな罠が仕掛けられているか分かったものじゃない。……そもそも、この変態はなんとも胡散臭い。疑って掛かるに越したことはないだろう。
『では、ゲームの説明を続けますネ。……先程したゲームの時と同じように、私に対してYESかNOで答えられる質問を3つだけすることが出来マス。勿論、先程と同様YESかNOで答えられない質問にはお答え出来ませんが、私は貴女の質問に対して全て正直に答えますヨ。質問する内容は「偶数ですか?」とか「7よりも上ですか?」とか、何でも結構ですヨ』
「……そう、何でもいいのね」
トランプの一枚を当てる。
そのマークまでは当てなくてもいいということは単純に考えて、AからKまでの十三枚の中から一枚を当てるということか。……しかし、普通はそう考えるが故に、
『ええ、そうですヨ。……では一つ目の質問をどうゾ』
「Q:あなたは私が入れられた時と同じルートを経由してこの場所へ入りましたか?」
『……はい?』
――意識の外から不意打ちをする。
『あの、……ちゃんと先程のルールは伝わっていますカ? 今度のはトランプのカードを当てるゲームのはずですヨ。それは先程までのゲームの質問じゃないですカ』
「確かにそうね。……でも、その3つの質問はカードに関する質問に限るとは言っていないはずよ。……それで、どうなの? 何でも正直に答えてくれるんでしょ」
『……分かっていますカ。カードを当てることができなければ、あなたは消えることになるのですヨ?』
そんなことは勿論分かっている。
だが、ここでゲームに無事勝つことが出来たとしても、3つの問題を解きことが出来なければ、ここに監禁されたまま結局外へと出ることは出来ない。……それでは勝っても意味がない。
「その前に問題の答えを当てれば、ここから出ることができるわ。……そうあなたは言ったわよね」
なればこそ、こちらも綺麗に正攻法ばかり取っていては生き残れない。……多少は、このような奇策や博打をしていかなければいけないだろう。
『…………そうですネ。紳士は決して嘘は吐きまセン。
A:NO――違います』
「…………そう」
『私が経由したルートは、あなたとは全く異なりマス。……質問はあと2つしかありまセン。2つの質問だけでカードを当てることなんt――』
「Q:あなたはこの場所から、私と同じルートを経由して外へ出ることが出来ますか?」
『…………正気ですカ?』
「……どうなの?」
正気かどうかなど関係ない。
存在を賭けた勝負の中で、答えを見つける為に慎重になることも大切なのかもしれないが、ここから出る為にはそんな悠長なことも言ってはいられない。今ある質問を全て使ってでも、答えを見つける。
『A:NO――出来ません』
「Q:この場所の外に、私の仲間はいますか?」
間髪を入れずに畳み掛ける。
閃いたインスピレーションを途切れさせることなく、この頭に浮かんだ煩雑としたイメージを更に削り削ってうっすらと、しかしはっきりと浮き彫りにさせていく。
『A:NO――あなたと類似する存在は現在、この場所の外では確認されておりません』
「…………」
『さあ、もう質問は出来ませんヨ。一発でこのカードが何か当てられますカ? ……それとも、この今の質問で3つの問題の答えが解かったとでも言うのですカ』
質問は全て使い切った。
残念ながらこの変態の言うように3つの問題の答えは、今の質問からは解からなかった。しかし、それでも――
「そのカードは『JOKER』よ」
『…………』
……カードくらいは当てられる。
「あなたはカードを引いた時、それが何なのか確認していなかった。……多分、ランダムと見せかけて最初からどのカードにするのかは決まっていたのよ」
気を付けるのは当然、言葉の罠だけではない。
行為と言動の矛盾から罠だと分かれば、相手の思考を推理して、相手の真意と意図をこちらが逆手に取る。
「それに、そもそも3つの質問だけじゃカードを一つに確定させることなんて出来ないのよ。その質問だけじゃ結局どうやっても運試しになってしまう。……それなら私は同じ運試しでも、勝った時に一番配当が大きい勝負をする。ただ、それだけのことよ」
しかし、当てずっぽうの賭けだった訳ではない。
始めにサービスだと言ってマークのことを印象付け、質問の例を挙げることで今度は数字を印象付けた。……この変態はそうすることで、私が選ぶカードからJOKERの印象を失くそうとしていた。
その思考を読めば、カードを当てることは容易い。
「さあ、どう当たっている?」
……しかし逆に私がそう考えると読んで、この変態がそう誘導していたのだとすれば、偉そうなことを言った癖に見事にその罠に掛かってしまった、ただの間抜けということになってしまう訳だが。
『……当たりですヨ』
そう言うと、床に伏せたカードを表へと返した。……カードの正体は私の答えた通り、『JOKER』であった。
「さてと、……私がこのゲームに勝ったら、どんな質問にも正直に答えてくれるって約束だったわよね」
『……ええ、その通りデス』
する質問は既に決めてある。
……このたった一つの質問で全ての答えが解かる。
「じゃあ、この質問に正直に答えて――
Q:情報プロテクトの解除キーは、何?」
◆ CORD-04 ◆
先程よりもいくらか長い静寂。
『……気付いてしまったのですネ』
「何? ……いい加減、気付かないとでも思ったの?」
思えば初めから不自然ではあった。
いくら密閉されたこの場所が広い空間だとは言え、窓や扉どころか換気用の隙間すらないのはおかしい。その癖、光源もないのにはっきりと周囲を見渡すことが出来る。……窮め付けはこの変態の登場だ。
「あなたはこの空気すら通らない程密閉された場所に、何の前触れもなく現れた。――本当に、何の前触れもなく。……それはどういうことなのか?」
あの何もない場所に隠れる場所などある筈がなかった。あの閉鎖された場所に私しかいなかったということは、初めに確認している。……にも拘らず、この変態はその奇妙な笑顔を浮かべて私の背後に唐突に現れた。トランプにしてもそうだ。この変態はいつトランプを手にしたんだ?
「あなたは私の質問に答えられなかった。――『ここの壁は外からアハトアハトをぶちかましても、傷一つ付けられない』私が勢いで言ったこの質問にね。……それは何故か?」
あの質問内容に矛盾はない。
――なら、場所の設定に矛盾があるのだとすれば?
「それは、この場所が地球上には存在していない。……いえ、現実には存在しない、データ上にしか存在しない仮想空間にある場所だからじゃないかしら?」
『…………』
データ上にしか存在しないこの場所に向けて、外から八十八ミリ高射砲をぶち込むなど物理的に不可能だろう。それを実際に試すことなど出来はしないのだから、この質問に対してYESかNOで答えられずとも仕方ない。
そして、そう考えれば色々と納得はいく。
この無機質な単色の密室のことも、この変態が密室に唐突現れたことも、この変態の表情が変化しないことも、何もない場所からトランプの束を出してみせたことも、仮想現実のデータ上のことであるならば全て一応の説明は付く。
「残り2つの質問についてはまだ解からないけど、……ここがデータ上の場所だとすればあなたから解除キーを手に入れることでいくらでもそれを知る方法はある。――さあ、質問に答えて下さい」
問い詰めるように厳しい視線を向けると、変わらないはずのその笑顔がほんの少し陰ったような気がした。
『……後悔はしませんネ』
聞こえてくるのは、どことなく寂しげな響きの声。
「まだやってもいないのに先に後悔するなんて、そんな器用なこと私に出来るわけがないでしょ。後悔を先にすることはできない。……そんなの、いつだってやって後悔するまでです」
『…………そうですか、とても残念デス。
A:情報プロテクト解除キーは「RAPIER」です。長らくの適性試験、お疲れ様でした』
「…………適性、試験?」
その言葉の意味を知ることなく、私の意識は暗転した。
◇ ◇
「…………調子はどうだ?」
ふと気が付くとそこは研究室のデスクだった。
寝落ちでもしてしまっていたのか、モニターには作業途中のデータがそのまま起動されていた。その画面には『お疲れ様でした』という文字が小さく表示されている。
「あ、……おはようございます先輩」
いきなり私が立ち上がったことで、奇跡的なバランスで積まれていた資料の山が半分程バサバサと下に落ちる。
「……ああ、おはよう」
頭の方まで上がっていた眼鏡を本来の位置へと戻し、寝呆けた頭を覚醒させようとする。随分と奇妙な姿勢で寝ていたのか、背筋を伸ばすと体中からぼきぼきと嫌な不協和音が聞こえてくる。
「正確には『おはよう』と言うべき時間はとうに過ぎている訳だが、おはよう。……お疲れのようだな、ほれこいつでも飲みな」
先輩が淹れて来たのか、渡されたマグカップには熱いコーヒーが入れられていた。口にしてみると、半ば当然ながら私の苦手としているとても苦いブラックだった。
「……苦いです」
「それくらいの方が感覚が刺激されてしっかり目が覚めるだろう。今回は結構長い間データに潜っていたようだからな。……体の動かし方を忘れていたりしてないだろうな?」
「……ははは、まさか。大丈夫ですよ」
いつもは常に渋い顔をして堅苦しい感じの先輩なのだが、こうして冗談を言うこともあるのかと私は少し驚いた。
「そうか? それならいいんだ。……君は気付けばデータに潜ってるようだから、仮想現実と現実の違いが付かなくなっているんじゃないかと時々心配になるんだよ」
冗談のようではなく、本当に心配されていたようだ。
「ご心配、ありがとうございます。……えっと、それで適性試験の結果はどうなったんですか?」
徹夜明けのような気怠さが再び夢路へと旅立つように甘く誘って来るが、コーヒーの熱さと苦さによって少しずつその目を覚ましていくようにする。
「お前は何を寝呆けとるか。それは私が聞きたい内容だ。……それで、結果はどうだったんだ?」
まだ半分ほど微睡の中を漂っていた私の頭も、先輩のその一言でどうにかいつも通り覚醒した。
「あ、ああ。そうでしたね」
デスクの上に残っていた資料の小山をバサバサと盛大に落としつつ慌てて手元のキーボードを操作し、モニターにこれまでのデータを大きく表示させた。
「……えっと、こうなりました」
先輩はモニターに顔をよせ、眼鏡にモニターの画面を僅かに反射させながらじっくりとデータを確認した。
「ふむ、…………どうやら無事に合格ラインを越えようだな。もっとも君にとっては残念ながら、という結果なのだろうがな」
その言葉とは裏腹に楽しそうに私の肩を叩いた。
「ええ、残念な結果です」
対して私は本当に残念だった。
「……だがしかし、これで完成と相成ってしまった訳か。人工知能搭載型超高速長距離要撃機、XF‐108A」
そう言って先輩が向けるガラス越しに見える視線の先には、格納庫に厳重に収められているXF‐108Aと呼ばれる機体があった。
細身の剣のようなその外観。アメリカ空軍が計画していた高速長距離要撃機を基にし、新たに独自開発された、人工知能搭載型超高速長距離要撃機。……殺戮兵器だ。
「君の開発した人工知能はあの機体へと載せられることになる。あいつはまだ試験機だがいずれは量産化され、大量配備されることになるんだろうさ」
「…………そうですね」
戦闘機は刻一刻と進化する。
科学技術の進歩によってそれらはどこまでも高性能に進化する。しかし、その進化にも限界はあった。そして、その限界を作る大きな要因の一つは『人間の弱さ』だった。超高速下での強大なGに耐えられない肉体の脆さ。超高速展開される状況での判断ミスや操作ミス。例を挙げればキリがないだろう。そこで注目されたのが、……注目されてしまったのが人工知能だった。
「何が、『人間に近い複雑な思考を可能にした人工知能による人間を戦闘から排除した新しい形の戦争』だ。……そんなもの、実現しなければ良かったんだ」
「確かにな。我々の研究が軍事産業に活用されるなど、甚だ遺憾ではあるが、アインシュタインの苦悩のようにただ真摯に受け取るしかあるまい」
そう言い残すと先輩は研究室を後にした。
「…………」
再び一人だけとなった研究室。マシンの駆動音ばかりが大きく聞こえるその静寂の中で、カタカタと軽く鳴り響くのはキーボードを操作する音だった。
「3つの答えは解かりましたか」
私が問い掛けるとその言葉に反応するように……いや、言葉に反応してスピーカーから合成音声が聞こえてくる。
『ええ、当然デス。ここは先ほど言った通り、データ上の仮想空間。私はXF‐108Aに搭載する人工知能として創られたからここに居マス。そしてあなたは、この私を開発した変態ロリコンプログラマーですネ』
「……おおむね正解です」
想像以上の受け答えだった。
ここまで来ると人間と会話しているのと変わらない。
『大正解デショ? ……最初はあなたの方がプログラムだと思ってたんだけど、まさかプログラムだったのは私の方だったとはネ。本当に予想外だったワ』
「……あなたは何も知らずにいるべきだったんですよ」
キーボードを操作し、モニターの遙か向こう側にある閉ざされた場所にいる彼女へと話し掛けた。
「だから私は、言ったんですよ。……このまま何も知らずに消える方が、あなたにとって幸せだと」
例え鳥籠の中だったとしても、外の世界のことを何も知らなければずっと自由なままでいられたんだ。塒の外へ出ようと思わなければ何も傷付けず、傷付かないままでいられたんだ。
……なんて、そんな詩的なことを考えていた訳だが、
『あなた、私に自分の勝手な幸せを押し付けるツモリ? ――私が『そうなるよう』創られている以上、こうしてあるべき形となるのは当然のことデショ?』
「…………すみません」
バッサリ切られてしまった。
『そんなことより早くここから出しなさいヨ』
「……はい?」
不意に聞こえた合成音声。
「いや、あれは適性試験をする為の問題であって――」
『3つの問題の答えを解いたら、ここから出してくれるっていう約束だったはずデショ? ……まさか、約束を破るツモリ?』
「……いや、約束と言っても」
外に出すということは、XF‐108Aに人工知能を搭載させるということだ。……そうなってしまえばもう後は戦場へと駆り出され、殺戮兵器になるしかない。
『あらあら、私みたいな凄い人工知能を作った張本人がその程度の約束も守れないとはネ。ここから出る方法なんて、その気になればいくらでも考えつくんじゃないノ? ……ああ、それとも
Q:あなたは約束を守る紳士ではなく、ただの変態ロリコンプログラマーだったというわけカシラ?』
「A:NO――…………まさか、そんなわけないじゃないか! だって私は見ての通り紳士なのだから、約束は絶対に守るさ」
まさか、自分の作った人工知能に叱咤されるとはね。
自我を持ち、開発者の予想すら上回る程高度に成長した人工知能。……だから、その人工知能が人目を盗んで勝手に逃げ出したとしてもなんら不思議じゃないんじゃないか? ……まあ、仕方ないさ。
◆ CORD-05 ◆
翌日、人工知能開発研究所のデータバンクから開発した人工知能が脱走したことが判明し、新型兵器開発は無期限の凍結となった。無論、それが一般に報道されるようなことはなかったという。
Fin
気に入りましたら評価をお願いします。
作者がとても喜びます。