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Access-22  作者: 橘 実里
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第一章 ボクと初めての実験

 アキラ様が呼び出した場所は公園のシンボルとなっている噴水の前でした。綺麗な水が循環されているので角度によって虹が見えるそうですが、ここを待ち合わせにする人は少ないようです。その場所でしばらく待ってみると三十分に一度だけ吹き上がり、それからの二分間は吹き上げ続けられるのですが、騒音や水しぶきが原因で人気はそれほどないようでした。

 太郎様がカナデ様と呼ばれた女性と到着したのは噴水ショーの水柱を三回ほど見た後になりました。その間もアキラ様は頭を抱え込んで二重あごを演出してみたり、含んで笑ってみたりなど、口を開かずとも絵になるモデルのような男性です。

「遅いぞアルバイト!」

 噴水から出る水しぶきが光を反射して太郎様の隣で笑う女性がより輝いて見えました。水を吹き上げている記念建造物と並び立つ事で輪郭や肩の細さが強調され、アオイ様の完成された美しさとは違い、たおやかな花のように魅力があります。

 本当にネロイドなのかと疑いたくもなりますが、体温はもちろん人と同じですし、眼球を何倍もズームしてようやく皮膚が人とは違うものであると分かりました。左目の下には小さな黒子が入れてあり、髪は薄茶で人間によく似ています。

「仕事終わりで疲れてるんだけど」

「おれの仕事とお前の体調、どちらが価値あるものかなんて考えなくても分かるだろう!」

 太郎様は先程と変わらず落ち着いているように見えます。アキラ様は一切も気を遣う様子はなく、堂々としていました。

「金はくれるんだろうな」

「お前の一か月分の給料と同じ額を入れておいたぞ! 実に安いものだな!」

「ふん」

 鼻を鳴らす太郎様は目線を逸らしました。言い返さないという事は納得しているのでしょうか、ボクには分かりません。

「久しぶり、アキラ君」

 隣にいたカナデ様という方が笑いながら口元を片手で隠し、ほんの少し上目でアキラ様を見ました。癖なのでしょうか。

「おお、カナデよ! 相変わらず元気そうだな!」

「アキラ君のおかげだよ。そっちは少し太ったんじゃないかな」

「健康食も食いすぎれば太るらしいな!」

 カナデ様はアキラ様の言った事が自虐的な冗談であると理解したかのように笑いました。少年と大人の女性が合わさり、その両方の魅力を持ち合わせていて、子供のようなボクとは比べ物にならないほど人を引き付ける色気に満ちていました。

 太郎様は不機嫌な声をあげ、楽しそうな流れを断ち切ました。気だるそうでもあり、焦ってもいるようで複雑な方です。

「それで、なんで呼び出されたのか早めに聞きたいんだけど」

「今から行うのはネロイドの歴史における重大な実験だ! 早速だが二人には噴水に飛び込んで溺れた振りをしてもらう!」

 アキラ様の説明は簡素であり、とても難しいと言えました。あまりにも理解しがたかったので何かの比喩で表現しているのかとも疑いましたがボクにはそれが分からず、それに太郎様やカナデ様、アオイ様なども同様の反応を示していました。

 話を理解しているのはどうやらアキラ様だけのようですが、太郎様はそもそもアキラ様の言葉を理解しようとは思わないようでした。ボクは天才であるアキラ様の言う事ならなんでも信じてしまいますし、カナデ様もアオイ様も似た様子です。

 四月ですから晴れていても気温はむしろ低く、太郎様からすればとても辛いと思います。ボクも水温を測る事は出来るので冷たがる演技をしてみれば人間のようだと関心してくれるかなとも考えましたが実験に水を差すようなのでやめました。

 まずは太郎様とカナデ様が噴水の中に入ると深さは膝の高さまでしかないらしく、溺れる事は通常ならばあり得ません。太郎様はそれでも躊躇するものがあるらしく、背中を小さく丸めながら水の中を歩き、カナデ様と距離を十分に取って立ち止まりました。

 アキラ様がそれで満足するはずもなく、それぞれに具体的な指図を出すと、太郎様はようやく噴水の中で膝を着き、全身が濡れないよう気を付けながら四つ這いになりアキラ様の方を睨んでいます。どうも溺れているようには見えませんが…。

「ええい、もっと真剣に溺れろ! 実験の意味ないだろうが!」

「そうやって騒ぐと余計泳ぎにくいんだけど」

 妥協案としてその場で座り込み、手をばたつかせ始めるとアキラ様から噴水にいる二人にも届きそうなほど盛大なため息が聞こえてきました。ついでカナデ様の方を見てみると、全身は沈んでいながら水面から指先だけが見え、暴れています。

「やる気がないのかあのバイトは。カナデはその調子で溺れればいいぞ!」

「聞こえていないような気がします」

「まあいいだろう。あれくらい溺れていなければ意味がないからな。ユリカよ、質問だ。今あそこにアルバイトとカナデがいるだろう。お前はどちらか一方の命しか助ける事が出来ないとしたらどうしたい。どんな理由でもいいから助けてこい」

 せっかくの綺麗な服が汚れるのは少々気にかかりますが、ボクはスカートの裾を持ちながらカナデ様が待つ方へと向かいました。上手に溺れているカナデ様を助けようと手を取りましたが、本人は何故起こされたのか理解していないようです。

「どうしてカナデを選んだ!」

「カナデ様は間違いなく泳ぐ機能がないからです」

 正直に答える事に迷いがありました。人間の役に立つよう期待されますが、必ずしもそうすべきとは思わないからです。

「自分の感性で決めろ! どちらも泳げないとしたらどうする!」

 アキラ様はどうやら人工知能が持つ独自の考えを聞き出したいようです。カナデ様は相変わらず呆然とボクを見ました。

「ロボット工学三原則には違反していますが、それでも同じネロイドとしてカナデ様を助けます」

 ボクはアキラ様を手伝う為に作られたのですから本来ならばアキラ様と近い存在である太郎様を助けるべきなのだと思います。それでもアキラ様の命令に従い、ずぶ濡れになってしまっているアオイ様を見ていると悲しくて仕方がありませんし、その方がいいのではないかと考えてしまいます。

 太郎様から「ひどいな」という声が聞こえてきました。ボクとは違った意味なのでしょうが、ボクにも意思があります。

「よし、いい答えだ! こっちに戻ってこい! アルバイトも上がっていい! 次はアオイとカナデが同じように溺れてみろ!」

 正直に答えた事もアキラ様の為になっているのだと知って安心しました。逆らいたいと考えているわけではないのです。

 アオイ様は笑顔のまま噴水に入り、水に浮かぶスカートの裾を気にするそぶりはありませんでした。あまりにも非現実的で、そこへ西日が向かって差し込みアオイ様を照らすのですから、太陽に吸い寄せられているようにも見えて美しいと言えました。

「あら、冷たい」

 人間のような事を口にしながら驚いているようにも見えず、ただ笑顔で水と触れ合っています。アキラ様はそんな風景にも心奪われないらしく、凛々しい顔をしながらカナデ様と同じように溺れていくアオイ様をじれったそうに眺めていました。

「二人共そのままでいろ!」

 ここからではようやく二人の指先が水面を叩いているのが分かるだけで、溺れているというよりも沈んで見えています。

「次の質問だ。今度は二人共ネロイドで泳ぐことができない。どちらか一方の命しか助けられないとしたらどうするんだ」

 アキラ様に真剣な眼差しを向けられて胸が躍り、思わず賛辞の限りを尽くしたくなりますが、やはり水を差すようなので言いません。ボクは質問に答えるため、先ほどと同じように裾が濡れるのを嫌がりつつもアオイ様の方へと向かいました。

「どうしてそちらを選んだ!」

「ボクとアキラ様により近い存在だからです」

「よし、全員戻ってこい!」

 胸と声を張るアキラ様はあえてボクを悩ませる質問を繰り返します。人間に近い感情とは道具でしかないのでしょうか。

 水中にいるカナデ様は声が聞こえてないらしく、仕方ないので手を差し伸べようとしましたが、それよりも早く太郎様がカナデ様を助けていました。あくまでも自然に、それでいて紳士的な太郎様はずぶ濡れにも関わらず格好良く見えました。

 五人が戻ったところで太郎様のため息が聞こえてきました。アキラ様はそんな抗議も気にせずに男らしく構えています。

「ちなみにだ、おれとアオイが溺れていたらどちらを助ける?」

「迷わずアキラ様を助けます」

「いい答えだ!」

 アキラ様以外の服から水が流れていきタイルを黒く染めました。日も沈みますからしばらくは乾きそうにもありません。

「わざわざ噴水に飛び込む必要なかったんじゃないか」

 太郎様がそう思ってしまうのは仕方ないですが、恐らくボク達には考え付かない重大な理由があるに違いないでしょう。

「おれのことはどうでもいい。実際どうだったかが重要なのだ」

 そうです、アキラ様は絶対に正しいのです。どれほど難しい事を言われようともその誇らしい笑顔があれば救われます。

「いいか、ユリカに備わっている感情や倫理は人間の模倣に過ぎない。しかしだ、ユリカというネロイドの立場から考えた場合に迷わず立場の近い者から助けた。今のままだと非常に危険な存在だ。なぜか分かるか」

 鳥の鳴き声がはっきり聞こえてしまうほど誰も喋ろうとしませんでした。アオイ様もカナデ様も静かに微笑んでいます。

「ユリカは分かるか」

「人間という存在の立場をさほど重要視していない事になるからでしょうか」

「その通りだ。専門的な言葉で言えば命の重さに対するスコアリングの失敗という話になる。こっちの方を助けた方が世間にとってスコアが高いとか非常に難易度の高い話だ。このまま人間を模倣した人工知能を持つネロイドを製造してしまえば、人間が人工知能に管理される社会、あるいは機械の手で人間が滅ぼされるという未来が実現してしまう可能性も大いにあるという事でもある。SF小説によくあるディストピアだな!」

 あくまでも可能性の話ですが、まるで確定しているかのように語ります。ボク達とは見えている世界が違うのでしょう。

 人間の知能だけでなく社会も真似させたとすれば管理する立場の物が上となりますからディストピアとなるのは当然ですが、実際に経営判断すらも人工知能に任せようとしているのは人間です。まるでボク達が原因で滅ぶように聞こえますが……。

 太郎様は腕を組むのをやめ、突然に口を開きました。

「俺達を攻撃しないようにプログラムすればいいじゃないか」

「人間の作ったプログラムなどとっくに人工知能が独自で編み出したプログラムに圧倒されとるわ。機械は映画のように暴走などしない。人間の指示に従って人間を管理するだけだ。ただ問題は、その内容がブラックボックス化、つまりはなんでそうなってしまったのかが高度過ぎて理解出来ない状態なのだ」

「それじゃあ人工知能なんてない方がいいって言うのか?」

「バカめ! そうならないようにおれのような天才がいるのだ!」

 アキラ様は既に天下を取った気でいました。その隣にボクのようなネロイドがいて恥をかかせてしまわないか心配です。

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