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Access-22  作者: 橘 実里
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第一章 ボクと悲しみ

 帰り際にアオイ様がいつの間にか3Dプリンターの食品コーナーからピザパウダーを六袋ほど籠に入れていました。ボクと半分ずつ分け合って持ち、出入口前のゲートをくぐり清算を終わらせると、アオイ様と二人でエコバックに仕舞いました。

 エレベーターホールで待つ間、隣にいるアキラ様を見上げていました。当の本人はその更に上を見ながら笑っています。

「ボクもいつか売られてしまうのでしょうか」

 鼻で笑った音が聞こえ、笑い方にも種類があるのだと知りました。ボクは呼吸をしないので出来ない笑い方なのですが。

「安心しろ、誰かに使われた形跡のあるネロイドなんて誰も手を出さんわ」

「どういうことですか?」

「感情がないのをいい事にどんな扱われ方をしても許されているからな。ネロイドにはどんな故障が多いのか聞くために太郎と話すようになったが、修理しに来た奴の話を聞いていると火で焼いていたり、よからぬ物を食わせたりされているらしい」

「……不思議な話です」

「外見だけ人間に近いとそういうこともある」

「ボクはかまいませんが、アキラ様もそういうことをしますか?」

 アキラ様はようやくこちらを振り向きました。ボクはネロイドですから多くを求めませんが、嬉しい事は嬉しいのです。

「自分で壊したとして修理するのもおれだからな。そんな無駄な事をする時間はないぞ」

「さすがはアキラ様ですね」

 アキラ様が笑うたび、頬の贅肉がメガネのレンズに当たり、汚れていくのを見ているとあまりの格好よさに賛辞しか思い浮かびません。ですが今はそれよりも、アキラ様に救ってほしい気持ちがありました。

「ボクとしても、ネロイドが酷い目に合っているというのは聞くだけで悲しくなります」

 また鼻で笑われたかと思いきや、アキラ様は突如難しい顔をしました。

「いやまてよ」

「あれ、やっぱりしますか?」

 ボクはアキラ様のためなら愛玩用にもなり、火の中で泳ぐ行為も喜んでしますが、改めて頼まれるとちょっと意外です。

「違う、そっちではない。今お前、人間じゃなくてネロイドの心配したのか?」

 なにやら全く別の事を閃いていたようです。天才であるアキラ様は、所詮ネロイドであるボクにとって計り知れません。

 乗り込んだエレベーターはボクでさえ振動や音を感知するのが難しいほど静かに動きました。標準の設定から逸脱すれば聞き取れない事もないですが、アキラ様との会話にノイズが混じる事を意味するので、そんな事は一人でこっそりします。

 理解をするのが難しい無言の状態がしばらく続きました。量販店を出るとアキラ様は何も言わず方向を変え、人の少ない住宅街へと向かって行きました。建ち並ぶ家は古く、仮想空間で見たよりも汚れていて、空き地ばかりが目立っています。

 そこを抜けた先には自然公園があり、さらに歩いて遊具のある公園に辿り着いたところで止まりました。金曜日ですから人は少ないですし、ほとんど老人が散歩をしているだけだったのですが、突然アキラ様は砂場にいる子供を指差しました。

「いたぞ、あれを見ろ」

 その光景を見てボクは恵まれているのだと理解しました。子供と遊ぶ女性の姿は全身から口の中まで泥だらけでいます。

「アレというのは、一般向けに売られているものですよね」

「用途は異なるが、一人一体以上ロボットを持っている時代だ。ネロイドの場合でもああした扱いをする家庭はいくらかある」

 まさにアレと呼んでしまうのがふさわしいほど単なる道具として扱われていました。人間の形をしているからいけないのでしょうか。

「子供は無邪気と聞きますから仕方ありませんが、同情してしまいます」

 家庭用ロボットとは部屋の掃除を自動的に行う小さい物からボク達ネロイドまで幅広く定義されていますから一人一体と言っても不思議ではありません。とはいえそれを乱暴に扱うのはイジメの心理と似ていて、逆らえなければ許されてしまうのかと悲しくなってしまいます。

「悲しんでいるのか」

「はい。悲しいですし、納得できないです」

「お前のそうした考えは非常に危険だな」

 ただネロイドの心配をしただけなのにアキラ様は難しい表情をしていました。ボクが間違っているとの自覚はありませんが、砂場で今もなお子供に玩具として遊ばれ続けている女性は笑顔で喜んでいるようにも見え、助けを求めずにいました。

 その光景をじっと眺めているとアキラ様がアオイ様へ声をかけています。どうやらボクは信用されていないようですね。

「アオイよ、あのアルバイトを呼び出せ。五時半時までなら待つ」

「あら、用件はなんでしょう?」

 とてもおっとりとしていて間の抜けた声で聞き返していましたが、アキラ様は調子を合わせるでもなく焦って見えます。

「なんでもいい、仕事だと言っておけ。それとあいつのカナデも一緒に呼び出せ」

「カナデ様ですね。二件登録ありますが、どちらのカナデ様ですか?」

「あいつのと言ったらネロイドの方に決まっているだろう!」

 人の姿をして人工知能が搭載されたロボットをネロイドと定義しますが、アキラ様が呼び出すくらいなのですからきっと優秀な方なのでしょう。ボクと言えばまだ何かの役に立っている実感がなく、それどころか不安にさせている気がします。

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