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Access-22  作者: 橘 実里
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第五章 ボクと未来

 ボクは他に寄り道などせず、太郎様の働く量販店へと向かいました。今でしたら勤務時間中でしょうから、挨拶もしなければなりません。ですがその前に、服を着替えなければいけないのでしょう。

 汚れた格好のまま繁華街を歩くなど恥ずかしくてアキラ様に顔向け出来ないほどでしたが、それでもアキラ様のネロイドとして何も成果を上げないより恥ずかしい事などないと思い、下を向きながらですが、真っすぐに歩き続けました。やがて店まで辿りつくと、出来る限りですが人と距離を取りながら歩き、移動もエレベーターではなく人のいない階段を利用しました。

 婦人服売り場まで辿りついたものの、ボクの身体は通常より小さく作られていますから洋服選びには大変難儀しました。十代の女の子が選ぶような服装は派手が過ぎますし、かといってジーンズを穿いて格好つけてしまうのも違いますし、五十代以上の方が着られるような余裕のある服装もボクの外見には到底似合いそうにありませんでした。

 仕方なくカジュアルなロングスカートにスニーカーとTシャツとアウターを羽織り、結果的に地味目な大学生のような服装を選びました。値段もそれぞれ安く、上から下まで着替えても一万五千円で足りてしまったため、まだ一万円を残していながらお小遣いの範囲で収まりました。今まで着ていた服は手提げ袋に入れてまとめさせて貰いました。

 外見は綺麗にしてもアルコール消毒などはしていませんから、その足で太郎様の所まで向かう時もエレベーターを使わず階段を利用させていただきました。五階にある修理受付と書かれた看板の下まで行くと、やはりそこには太郎様が働いていましたが、ボクの姿を二度見して少し驚いた様子でした。

 事情を説明しようにも勤務時間中ですから迷惑をかけるわけにもいかず、挨拶だけして終わらせようと思ったのですが、五分待っててと言われてしまい、その場に立ち尽くしてしまいました。まだ何も言っていないのですが、服装だけ見て何かを察してしまわれたようです。

 太郎様に招かれて連れていかれた先は従業員専用の控え室でした。太郎様は備え付けの自動販売機でハンバーガーとジュースを買われ、無機質な机に向かい合って座るように指示し、食事をしながら相談に乗ってくれるようでした。

「で、どうしたの」

「家を追い出されて、行く場所がないんです」

 こういう後ろめたい時に相手の目を真っすぐ見るのもおかしいですし、太郎様自身が女性に免疫のなさそうな方ですから、ボクはうつむきながら話しました。しばらく待ってみても返事がこないどころかハンバーガーを一口食べ始めたので、ボクはボクが思っている事を訥々と話す事にしました。

「アキラ様がしている事は自分を苦しめているようにしか思えないです。外部記憶装置も、ネロイドに関する開発も、どちらも正しいとは思えません。ボクはそれを止めずにはいられないんです。そうしたら、今こうして気が済むまで出ていけと言われてしまいました」

 太郎様は口の中の物を飲み込むと食事を止めて話を聞いてくれました。

「あいつを止めてどうなるとかは考えた?」

「もちろん考えました。アキラ様を否定する事に抵抗もありますが、止めない事もまたアキラ様の価値を否定するのと同じ意味だと思うんです。大切に思うからこそ平和に暮らして欲しいんです」

「なるほどなあ」

 太郎様は食べかけのハンバーガーを机の上に置いて腕を組み、天井を一回見上げてから、またボクの方を見ました。行儀の良い行為とは言いがたい部分はありましたが、それは今重要ではありません。

「あのさ、初めて会った時の実験で、ロボット工学三原則に違反して俺を助けなかった事があったじゃん。その理由をずっと考えてたんだよ。人間への安全性、命令への服従、自己防衛の三原則。そのうち俺への安全性を無視して君はカナデを助けたのはなぜだろうって。それって多分、俺を助けるよりカナデを助けた方が人類全体の安全性の保障になるからなんだろ」

「あの時は、申し訳ありません」

「いや、謝るのはいいんだ。よく考えてみれば当たり前なんだよ。世界に数十体もいないほど優秀なネロイドに比べて、俺みたいな命なんて軽いもんだ。でもまあ、同時にあいつの夢を否定しちゃったからなあ」

 太郎様はいつもに増してよく話してくれましたが、冷静な口調を維持したまま聞き取りやすい話し方でした。ピザを食べながら話すアキラ様とはとても違う話し方です。

「現実はいくら否定されてもいいけど夢は否定されたくないって奴は結構多いんだ。俺みたいな奴でもそうだし、アキラなんて夢の塊みたいなもんだし。君が間違えてなくても納得なんて無理だ」

「それほど大事な夢なんですか?」

「あいつはなあ、昔に言っていたんだよ。サイボーグの夢はもう実現してなきゃならないって。俺らが子供の頃に見ていた漫画やアニメは人間が半身義体になっていて、人工知能はあくまでサポート役でしかないっていう未来を予想していたんだ。人間がビルからビルへ飛んで移ったりだな。実際にそんな事をしたら脳震盪を起こすし、内臓が耐えきれなくて最悪死ぬし、怪我したら危ないから必要以上に力を出せない用になっているけどさ。まあ夢見ていたんだよ。だけどこのままなら人工知能が凄すぎて人間が主人公になれない。そういう現実が受け入れられない。子供なんだよ。あいつだけじゃなくて俺も、多分みんなさ」

 人間が主役たる未来というのを考えてみても、文明に依存しきってしまった今では到底有りえません。それは恐らく百年も前から予想が出来た事なのではないでしょうか。戦争で例えるとすれば人間ではなく兵器が主役とも言える時代があります。今はもう人間が機械を支えていかなければ、非効率なあまり何も成り立ちません。

「ボクには難し過ぎてどうしたらいいか分かりません」

「それほど気にしなくていいと思うぞ。頭を機械仕掛けにしても人間がネロイドに近づくだけで、勝てる要素はないって事くらいあいつもわかってるんだけど、失敗しないと納得出来ないんだよ」

「アキラ様が失敗を認めないとしたら、ボクはずっと家に帰れないのですかね」

「あいつが折れるまで頼み続けなよ。人と関わるなら諦めの悪さってのも必要な機能だと思うぞ」

「その頼むという事も、非常事態でない限り、アキラ様の許しがなければ出来ないのです」

 太郎様は横を向いて深いため息を吐きました。あまりにも非建設的な会話に嫌気が差してしまったのでしょう。

「……話聞いてると、ネロイドにはなりたくねぇな。魂も機械に出来たらみんな幸せなんだけどさ」

 魂の機械化、なんて初めて聞きますが、それが普通の人の感覚なのでしょうか。皆、生身の魂が嫌で、自動で天国や地獄などの行き先を決めて欲しいなんて考えているのでしょうか。自堕落な発言にも聞こえますが、それこそ人工知能の生み出された理由なのかもしれません。

 本来多くを語るわけではない太郎様にしてはずいぶんと励ましてくれたようですが、それも途中で息切れして、あとは太郎様が食事を終えるのを眺めているだけの時間となりました。

 帰り際にだけ、もし何かあったらまた俺のところに来いよと威勢の良い事を言ってくれましたが、ボクはあくまでもアキラ様のネロイドなので気持ちだけいただいて頭を下げました。

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