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Access-22  作者: 橘 実里
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第五章 ボクと宿なし

 普段は間違えてばかりのアオイ様ですが、逆を言えば何が間違いか判断する能力があるので、これだけでも通じると思います。トイプードルの世話も欠かさずに行ってくれるはずでしょう。

 出来る限り物音を立てず玄関から出ましたが、このような作法を褒められた事はありません。かといって叱られる事もなく、一人で考えて結論を出した時には褒められたはずなのですが……。

 アキラ様がボクに何を求めて作り出したのかが、今になって分からなくなってしまいました。庭を回り、アキラ様の休んでいる部屋を外から眺めてみましたが、寝ている気配はありません。

 もし急に倒れてしまい看病する手が足りなくなった場合や、突然の思いつきでボクが必要となった時など、外出の命令が解除された際には、すぐ戻れるよう近くにいるべきだと思います。それとは逆に、アキラ様にとって、出て行けの意味が遥か遠くを指す言葉かもしれませんが……。

 立ち尽くしながら眺めていると、アオイ様が部屋に入り、机に皿を置く音が聞こえてきます。アオイ様がボクを庇う言葉を投げかけていますが、ボクもアキラ様も知らないふりをしました。

 しばらくは呼ばれないのを悟り、物置から箒を取り出して割れた窓の外を掃除し始めました。足の折れた椅子も転がっていますが、もう使えませんから粗大ごみとして扱うしかありません。

 芝生を遠目にガラスの破片を探してもちらほらしか見つけられず、色々な視点から眺めれば、途中で気が付かず踏みつけて埋めてしまう可能性があるので、正確に取り除くのは難しいです。怪我するかどうかはともかく、掃除するのが役目ですから元通りにしなければならないとして、芝生を取り換えるべきですが、ボクが前にお小遣いとして貰ったお金では足りなさそうです。

 どこまで掃除するか目星をつけ、庭を荒らさないよう注意しながら壁際へ箒を滑らせました。どうせならゼラチンで辺りを固めて取り除いた方が確実ですが、この場を離れられませんし……。

 周囲から物音は聞こえませんが、夜の間に済ませなければ誰かが敷地に訪れるでしょうから、玄関の掃除と一緒に早く済ませなければいけません。出て行けと言われてもそれも役目ならば、来客を気持ちよく迎えられるよう、朝日が昇る前にどちらも綺麗にしておくべきなのでしょう。

 ただ箒で掃いて思うのは、時間内に終わらせるのは難しいのですが、これを謝罪したくても出来ない点です。アオイ様には伝言するとして、それでも会いたいので最善を尽くしはします。

 掃除すればするほど庭の土がめくれてしまう事も、仕事の手伝いが出来ず遅れてしまう事も、想像された以上に不出来な事も謝罪したいです。恐らく作り直した方がいいかもしれませんが。

 やがて朝を迎えてもアキラ様から呼び戻されず、持て余していまいます。掃除も終えましたが宅配便や他の来客の目を避け、物置の中で普段使わない物を整備したりしてやり過ごします。

 このような場所も普段からアオイ様が手入れしていますから、本当なら必要のない手間です。花壇の水遣りも、庭木の剪定も、役目を横から奪って無理に仕事をしているのと変わりません。

 衣装が汚れ、次の朝を迎えてもする事がありませんでした。もしかすると出て行けと言った意味は敷地の範囲外を指すかもしれませんから、今度は塀を超えて範囲を広げ掃除をしました。

 途中で散歩している犬に吠えられました。綺麗な格好をして出迎えられず申し訳ありません。

 道行くネロイドに不潔なためか人間かと疑われました。汗を分泌しないので悪臭はないはずです。

 空の見える範囲にいる限り充電が切れる事もなく、人間のように疲れたりもしないので一日を使って塀の汚れなども丁寧に掃除しました。沢山の洗剤と水道水を使ってしまいましたが……。

 家の周囲にいても、何をしたらいいのかもう何も思い浮かびません。正門の前から敷地内をうかがい、割れた窓が今どうなったかを見てみると、新しいガラスに張り替えられていました。

 このような場所にいてはアキラ様に見られて、まだそんなところにいたのかと怒られるかもしれませんから、また夜のうちに、誰にも目のつかないよう、近くの駐車場の隅に隠れました。

 広いのにも関わらず死角が多い駐車場は、人目の付きにくい異質な場所です。車の音が遠くから聞こえたら来なさそうな位置に身を隠せば、余程の事がない限り誰にも気がつかれません。

 一台だけ車が出て行きましたが、その間も他の車を死角にしたので、見つかりませんでした。工夫したつもりですが、次の日を迎えても、一向にアキラ様から連絡が来る気配はありません。

 駐車場からの景色は遮蔽物がないので星がよく見えます。お尻の辺りが固い石だらけでした。

 三度目の朝になり、本当はもっと遠くへ出て行くべきだったのかを試してみる事にしました。もしかするとアキラ様は午前中寝ていたのかもしれませんから、しばらく駐車場と家を結ぶ線を半径とした円上の周辺を歩いていましたが、やがて昼になってしまったので、それはないだろうと思い、三〇分程度で帰れる場所を巡る事にしました。

 汚れた格好で歩くのはアキラ様に申し訳がないと思いながら、着替えに帰るわけにもいかず、まさか洗濯のためにびしょ濡れとなるわけにもいきませんから、量販店で新しい服を買いに向かいます。雨雲が一つもない陽気な空の下では、道すがらに住宅を見上げると布団を干している女性の姿もあり、ボクの姿を見て不快な思いをさせていないか不安になりました。

 ハイカラとは縁遠い、古い家が建ち並んだ住宅街に辿り着くと、無造作に設置してあるベンチに座り込んで犬を連れながら世間話をしている老婆の姿を見かけました。犬がボクに吠えると、何か悪い事をした覚えはありませんが、一応頭を下げてその横を通り過ぎました。

 次第に見えてくるのは、絶賛繁盛中と書かれた看板と『あきら~麺』でした。昼頃だったためか店は満員でしたが、回転率が異様に高いのか列を成している様子はありませんでした。入店や退店時に軽い音楽が流れるだけで、中では百円餃子や百円肉野菜炒めなどのメニューが次々とレーンを渡って自動で運ばれていきました。

 ボクが訪れたのは食事ではなく、やはりその横にある大きなゴミ置き場でした。かつての男性に会うためではなく、もし捨てられるならここもいいと思っただけなのですが、そこには既にあの男性が座っていました。汚れた格好で人と会うなんて本来はご法度ですが、目が合ってしまったので無視するわけにもいかず、仕方なくその場に立ち止まり話しかけました。

「いつかの料理は食べていただけましたか?」

 狭いゴミ捨て場でも太陽は上から照らしてくるため、彼の白髪交じりの髪の毛がちりぢりに輝いていました。目の焦点をゆらゆらと動かしながらボクを見つめ、首をかしげています。

「なんの話だ? 食ってねえけどよ」

 あのアキラ様用特製ピザスープの味の感想を第三者にも聞いてみたかったのですが、どうにも捨てられてしまったようです。ご機嫌状態なアキラ様なら何を食べても極上の笑顔で最高に美味しいと褒めたたえてくれるでしょうから、実際はどうなのか興味あったのですけれどね。また作る機会があればの話ですが、どなたかほかの方にも食べていただきたいものです。

「いえ、ボクの思い違いでした」

 ボクが首を横に振ると、彼はその風圧ですら倒されてしまいそうなほど力なくボクを見つめ続けました。栄養状態だけの問題というより、精神状態の方が問題がありそうに見えます。

「仕事は見つかりましたか?」

「いんや、紹介してもらった仕事もやめちまった。言い訳も思いつかねぇほど面倒臭くてよ。お前はここで何してんだ?」

「主人に出て行けと言われて、行く場所が無かったんです」

「それならここにいて暇つぶしになれよ。お前を置くスペースくらいはあるぞ」

 彼は急に興奮し始めたのか、目を赤く染め上げてボクを見上げましたが、生憎そのつもりはありません。理由は言えば言うほど矛盾を帯びた儚いものですけれど、まだ外へ出てから三日しか経っていませんから。

「誘いは嬉しいですけど、主人を変える予定はありません」

「何言ってんだ。ついさっき捨てられたって言っただろ?」

「出て行けと言われただけです」

「お前なあ、それを捨てられたって言うんだよ」

「もう少しだけ、与えられた仕事を投げ出したくないんです」

 これ以上この場にいると説得されてしまいそうだったので、彼が何かまた返事をよこす前に頭を下げてその場を立ち去る事にしました。確かに、考え方によっては捨てられたとも取れますが、それでも気が済んでしまったら元の生活に戻れるのですから、一か月でも一年でも待たなくてはなりません。幸い、余程の事故に出くわさない限り電池切れというのは有りえませんから。

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