表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Access-22  作者: 橘 実里
26/30

第五章 ボクとガラスの破片

 怒らせてしまったボクが悪いのですから、アキラ様はこれっぽっちも悪い所などありません。あえてひとつだけ言うとしたら、どうか謝罪さしてもらう隙さえ与えてくれたらとは思います。

 そういった義理を果たすよりもまず、与えられた仕事をこなさなければならないのでしょう。振り返り窓の方を見れば、フローリングにはガラスの破片が輝いており、無遠慮に踏み歩けば、床も足も傷つけてしまいかねず、慎重に掃除しなければ、また機嫌を損ねるに違いありません。

 ボクはガラスによる光の反射を見逃さないよう慎重にあたりを見渡しました。左右の目や、部屋の天井の隅にあるカメラから見て、様々な角度から破片の反射を確認します。

 いくらフィルムが張られていたと言っても、窓枠の中まで固定されているのではありませんから、窓ごと破壊されれば相当の破片が散っています。掃除機を使って中を傷つけ故障させるわけにもいきませんし、粘着テープで丁寧に取り除き、後ほどワックスをかけ直す事にします。

 ボクの手は日頃から家事を行っているせいで傷ついてはいますが、大きな傷を作らないためにも、台所から頑丈な素材のゴム手袋を取り出して、マスキングテープを使いガラスの破片を地道に取り除きます。業務用の物ではありますが時間は掛かりそうです。

 テープを床に張り、ゴミ袋に捨てる作業。そんな事をしていたらアオイ様がやってきました。

 アオイ様はいつもの優しい笑顔を絶やさず、ボクと同じように破片を集めようとしています。手にしているマスキングテープはなぜか業務用ではなく、ラッピング用の細いものなので苦労していましたが。

「ボクがやりますから大丈夫です」

「いいのよ、掃除くらいしか取り柄ないから。本当ならユリカちゃんこそやらなくていいのに」

 確かに家の中は主にアオイ様が掃除していますが、今回はボクの不始末で汚してしまったのですから率先して掃除すべきです。それでも責任など細かい事は追及してくれないのでしょう。

「ごめんなさい……」

 アオイ様は謝罪の後に何が続くのだろうと待っていました。色々な意味を込めたはずですが。

 このようになってしまったのは確かに悪いのですが、アキラ様の為を想ってしたのですから誇りとさえ考えます。もう少し、冷静になって話し合えれば良かったかもしれませんけれど……。

「ボクは、どこが間違っていたのでしょうか」

 ガラスの破片をひとつも見逃さないよう身体の位置を動かし、視線の角度を再び変えてその映像を記録し、全ての位置を把握しました。アオイ様にもデータを送り、役立ててもらいます。

 人間に好かれる要素の多いアオイ様ですから、アキラ様に尋ねるべき質問でもなにかしらの答えがあるかも知れません。それは、役立たずのボクでは到底思いつかない発想だと思います。

「どうかしらねぇ。私から見たら正解がいっぱいあるから」

 細く短いマスキングテープを使っているおかげでアオイ様に任せたままだと三日は掛かってしまいそうです。それでも床や指を傷つけたりしなさそうなので、ある程度なら任せられます。

 突き飛ばされた後もボクの駆動に異常はありません。これもアキラ様が頑丈に作ってくれたおかげです。

「アキラ様の手伝いをする事も、ユリカちゃんのように決断を迫る事も正しいし、私のように弱いネロイドとして、世間知らずのままでいるのもアキラ様から見たら正解みたいだから」

 まるでアオイ様には実際に疲れや痛覚があるかのように掃除の手を休め、腰を叩いています。人間らしい仕草だとは思いますが、ボクはそれを見てどう捉らえたらいいのかが分かりません。

「アオイ様が弱い?」

「そう、私は一人じゃ何も出来ないように作られているって。完璧だと話す楽しみがないとか、その意味も分からないけれど、趣味を広げるために作ったのだからそれでいいって。最初の計画だとユリカちゃんと私を組み合わせてようやく一人前として見られるようになるはずだって言っていたの」

 アオイ様はおもむろに立つと、その身体を伸ばし、言い終わると可愛らしく欠伸をしました。実際に呼吸しているわけではないはず。ですから酸素を取り入れるわけもなく、音だけです。

「間違える意味について教えられた事も、考えた事もありませんでした」

「そんなに落ち込まないでも、これだって考えようによってはアキラ様と話すきっかけになる」

「はい……」

「大丈夫よ、アキラ様ならきっと全部分かっているから、ユリカちゃんなりに考えたのだって褒めてくれるはず。掃除が終わったら部屋に入ってもいいなら、そのために頑張らないとねぇ」

 強く励ましてくれるアオイ様は言い終わると力が尽きてしまったのか、また欠伸をしました。隙の多い仕草なのにスタイルが良いものですから、背筋も伸びていてだらしなくは見えません。

 長い時間をかければ、どのような作業でも終わらせられます。広い範囲で汚れてしまっても、リビングは少しずつ綺麗になっているのですから、外の掃除も明日の朝までに終わるでしょう。

 その間には日頃から行っているアキラ様の手伝いも済ませるのですが、倒れた直後であれば仕事も遅れるはずですから、たとえ不謹慎でも、これ以上に怒られる心配はあまりありません。時計を見上げれば、そろそろまたアキラ様がお腹を空かせますからピザを焼く必要があります。

 ユウリ様からデータを見せてもらうと、普段の空腹時よりも血糖値が下がっており、点滴で補ってはいますが、足りていないようです。今なら食べ過ぎても太らないかもしれませんが……。

 本当ならボクが焼いて持っていきたいのですが、怒られたばかりですからアオイ様にお願いしようと、せっかくならあの壁の端まで破片を取り終えたらしようと、今更ながら人間らしい事を考えていました。それは本当に今更で、人間とは違うと分かっていてもそうしたいのです。

 その間に待ちくたびれてしまったのか、アキラ様が部屋から出てこちらへ向かってきました。変わらず無表情のまま、体温は高く、偶然かもしれませんが足音がいつもより更に大きいです。

「アキラ様、その辺りの掃除は終わっていますが、リビングは破片が散っているので危険です」

 足を止めたアキラ様は割れた窓を一瞥すると、周囲へ顔を巡らせ、アオイ様の方を見ました。話しているボクには顔を向けず、聞こえているかも分からず、相手にされている気がしません。

「なぜアオイが手伝っているのだ?」

 目を合わせていませんが、せっかく話しかけてくれたのに、ボクには答えられませんでした。アキラ様の声は平坦を装っていて、音量は普段通りでも、その内容には怒気が感じられました。

「私の仕事でもあるから……」

「お前はいい。おれはユリカに掃除しろと命じたな。なぜ手伝わせているのだ」

 アオイ様は言葉もないようです。ボクは見られていなくてもその場を立ち、頭を下げました。

「認識を取り違えてしまいました」

「お前がひとつ間違えるたびにおれは膨大な量の修正をしなければいけない。何度も間違えるようなら売ってはした金にするか」

 冗談である可能性を探しましたが、ボクには必要な話しかしない方ですから考えられません。アキラ様を失う日がこんなにも早く訪れるかもしれない事実に、ボクの不出来を呪いたいです。

 捨てられてしまう可能性を考えなかった事はありません。ですが幸せの根源を失ってしまうには支えがあまりになく、人間の居場所を奪ったと言われながら孤独に強く生きていく自信はありません。

「ボクは、アキラ様の傍で暮らしていたいです」

「仕事も出来ないまま金食い虫になるのか?」

 必要とされるだけでも幸せだったのに、能力を弁えず役に立ちたいと思ってしまったばかり、大変に怒らせてしまいました。アキラ様が健やかに日々を過ごす為にボクは去るべきなのでしょうか。

 ネロイドの手助けを必要と感じる人間がいる一方で、必要ないとするアキラ様のような天才もいるのです。ボクは商売に必要な道具でしかないのですから、意見を持つ必要はありません。

 それでも今日まで一緒に居させて貰えたのは、そこに深い意味があったに違いないはずです。その深さは計り知れないですが、余計な事は言わず、どうかまた必要とされたいと願いました。

「手伝えるがあればどのような事でもします。アキラ様と一緒にいたいといつも思っています」

「出て行け」

「いつまででしょうか」

「俺の気が済むまでだ」

 頭を下げていたので表情は見られませんが、その声から怒りを隠すつもりはないようでした。遠ざかる足音にも頭を下げ、自室に戻ったのを知ると、ボクは役目を一つ終えたと思いました。

 心配そうにこちらを見るアオイ様にも頭を下げました。ボクが掃除に使っていたマスキングテープとゴミ袋を託し、今の気持ちをどのように表現したらいいか分からずに立ち去りました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ