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Access-22  作者: 橘 実里
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第五章 ボクと震え

「目は覚めましたか?」

 ユウリ様の判断により寝室のベッドへアキラ様を寝かす際、一番に苦労したのが倒れているアキラ様を運ぶには重すぎるという事でした。まともな力があるのは太郎様ぐらいですから、四人がかりで持ち上げようとしてもどうやら無理らしく、仕方ないので毎朝使っている荷台で運びました。

 話を聞くと命に別状はないらしく、三日も安静にしていれば大丈夫だそうです。念のためにカナデ様が点滴を打ち、注射器を使う必要はありませんでしたが、しばらく横にしていました。

 アオイ様は追加で三日分の点滴を注文し終え、ボクと太郎様と三人がかりでシャツや下着の着替えを済ませると、後の看病はボクに任せて普段している掃除や仕事の手伝いに戻りました。普段なら間違えて十日分も買いそうになるのを止めますが、今日はそういう事はないようです。

 ボクはベッドの横で椅子に座りながら、人間らしくあるべきか、ボクらしくあるべきなのか、それともアキラ様を想い続ければいいのか迷い続けました。結論を出さずにただ時を過ごす事も出来ますが、ボクが成長しなければ結局は先程のように足を引っ張り続けてしまいますから。

 アキラ様は代謝がいいので汗をタオルでほぼずっと拭いていたのですが、顔に近いあたりを拭かれると意識がなくても気にかかるようで、首にまで差し掛かるとゆっくり目を開きました。寝ている事に慣れていないのか、すぐに起き上がりましたが、気分悪そうに眼を細めています。

「手の痺れが止まらん」

「まだ点滴を投与してから一時間しか経っていませんから、そのまま横になっていて下さい」

 前のめりに倒れそうな姿勢で両手を見つめ、指の先まで異常を探していたかと思えば、ふと思い立ったように天井を見上げました。そこで数秒固まると、いつものアキラ様に戻りました。

「ユリカよ。タブレットの方を持ってきてくれ」

「駄目です。それでは横になっている意味がありません。一旦仕事の事も忘れて休みましょう」

「持ってきてくれたら寝てやる」

 自分がどういった状況かを把握するように周囲を見渡し、点滴がきちんと刺さっているのを確認していました。なぜかボクがどの椅子に座っているのかも確認し、落ち着きがありません。

 アキラ様の為を想い、仕事について考えてしまうような事はさせないためにも、きっぱりと駄目と言ったつもりでしたが、やはりボクの意見を聞いてくれません。確かにアキラ様は天才ですが、体調管理をしているようにも見えませんから、少しくらいは信用して欲しいものです。

「頑固だな」

 壁際の椅子でうたたねをしていた太郎様がボクの気持ちを代弁してくれました。疲れているにも関わらず、アキラ様の容体を心配して残っていたのですが、途中で体力が尽きたようです。

「お前か。実はだな、装置を停止させた後も頭の中で情報の奔流が続いたのだ。外部記憶装置としては不十分だが、自動学習なら出力を下げ長時間使用するだけで成功したと言える結果だ」

「あの時ユウリに送ってもらったのを正確に覚えているのか」

「いや、記憶の断片はあるのだが頭が痛くて今は何も思い出せん」

「それじゃあ失敗だろ。お前がそう思うなら成功扱いでもいいけど今日はゆっくり休め」

 アキラ様は目の端で太郎様を確認すると、また天井をぼんやりと眺めています。痺れた手は動かさないまま、目が乾いた時にまばたきをするくらいで、周囲を置いてけぼりにしています。

 太郎様の一言も気にせずまた仕事について考え始めてしまいました。いつもならそういった姿もまた素敵だと思ってしまうのですが、今日のアキラ様からは不安にさせる要素が多すぎるため、いくら男らしくたって限度がありますから、本当ならいますぐにでも止めて欲しいです。

「じゃあな」

「もう帰るのか?」

 帰りを告げる太郎様の声を聞いて、ふと意識が戻ったかのように見えましたが、口を力なく開けたままです。返事の声も抜けていて軽く、手の痺れが頭や口にも影響が出ていそうでした。

「まだなんかあるのか?」

 太郎様が立ち上がり部屋を出ていこうとすると、それよりも先にカナデ様がピザを三枚ほどお皿に乗せて部屋に入ってきました。サイドテーブルに置こうとすると、どうやらアキラ様は待ちきれなかったようで、掛け布団を勢いよく剥ぐとベッドから足を出し、点滴が外れそうになるのも気に掛けずカナデ様から皿を奪い、慣れた手つきで三ピースを重ね、食べ始めました。

「いや、倒れたのが、おれで良かったなと」

 実際には咀嚼音が多分に含まれていますが、聞き取り辛くなってしまうので編集しています。ピザに乗っているチーズが床に落ちたりしていますが、食べ物を前にして力が戻ったようです。

「俺の心配なんかするな。気持ち悪いぞ」

「常人レベルでしか頭が回らんのだ。よく考えたらお前が倒れた方がいいのにな」

「本当、そうだよ」

 太郎様もこうした光景を見慣れているのか平然としています。寝て気分が優れたのでしょう。

 のどよりも大きなサイズのピザを飲み込み、スープを飲んでくれた時のような美味しそうな表情も見せず、ぼんやりと食べ続けています。ユウリ様の言った通り命の危険はなさそうです。

 こぼれ落ちたかすを拾っても次々と落ちてくるので、そのままにしておくのは慣れています。しみ抜きなどには時間は掛かりますが、こう休んで仕事を忘れてくれていたら時間はたっぷりとありますから。

 ピザを次々と手に取るため、お皿を持ったまま動けなくなったカナデ様でしたが、九ピースほど手に取られたところでようやくサイドテーブルに置き、太郎様と目を合わせて部屋を出ました。

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