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Access-22  作者: 橘 実里
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第四章 ボクとおままごと

 いわゆるおままごとをしている中で、ボクは先程カナデ様に言われた親切に悩んでいました。ボクには嘘を見抜くなんて器用な真似は出来ないですから、アキラ様から教えられた話が全て真実だと思っていながら、カナデ様の話もまた真実であり、どちらも信じてしまいたいのです。

「アオイよ、いるか! あのアルバイトを呼び出せ!」

 お茶会の途中で、アキラ様が息を切らせ、汗をかきながらボク達のそばまで寄ってきました。目の前には勿論ですがカナデ様もいるので、そちらに頼んだ方が確実なはずではありますが……。

「なんだ、カナデもここにいたのか。ならいい。カナデがあのアルバイトをここに呼び出せ!」

「今の時間だと仕事で疲れていると思うんだけど、それでもいい?」

「構わん、今すぐ呼び出せ!」

「ほどほどにしてあげてね」

 体よく断ろうとしていたらしく、理解しようとしない姿にカナデ様は呆れているようでした。何をするかは教えてくれませんが、忙しくなりそうなのでお茶会を辞めて食器を片づけました。

 時間が経ってもアキラ様の様子は変わっていません。お茶会に混ざってくれれば嬉しいのにと思わずにはいられません。

 本当はこんな事をしていたらいけないのかもしれませんがアキラ様は相手してくれませんし。でもまったく無視をしているわけではなく、仕事で忙しいのだとは分かってはいるのですがね。

 三十分を過ぎたあたりで太郎様が到着しましたが、カナデ様の言う通り、疲れていそうです。

「こういう事は前もって知らせて欲しいぞ」

「物分りの悪い事を言うな。一個の発想を成就する間に百はゴミ箱へ捨てているのだ。思いつくたびにいちいち教えていたら切りがないぞ」

 春の夕方だというのに太郎様の洋服には皮脂が張り付いており、まるでアキラ様の普段と同じでした。

 具合が悪いと言っても眼鏡で表情が見え難く、これはアキラ様の為ですから口を出しません。太郎様もその方が嬉しいのでしょう。カナデ様がハンカチで太郎様のおでこを拭い、照れていますから。

 皆でアキラ様の作業場へと集まりました。さすがに大人数だと動き辛いものがありますね。

「……まあいいや。外部記憶装置だっけ。なんの疑問も持った事ないから何がしたいのか分からないんだけど」

 太郎様には全容を事前に話していたようです。言葉を借りるならまあいいや、ですけれど、ボクにも教えてくれればいいのにとは思っても口に出しません。

「肉体にチップを埋めつける技術はおれの手伝いなしでもある程度なら実用化したと言えるな。これによって重度の認知症患者も日常生活を送れるようになる。まだ改良の余地を残す技術ではあるが、これがおれは全く気に入らん。バイトのお前は疑問に思った事などないだろうが……」

 なにやら難しい話に太郎様は口を閉ざしました。こうしてみるとアキラ様はやはり天才です。

「いままで作られていた外部記憶装置というのは名ばかりだ。自分の思い出したい情報を検索して知ることが出来るなんてそれは言わば外部検索装置だろう。パソコンがインターネットに接続し、検索出来る時点で既に実用化したと言える。はっきりと言ってしまえばメモと同じだ」

「確かにそうだな。脳にチップを埋め込んだり出来るのは小型化しただけっていうかしっくりこない感じはあったよ」

 太郎様にも共通するものがあったようです。ボクには人間同士の会話としか思えませんが。

「脳にチップを埋め込めば電気信号を記憶する機能もあるがそれを活用するには一度検索して、理解する仮定を経る必要がある。つまり馬鹿は知識を使いこなせなければ馬鹿のままで、言語を覚えた猿がそれを正しく使うのとはまた違う」

「それでも凄い技術だけど」

「だがおれは嫌だった。脳みそにチップを埋め込んで万が一の事が起こればどうする。携帯やパソコンがあれば検索できるのにわざわざリスクを犯してまでそんなことする必要はないだろ。生まれつき天才のおれからすれば必要ない」

「それで、何」

 机の上で目立つように置かれているヘッドギアを太郎様が手に取ると、そばにある腕を置く位置まで決められたソファに自分から進んで座りました。早く終わらせたいのか、結果が気になるのでしょうか。

 ヘッドギアもソファも全て無線で繋がっているらしく、それほど複雑な機材には見えません。これを無線で用意出来るのはお金があるからで、電波障害で結果が上下する事もないようです。

「これは記憶装置におれの培った人工知能と生体工学の技術を詰め込み、あらゆる情報の理解を手助けし、同時に必要な情報を検索する。猿や子供がいきなり専門知識を扱う事が出来る夢の技術というわけだ。ただしこれ単体だと新しく発想は出来ないが、まあ他がやっているし時間の問題だな」

「……そんなこと出来るのか?」

「出来るはずだ。理論上はこれ使えば装置を外してもある程度は記憶しているはずだから自動学習の先駆けにもなる」

「今度は学校がなくなるのか」

「それが世の定めというものだ。この技術はまだおれしか開発していないから代わりに歴史の生き証人となるわけだ」

「リスクは?」

「思いつかんのだ。ユウリがいるからある程度は非常事態にも対応できるがそれでもおれが判断したほうがよかろう」

「確かにアキラは被検体に向いていない」

「太りすぎているからな」

 人間の為に開発された技術ですから、ボクには関係なさそうです。ようするにボクのような人工知能がしている学習機能を人間にも適応して、アキラ様がさらに天才になるという話です。

 ユウリと呼ばれたパソコンにアキラ様が手を置くと、タロくんやっほー、という声が聞こえましたが、太郎様は聞かなかったふりをしています。同じように呼んでみたら怒られそうです。

「それで、これに座っていればいいのか」

 ヘッドギアを被り、ソファに深く座り、指定された位置に手を置くと、ふと目を閉じました。

 これから眠るようにも見えてとても自然体で、カナデ様は見ると心配そうに見つめていました。

「うむ。ユウリよ、あとは頼む!」

「あいあいさー! まずは保存されている健康データを確認するため、生年月日と名前を本人の肉声で教えてください」

「二〇〇二年二月一〇日生まれ、太郎」

「確認しました。数値は言いませんが先月より約一キログラム痩せましたね?そういうのって素敵だと思います!」

「早くしてくれ」

「ガッテン! 脈拍を測っているのでしばらくそのままでいてね」

 太郎様は言葉では苛立っていますが、表情には見せません。外から見ただけですと十秒ほど大きなソファに座り、じっとしているようですが、パソコンの画面上では数値が動いています。

 アキラ様はいつもユウリ様とこのように話ながら仕事しているのでしょうか。羨ましいです。

「太郎さんはべらぼうに疲れているみたいだよ。検査を中止します」

 数値は健康とは遠いですが三日ほど休めば大丈夫な程度です。心臓の働きも悪いようですが。

 アオイ様が、まあと声を上げると、カナデ様が近づきヘットギアを取り外そうとしましたが、太郎様がその腕を優しく止め、アキラ様を見ました。ボクはきょろきょろとしているだけです。

 太郎様の健康も気になりますが、この実験が早く成功してくれない限り、アキラ様が落ち着かずにいて、関われるような機会が減ってしまうので悩ましいです。人命に代えるほどでもないですけれど。

「これくらい大丈夫だろ。そのまま続けろ」

 ずれたヘッドギアを被り直し、太郎様はソファから動こうとしません。アキラ様はパソコンの画面を見ながら顔を真っ赤にして、わなわなと震えながら太郎様の腕を強く持ち上げました。

「もういい、おれが代わる!」

「何言っているんだ。それじゃ経過を見られないだろ。これで完成じゃないんだからちゃんと見とけよ」

「脳に直接作用するなら天才のおれがやった方が結果も出やすいかもしれん! 早く代われ!」

 太郎様も細い方ですから、持ち上げられて為すすべもなく、痛そうな表情を浮かべています。ヘッドギアを扱うアキラ様の手は比較すると丁寧で、壊さないように注意しているようでした。

 一見すると強引にも見えますが、相手の嘘を見破るのが得意ではないボクでも分かるほどに太郎様の体調を気遣っているようでした。天才を大天才にするだけの技術ではないのですから、太郎様が実験台になる方が結果としては分かり易いのですが。

「警告! 二人とも休んだ方がいいよ! アキラ君なんて今朝からテンションがおかしいからね!」

 ユウリ様の言う事はもっともです。本当ならそれをボクが先に言いたかったのですけれども。

 もしも代わってあげられるならばボクが実験台となりたいですが、アキラ様もそんなことは望んでいないでしょう。いつか文字通りその手や足や目や脳となって支えてあげたいのですが。

「いいから代われ!」

 大きい頭をヘッドギアにねじ込み、ソファに音を立てて座るとすぐ脈の測定が始まりました。今もなお興奮状態は続いますが、もし結果が悪くても無理にこのまま決行してしまいそうです。

 アキラ様が無理するとしたら今度こそボクが間違っていると言って止めなければいけません。ただユウリ様が忠告しても二人が無視しているのを見ると、信用されていないようで不安です。

「健康状態比較的良好です! ダイエットはしようね」

 脅迫されたわけでもなくユウリ様は正直にそう告げました。良好であるはずないのですが。

「あれだけ寝ないで健康とか化け物だな」

 太郎様は羨ましそうにしています。今となってはなぜ呼び出されたのか意味がありません。

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