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Access-22  作者: 橘 実里
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第四章 ボクと仮想空間

 ボクが仕方なく座ると、カナデ様が音を立てながら隣の椅子に座りました。アオイ様は一緒に仮想空間へ来ていいのか迷っているらしく、立ったまま困った顔でこちらを伺っていました。

「危ないですから、座ってからやりますね」

 ボクが誘導すると笑顔で椅子に座ってくれました。アオイ様は笑顔の方が似合っています。

 眠るようにして目をつむり、何もない自分だけの空間を作り出しました。衣服や外見を消す事も出来ますが、カナデ様が現実と同じような出で立ちで現れたのを見てボクもそうしました。

 この空間はいわばボクの部屋であり、好きなように飾れますが、何もないというのはつまり誇れるような物がないのです。アキラ様が褒めてくれる事があっても、自信には繋がりません。

「あら、真っ白」

 遅れて到着したアオイ様が最初に口を開きました。辺りを見回していますが何もありません。

 既に歩き回っているカナデ様は、何もなかったはずの空間に見えない壁を作り出し、それを触って確認したかと思えば、額縁に入れられたアキラ様の写真を飾りました。なぜか上半身が裸のです。

 ボクの空間ですが自在にされるのは嬉しくもありました。一人では何も決断出来ませんから。

「部屋に何もないのは寂しいでしょ」

「アキラ様の姿を見れば慰めになるかと思えば、そうでもないのです」

「ここなら何してもいいんだよ?」

 離れた場所ではアオイ様がテーブルセットを作り出していて、お茶を淹れつつピザを焼いていました。そういえばもうそんな時間ですけれど、ボクの空間に居座るつもりなのでしょうか。

 カナデ様が指を回すと、どこからか風が吹きました。白い空間で三人の髪がなびいています。

 後姿を見ていると、カナデ様は深呼吸を始め、息を吐くたびに風が強くなっていきました。もちろん呼吸器はないのですが、ではこの風がどこから始まるのかという話は説明出来ません。

「ねえ、ユリカちゃん。アキラ君のこと好きって言える?」

 ボクは迷わず、はいと答えました。その気持ちは生まれる前からあったような気さえします。

 その答えを聞いてカナデ様は穏やかな笑顔を見せてくれました。そして正面にあるアキラ様の写真を見直して、ひとつ強い息を吐き、アキラ様の凛々しい顔をめがけて殴りかかりました。

 仮想空間とはいえ強そうではありません。ですがその一撃は写真を破り、カナデ様の手が突き抜けたかと思えば、そこから突如、大量の水が溢れ出して三人の姿を飲み込んでいきました。

 ボク達は逃げる暇もなく激しい水流に飲まれ、見えない壁の内を水が満ちて、視界が水泡で沢山になります。あくまでもボクの処理しているデータなので抵抗するのは簡単なのですが……。

 水泡が上へと向かい視界が開けると、水質が次第に変わっていくのが分かりました。水底は石灰華が敷かれていて、底は浅く、水面まで顔を覗かせると一面は透き通った緑色の湖でした。

 水面まで顔を出すのが早かったのか、景色はまだ作り途中のようで、陸へと続く石灰華にはコケや藻が生い茂って、そのほとりではカナデ様とアオイ様がお茶とピザの用意をしています。

 ずぶ濡れになりながらも陸へ上がると、ほとりの先にある景色が作られ、滝の音が聞こえてきました。目の先にはドロマイトと石灰岩の崖がそびえ立ち、その色は宝石の原石ように白く、太陽光を吸収し、乱反射するので、そこから鬱そうと生えるナラやトウヒの葉が輝いています。

 せめてもの行いとして座り込み、衣装の裾を絞ると、石灰岩の割れ目を伝って湖へと流れていきました。それに伴い背後を見てみると、湖の水源を運んでいる滝が四方から降っています。

 視界が広がったので、景色が作られていく様子をじっくり見る事が出来ました。滝の向こう側にある景色は手前から次々と現れ、上空は真っ白から夏を思わせる高い空に変わっています。

 完成した景色はプリトヴィツェ湖群国立公園と似ていました。行った事はありませんけれど。

「紅茶とピザって合うのかな」

 あれもこれも全てカナデ様がやった事です。ボクを励ましてくれるのかと期待しましたが……。

「聞いた事ないですねえ。ユリカちゃんはどう思う?」

 茶器を三人分用意しているアオイ様の衣装が濡れていない事に気が付きました。カナデ様もピザを十二ピースに切り分けていてこちらを見ていませんし、着替えても良いのでしょうか。

「アキラ様だから許される組み合わせだと思います。なんでも似合う方ですから」

 この空間における時間は現実と同じ進み方にしていますから、今頃はアキラ様も落ち着いて仕事をしているのかなと心配になります。勿論一時間の経験を一分で済ます事も可能ですが、お茶とピザの用意をしている二人を見たら、そんなせっかちな提案は出来そうにもありません。

「紅茶いる?」

 言いながらカナデ様は紅茶を注いでくれています。二人とも席に座り待ってくれていました。

「いただきます」

 ティーポットやカップの温度も理想的で、紅茶の色も綺麗です。全てが自由な空間ですから。

 現実から逃避してもアキラ様の事ばかり考えてしまいますし、ボクが癒される事にそれほど興味もありませんから、正直に言えば効果があるとは思えません。ですが、このような風景を見て逃避するのは人間らしい行為ですから、原点に立ち返るという意味では正しいのでしょう。

「このような場所を紹介していただきありがとうございます。また、アキラ様と来たいですね」

「ん、別にここに来たかったわけじゃないよ」

 ピザを頬張りながら味に首を傾げ、ついでのように話すカナデ様に、なんと返せばいいのか困り、しばらく固まってしまいました。本物のカナデ様もこのように掴みにくい性格なのでしょうか。

「では、なぜボクはびしょ濡れのままなのでしょう……」

「なんとなくってわけでもないけどね。ユリカちゃんの力が優秀だと確認したかったのはある」

 仮想空間でどの程度まで自由が利くかを確かめるのとびしょ濡れは関係ないと思いますが、特に理由もなさそうなので聞かずにおきました。水の動きを全て処理するのは大変ですけれど。

 アオイ様はピザを手に持ちながら、どのように食べるのが正しいのか真剣に悩んでいました。本来であればフォークとナイフで食べるのですが、どちらにせよ優雅に食べるのは難しいです。

 音もなく紅茶を飲むカナデ様は味覚について擬似的でも楽しむのが難しいようで、首を傾げては食事の際に起きる脳内物質の変化を真似しているみたいです。このような事を実現しようとした人は少ないでしょうし、紅茶とピザでは大いに違いますから、難しいのは当然でしょう。

 納得がいかない顔のカナデ様は、紅茶を飲み干しながらボクの隣を指差しました。データ量は少ないながらも変化が見られ、単純な作りとなっているピンク色に塗られた扉が現れました。

 その扉に見覚えはないのですが、どうやら昔にやっていた未来形のアニメに出てくる物と同じらしく、扉を開けた先が願った通りの行き先になるらしいです。ロボットの願いも汲み取るとはさすが未来です。

 現実にこの扉があったとして、本人の願いを叶えるのであれば、ボクみたいな何も考えていないネロイドでは反応してくれないでしょうけれどね。ここは自由に遊べる仮想空間なのでなんでもありですが。

「ユリカちゃん、入って。本当はここに連れてきたかったの」

 カナデ様が席を立ちあがり、扉を開けるとそこは雰囲気の全く違う空間と繋がっていました。

 一見だけするとまるでいくつものクッションが部屋中を満たしているようで、丸やカプセル状の物体が連結しており、足場は柔らかく、繊毛のように突起がどこまでも続いているようで、普段なら絶対に目にする事はありませんが、分析するとそこは拡大された口内だと分かります。

 見せつけるようにしてカナデ様は歩き、飲み込まれる心配はないのだと主張するようでした。それにしても不安定な足場で、さまざまな物がひしめき合っていても歩くのが難しい場所です。

 扉をくぐるとボクの服は乾かされていました。それも含めて全く意味が掴めないのですが……。

「感想はどう?」

「ミュータンスレンサ菌が多いですから口の中だと思います」

「それだけ?」

「人よりもかなり汚いかもしれませんね」

「ね、汚いでしょう。なんたってここはアキラ君のベロの上だよ」

 まるでなんでもない事のように言いました。アキラ様の事なのに、軽く見ていると感じます。

「カナデ様はボクにアキラ様の事を汚いと言わせたかったのですか?」

「アキラ君だって人間だから汚いとこだらけ。それは人間ならみんな同じ。親ではあるけどさ」

 どうやら笑えない冗談ではなく、言外に含むような話でもないようで、それが全てとばかりに言い終えました。ボクはカナデ様のようには賢くないので詳しく説明をして欲しいのですが。

「ボクにはそんな考え方、出来ないです。ボクにとってアキラ様はこの世界で一番に素敵な男性なんです」

「私達は人が作ったプログラムだから、与えられた情報が間違えている場合もあると認識してから行動しないと間違えたままで進んじゃう。いくらアキラ君が人間の中でも特別に頭が良いとしても、私達から見れば間違いだらけの場合がある。それはプログラムの問題じゃなくて、人間の持つ情報が正確じゃないから生まれてしまう問題なの」

「ボク達から見て間違いだとしても、アキラ様が正しいと思ってくれればそれでいいんです」

「ユリカちゃん。本当にアキラ君の事を考えるならね、彼の役に立とうなんて立派な事ばかり考えていちゃ駄目だよ」

 不安定な足場を物ともせず、カナデ様は振り返り、大人しか見せない優しい笑顔を見せて、ボクの頭を撫でてくれました。ボクは信じてもいいのか分からず、ただ混乱してしまいました。

「私達は寝ないでいいし、ご飯もいらないし、一日中色々な事を考えたり出来る。そんな機能があったらいつの間にか人よりも優秀になっていても仕方ないと思うの。だとしたら必要な事ってアキラ君の役に立つことじゃなくて、いかに傷つけないで役目を終えさせるかじゃないのかな。私達に限らないでも、ロボットってその為に作られているんだから」

 反論は許さないとばかりに優しく言うので、このような親切もあるのかと感心していました。こんな時でさえ不出来なボクは、カナデ様が言っている事が嘘なのかどうか判断が出来ません。

 ふと音が聞こえその方を見ると、アオイ様が転んでいました。アキラ様の口の中とはいえ清潔な場所とは考え……いえ、やっぱりアキラ様の悪口に繋がるような事は言えません。

「もどろっか」

 カナデ様に判断を任せて仮想空間への接続を切りました。部屋に戻っても時間が進んでいるだけで、部屋の様子は変わっていませんでした。アキラ様は相変わらず忙しくしているようで、カナデ様の提案でお茶会の真似事をする事になりました。

 ティーポットやカップは用意しても実際にお湯やお茶を使う必要はありません。ボク達には飲めないですし、飲む必要もなく、ただ人間のように遊んでみるための口実に過ぎないのです。

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