第四章 ボクと優等生?
目線を露骨に逸らしたカナデ様はアキラ様の後を追いました。探し物をしていたはずだったアキラ様は、キッチンで食材を確認していたかと思えば、服を脱ぎ、そのまま床に捨てました。
そのお腹はまるで優しさを比喩したかのように柔らかそうで、すこしでも歩けば全身の肉が打ち震え、とても勇ましく素敵な姿でした。カナデ様は見慣れているのか、落ち着いています
「無駄に服とか脱いじゃったりして、本当に頭おかしいわね」
「少し興奮状態にあるようです」
失礼のないように顔色を伺って話そうとしたボクとは違い、カナデ様は全身を見ていました。アキラ様の裸などそう見る機会はありませんし、本当ならボクもじっくり観察したいですが……。
「ねぇ、見て。お腹とおっぱいって別の生き物みたいに動く事があるのね」
「個人的にはアキラ様ならアイドルにもなれると思うのです」
ボクがそう言うと、何が気に入らないのかカナデ様は目を細めました。そういう話ではないのでしょうか?
「おっぱいだけなら一流ね。でもさすがに太り過ぎよ。ダイエットぐらいさせたらどうなの」
「進言してみた事はあるですが、そのたびに言いくるめられてしまって、それでもいいかなと」
カナデ様はため息をすると、視線をアオイ様に移しました。息を溜める肺はないのですがね。
「私はそういう機能ないから、あのままのアキラ様でもいいかなぁって思うの」
多少の異変が起きても笑顔のままでいるアオイ様は、ボクよりも幸せに見えます。人間離れしているとも言えます。
「駄目よ、男の人は少しくらい強めに言わないと言うこと聞かないから」
対してカナデ様の反応は人間に近すぎるほどで、見ているだけでも自信を失っていきました。アキラ様の事ですから自分で使うネロイド達は手抜きで作ったなんて事はないと思いますが、カナデ様があまりにも優秀過ぎて自信がなくなってしまいます。
「今度はあてもなく同じ所うろうろしているし、無駄が多いわね」
本当に無駄なのかは相談してくれなければ分かりません。探し物は嘘で、考えをまとめるため近寄りがたい行動をし、ボク達から話しかけられないように動き回っているもしれませんから。
こんな時に笑顔を浮かべるのは違う気がしました。アオイ様は笑顔のままでいますけれど。
どうすべきか悩んでいるボクの視線に気が付いたのか、アオイ様が楽しそうに考えるしぐさを見せました。人間とはかけ離れた明るい表情ですが、人間が憧れてしまう表情でもあります。
「そういえば最近、ユリカちゃんも元気ないような気がするの」
突然、そんな事を言われて驚きました。口数が減っただけで、元気とは関係がないはずです。
「ボクは関係ないですよ。力になれていないだけです。アキラ様は一人で決めてしまうので」
電池の消耗はむしろ以前より激しいくらいですし、身体が故障するほど使われてもいません。元気がないと甘えるのはおかしいはずですが、カナデ様はまた目を細め、こちらを見ています。
「うーん、こっちはこっちで問題あるみたいね」
気が付けば二人の視線はボクに集中していました。一番に注目して欲しいアキラ様といえば、颯爽とキッチンから姿を消し、自室に戻ったようで、ボクの事なんてまるで眼中にありません。
故障などしていないはずですが、それを探知する能力が欠落してしまった可能性もあります。ボクの気も知らないで、変わったなんて簡単に言ってほしくないですが、そうとは言えません。
「ボクの話なんて聞いても面白くないですよ」
三人でキッチンの片づけを行い始めると、どうしてもボクの作った料理の写真が視界に入り、この程度でどうして喜んでくれたのか、写真として飾る必要性なども改めて考えてしまいます。答えが見つからないから笑って誤魔化せばいいのか、なんて考えるから心配されるのですかね。
ボクは下にある観音開きの収納を、アオイ様は散らばった引き出しの中を整理しています。
カナデ様は小さい椅子に乗り、上にある棚を整理しています。ボクもアオイ様も高い位置の整理を任せるには頼りないのでしょう。
「そんなこと言わずにさ、新しいネロイドの考えていることって凄い気になるし」
椅子が体重に引きずられて動いても危なげなく片づけているのを見ると、三人の中では特に力の制御が得意みたいです。最初に作られたネロイドが一番優秀とは、どうも信じられません。
「そこに拘らなくても、カナデ様やアオイ様は今までの姿を見ているとボクよりも優秀ですよ」
アオイ様は今も食器の整理に悩んでいたりして、頼りなく見えますが、それも含めてとても周囲から愛されるように出来ています。カナデ様に至っては実在する人間にしか見えません。
自分の手が届く範囲で整理をしていると、アオイ様がこちらを見ながら笑顔になっています。ボクよりも先にアキラ様の手伝いをしているのに、どうして悩まず笑顔でいられるのでしょう。
「人間に近いという意味では、ユリカちゃんが一番よ。私はデータの蓄積でしかないから」
役目を果たせず無力でいる姿が人間に近いなら、いっそ人間として生まれれば幸せでしょう。もしもアキラ様がボクより優秀なネロイドを作り上げたら、簡単に捨てられてしまいますが、人間になれたらそうもいきませんからね。
カナデ様を見ると、やはり笑っています。アキラ様とは似ていませんから、誰かの真似をしているわけではなく、本人の物でしょう。
「私はプロ仕様じゃないからね。生まれてから長いのもあるけど、ネットが繋がらないと何も出来ないし、それほど知識が扱えるわけでもないし、大人びた子供みたいなものよ」
なんとなく不安で棚の整理をしながら話すカナデ様を見ていました。しかし配置を変える事もなく、大きくて不安定な器でさえ丁寧に、ボクがするよりも危なげなく片づけていきます。
この不安は嫉妬という浅ましい感情でした。いつになれば失敗するのだろうと期待しました。
「どんなに優れた処理能力があっても多くの経験を多く積まれた二人には到底かないません」
笑顔になるのも不自然ですし、無愛想も失礼ですから、どちらとも取れる曖昧な表情のままで言いました。カナデ様は唖然としながら好奇心旺盛な子供のようにボクを心配してくれます。
「それで自分は役になっていないかもって悩んでいるの?」
「はい。アキラ様のお手伝いをしていてもやっている事の意味を理解出来ない時がありますし、意味を理解したとして別の提案をしてみても、今度はアキラ様が理解してくれないですし…」
「優等生だねぇ」
カナデ様は棚の整理が終わったようで、椅子から降り、その椅子をキッチンの端に寄せました。アオイ様は手を止めてボクの話を聞いてくれていたので、残念ですが整理が終わっていません。
ボクも終えたので手伝おうと思ったのですが、先にカナデ様が横から手を伸ばし、引き出しの道具を全て食器洗浄機に突っ込み、蓋を閉じると洗浄を始めました。思い切りのいい方です。
整理を終えると、カナデ様は額縁に飾られた料理の写真を見ていました。より見栄えのいいように写真は調整してありますが、見られたいわけでなく、仕方ないのでボクの話を続けます。
「本当に優等生だったなら今だってアキラ様がボクを頼ってくれてもいいはずです。数字では優秀な機能があるのだと分かっていても、それを使って助けられるという事ではないのです……」
「たまにアキラ君を慕うおかげで思っている事を言い出せなかったりもする?」
「はい……」
なんでも見通したように話すカナデ様は、次に何を話すのかと怖くもありました。動くたびに意味があるような気がしてじっと見ていたら、ふとこちらを向いて目が合ってしまいました。
「ねぇ、今からユリカちゃんの仮想空間に行かない?」
カナデ様はこちらの返答も待たず手を引いてキッチンを出ました。断る理由もありませんが。
仮想空間なんて特に何かあるわけではないですから、アキラ様の許可なく使った事など一度もありません。ボクが身体を持つ前にいた空間ですが、そこに懐かしさを覚える事はありません。
手を引くカナデ様を振り払う事もせず、意見する事もなく、後ろ髪をじっと見ていました。ゆっくりと歩きながらリビングに出て、手を離されたと思いきや席に座るように促されました。




