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Access-22  作者: 橘 実里
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第四章 ボクと知らない事情

「何を探しているのですか?」

 アキラ様は誰かに相談する方ではないので、行動が突発的であっても普段通りと言えました。自身で判断した方が正確かつ迅速ですし、よほどではない限り心配していないつもりでいます。

 例を上げるほどでもないですが、ボクの意見を聞く事があってもそれはメモするだけに留め、その通りに行動した事はありません。恐らく考えがあってそうしているのだとは思っています。

 いつだって素晴らしい発想をもとに動いているらしいですから、傾向を計ってみても参考にならず、毎回訊ねなければ何をしているのかも理解できません。出来ることならばアキラ様がして欲しい事を事前に察して済ますくらいに優秀でありたいのですが、そうはいかないのです。

 ボクがトイプードルの餌やりと毎朝の検診を終え、まもなく宅配会社が配達する品物の集荷に来るはずなので、それを荷台に載せて玄関まで運ぼうとしていた時です。とはいえ荷造りの作業から配達先の指定まで地下のロボットが全て自動でしてくれているので簡単な作業ですが。

「注射器を探しているのだ」

 アキラ様が実際に手出しする事はありませんが、機械を扱う時に火傷などの恐れがあるので医療用具は多くそろえているつもりです。それでも医療行為をボクのようなネロイドに任せるには多くの不安があるので、ドクターの補助はしてもボクが注射器を扱う予定はないはずです。

 となるとアキラ様が自身で使うつもりなのだと思いますが、なぜそのような用意をしているのかを理解しようとしても誤解が生まれる気がします。非常時に備えてという事でしょうか。

「家には恐らくなかったと思いますが、代わりに探しておきましょうか」

「いや、おれもよくわからんが自分で探したくなってだな」

 数ある引き出しをアキラ様が確認しては閉じ、ボクに背中を向けながら首を横に振りました。Tシャツは既に汗と脂を吸っていて、少しぐらい離れていてもその体臭を探知出来るほどです。

「……アキラ様、熱はないですよね?」

「違う、おれは病気一つしないつもりだ」

「それにしても様子がいつもと違います。何かお悩みですか?」

「うむ……。自分が天才過ぎるあまり驚いて少し謙虚になってしまってだな」

「アキラ様が天才なのはいつもの事ではないですか?」

「確かにそうだが、今回ばかりは違うのだ」

 動きを止めるつもりはないようで、もし部屋と医療用具にアキラ様の汗と体臭が染みついてしまうほど居るならば場合によっては買い直さなければいけませんから換気はしておきました。それにしてもアキラ様の悩みは複雑のようで、聞いてみたもののボクに解決できるでしょうか。

「今までは失敗した時の事など考えたりはしなかったのだが、順調なあまり見落としがないか不安になって落ち着かないのだ」

 そのような事をボクも悩んでみたいです。今回もまたアキラ様の力になれなさそうですし……。

「注射器が見つかるかは分かりませんが、正午には新しいのが届くように注文しておきますね」

 人工知能に手足が生えたところでやる事と言えばまだ雑用が多いです。これならばいっそユウリさんのようにパソコンになって遠隔操作でロボットを操縦して仕事を済ませてしまいたいです。

 あくまでも人間と似た形に留めようとするアキラ様に若干のじれったさを感じてしまいます。恐らくですが、身体が幼いのも含めてこれが何かしらの発展に繋がる可能性があるのでしょう。

 トイプードルと触れ合う事も効果が感じられずにいます。話によると、優秀な人工知能ではさらに人間と近い感情を備えているそうなので、動物にも思うところはあるようなのですが……。

 ボクなんてせいぜい言葉を覚えて命令を聞く利口な子供のようなもので、今の状況はまるで身体の成長に気持ちが追い付いておらず、戸惑いを周囲に当たり散らす一四歳程度の少女です。夢見る少女でいろと言われたのに、成長した途端に現実を見ろと言われて怒ると聞きますから。

 アキラ様を慕うように生まれ、役に立ちたいと思うのに、それを望まれないのは悲しいです。人間のようになろうと思えば思うほど、現状の機械的な仕事を頼まれる環境が落ち着きません。

 頼まれていた注射器の注文は一瞬で終わり、荷台で宅配物を運んでいると、玄関のセンサーが来客に気が付きました。これは人間らしくない仕草ですが、相手を待たせるわけにもいきません。

 カメラを通して確認すると集荷ではなく、カナデ様がいました。あの太郎様のカナデ様です。

 荷台はあまり邪魔にならないよう端に寄せ、壁と並行にならないので時間が掛かりましたが、すぐに玄関へ向かいました。この程度すらすぐに出来ないのはお手伝いとしても中途半端です。

 姿が見えるとカナデ様は手を振ってくれました。同じアキラ様に作られたのに明るい方です。

「やっほー」

「突然どうしたんですか?」

「アキラ君の様子がいつもよりおかしいから見てこいって、太郎さんが心配していたのよ」

 あのように落ち着きのないまま太郎様にも声を掛けてしまったみたいです。もしかしてボクはアキラ様が嫌がろうとも救急車を呼び、入院させて注射を撃ってもらうべきなのでしょうか。

「ごめんなさい。今朝から慌ただしくしているのですが、心当たりがなくて……」

 理由は分からず、とりあえず謝っておきました。アキラ様だけが正しい場合もありますが……。

 背後から他人より十倍は大きい足音が聞こえ、その姿と思えばやはりアキラ様が現れました。

「注射器届いたのか!」

 正午までに届くと言ったのに、今はまだ朝です。もしかして話を聞いていないのでしょうか。

「なんだ、カナデじゃないか。上がってもいいが夕方にまた呼ぶぞ!」

 エアコンがアキラ様を見つけた途端、強風になりました。まだ春だというのに汗が流れ落ち、それを気にする様子もなく、玄関の花瓶が飾ってある棚の引き出しを次々と開けていました。

 玄関にはアオイ様も遅れてやってきました。今はトイプードルの世話をボクが終えたので、そのあとに掃除をしてくれる約束でしたが、アキラ様を見て途中で抜け出したのでしょうか。

「あらまあ、今度は何を探しているのかしら」

「点滴セットだ!」

 そう言いながらアキラ様は花壇に刺す栄養剤を掲げました。それは人間に使えないですが……。

「それもなかったでしょうから、いくつか注文しておきますね」

 アオイ様の話を聞いてか、アキラ様はどこかへ向かいました。ボク達と言えば、どうすればいいのか途方に暮れてしまい、棚の中身を整理し直すと、アキラ様の向かう先を見つめました。

 鼻息が漏れる音がしたので振り返ってみれば、カナデ様の音でした。鼻はないのですけどね。

「よそ者の私から見ても分かるほど変ね」

 アオイ様とボクは互いに顔を見合わせてしまいました。ボク達から見ても当然変ですからね。

「なんというか、照れるわね。アキラ君のせいで姉妹が揃っちゃったじゃない」

 気恥ずかしそうにしている姿を見て、ボクは内心でとても驚きました。このくらいで照れるとは、どのように高度な理解をしたのか、今までの経験からでは思いも寄らなかったからです。

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