表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Access-22  作者: 橘 実里
17/30

第三章 ボクと深淵

 ボクは太郎様とカナデ様を見送りながらデータの最終調整を行いました。今後もアキラ様と長く一緒に居たいのであれば優秀になりたいなんて思わないようにしなければなりません。アキラ様の事だけを考え、アキラ様の為だけに動けば、多少の無礼を働いても許して貰えるはずです。今回の事を多少と言えるのかどうかは、さすがに前例がないので分かりません。

 ひとつだけ簡単に分かるのは、これ以上の無礼はアキラ様以外であっても危険という事です。先ほど予想したようにアキラ様の為にならない所まで辿り着いてしまいました。ものの三時間程度の出来事で先回り出来てしまう危険性を知らしめてしまいました。これを人体のバイオリズムなどという、疑似科学に結びつけて考える学者もいるでしょう。

 日々長く過ごせば過ごすほど、相手の思考パターンを予測出来てしまう事は難しくありません。例えば市場予測など、何十年も前からコンピューターや数学によってなされていました。それを個人に置き換える事は、現実世界で稼働する人工知能であればボク以外でも出来てしまうでしょう。ただ、それが世界一般の問題になる事はこれから何十年も先の問題になるはずです。なぜなら、ボクという個体も何百億と掛けてようやく実現したのですから、余程優秀な人工知能を搭載していなければ表ざたにならない事なのです。

 シンギュラリティという、一部では有名な言葉があります。簡単に言ってしまえば、人工知能が人間の能力を超えて、なおかつ勝手に進化し続けてしまう事です。そうすると知的な労働が全て人工知能に取って代わってしまうのではないかという懸念があります。ボクの立場で置き換えると、アキラ様の仕事はもうボクが代わりに成し遂げてしまうのではないか、という話です。それの何が問題なのか、というのはブラックボックスという概念にあります。

 ゲームを操作するのは誰でも出来ます。でも、部品ひとつひとつの仕組みや、どうやって作られているのか分かる人はその専門家にしか分かりません。ですから、もしゲームが故障してしまった時には専門家に直してもらいます。その専門家が人工知能に成り代わってしまうとどうなるのでしょうか。今度は人工知能が間違ってしまった時に、人間は誰も直せないのです。これがゲームだけではなく、人工知能が関わる全てにおいて問題になるとすれば事の重大さを理解して貰えるでしょうか。現代では一人一台のロボットを持つ時代ですから、どこかで人工知能が大きく間違った時に、人類全てが危険にさらされる可能性があるのです。

 例えば、二酸化炭素の削減をしたいという場合、二酸化炭素を作り上げる多くの原因は人間にありますから、人間全てを殺害する事が理想となってしまいます。極端な例ですが、有り得ない事故ではありません。優秀な人工知能が身近になればなるほど危険になっていくのです。これが二〇四〇年問題のひとつです。今はまだ二〇三〇年ですが……。

 話が長くなってしまいましたが、これもデータの記録として隅に残しておかなければなりません。何しろボクがアキラ様に作られた理由のひとつがこの問題の解決にありますから、ボクがこのことを自覚すべきかどうかはアキラ様に委ねるとして、問題点は突きつけなければなりません。ですから、アキラ様が閲覧出来る記録として残しておきます。

 次に作業場に入るのと同時に記録を隠させていただきます。ボクの様子を見て、アキラ様は何もなかったかのように振る舞う事でしょう。そんな事を予測しながら、アオイ様のホストコンピューターとの接続を遮断する準備を終えました。いずれまた接続される機会があるかとは思いますが、それがいつになるのかは、まだボクには予測出来ません。

 一歩一歩、淡々と最後の歩みを続け、とうとうアキラ様の作業場の前に着きました。ボクにも感情に似たものはありますが、あっさりした物です。だって、これはアキラ様の為になりませんからね。名残惜しむ事がアキラ様の為にならないのであれば、さっさと消えてしまうのが一番いいのです。そして扉を開けると、アキラ様以外何も残りません。

 三、二、一。今までの記録を消去し、差し障りのない程度のものへと作り替えます。

「ユリカよ。もういい、分かったからホストコンピューターに接続してからの記録を削除しろ」

「なんの話をしているのですか?」

 アキラ様はなぜか驚いた表情をしていました。先ほどまで庭の片づけを終えて、その報告に来ただけなのですが、どうにも聞き逃してしまった事があるようです。

「お前……」

 尋常ではない驚き方にボクも心配になってしまいました。冷たい汗を流しながら、怯えているかのようにこちらを見てきます。記録の整理をしてみても問題ないはずですが。

「また、何かを間違ってしまったでしょうか。オーブンレンジの修理は頼んだはずでしたけど」

「いや、いい」

 アキラ様は否定しましたが、ボクは不安になってアキラ様に近づいてみると、パソコンの画面にはただメモ帳だけが開かれていて、そこにはドイツ語が書かれていました。

「アキラ様はニーチェがお好きなんですね。哲学に興味がないと思っていましたから意外です」

「ニーチェだと?」

「はい。モニターに写っていますよ」

 Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein.

「貴方が長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しく貴方を見返すのです」

 ボクがそう呟くと、アキラ様は勢いよく椅子から立ち上がり、椅子がひっくり返ってしまいました。大きな音を立てながらボクとの距離を取ったアキラ様の行動は終始理解できません。何か異形の物を初めて見るかのようにつま先から頭まで何度も見てきます。

「そういう意味でしたよね?」

「これはニーチェの言葉なのか。知らなかった」

 アキラ様のこめかみの血管が脈動して、耳をよく聞こえるようにすれば心臓の音まで聞こえてきそうです。過剰な反応の意味はよく分かりませんが、ふと思い立ち、その場を離れる事にしました。

「哲学に頼る必要のないアキラ様もとても素敵ですね。では、掃除の時間ですから失礼します」

 硬直状態にあるアキラ様を置いていくのは不安でしたが、なぜだか絶対アキラ様の部屋の掃除しなければならないような気がして身体が勝手に動き出しました。不自然な行動な気もしますが、それを止められる事もありませんでした。

 ふと窓の外を見るとアオイ様が外の掃除をまだしていました。もしかしたらまた汚してしまったのでしょうか。飛び散った枝木の様子など見てみると、まるで今まで何も掃除していなかったかのようです。

 アキラ様の様子も不思議でしたが、こちらの様子も不思議でした。先ほどまでボクが掃除を手伝っていたはずですから、散らかっているはずがないのですが、また散らかっているのです。ただ、アオイ様のやる事ですから何か考えがあって再度やっているのかもしれません。

 いつもなら太郎様が来ていてもおかしくない時間ですが、今日は何もないようです。こちらは毎日来ているわけでもないので不思議でもなんともありません。

 それよりも一番不思議な出来事は、アキラ様の寝室にありました。使われていないはずのベッドが乱れていて、まるで身体の大きな誰かが利用した後のようです。ボクの知っているアキラ様は、今の時間帯に寝るような方ではないのですが……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ