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Access-22  作者: 橘 実里
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第三章 ボクとふかし芋

 後処理はアオイ様に任せ作業場に向かい、怒られるのを覚悟でアキラ様に概要を説明すると、そうまでして焼き芋には拘っていないなどと言われてしまいました。とても優しい方ですから怒られないだけかも知れませんが、間違いは間違いであり、とても反省しなければいけません。

 必死に頭を下げて謝罪しましたが、それよりもさつまいもは無事かと聞かれてしまいました。まだ灰にする前の段階ですから無事ですが、話題を逸らしてくれるなんてとても優しい方です。

 もし涙があれば泣いていたほど感謝を告げると、やはり話題を逸らしてくれて、ふかし芋にしてくれと頼まれました。先日キッチンを使ってスープを作ったばかりですからふかすくらい出来るはずで、それならと思い、急いでキッチンへ向かい棚から電子圧力鍋を取り出しました。

 さつまいもをまた洗うと、まだ一度も使われたところを見たことがない鍋に五個入れました。一瞬だけ電源を入れて正常に電気が通る事を確認し、アオイ様の大丈夫という言葉を信じて使用してみます。

 もう失敗はしたくないですし、名誉を挽回するためにも念入りに調べました。さつまいもがじっくり焼くと甘くなる理由は、さつまいもに含まれているβアミラーゼという酵素が六五℃から七五℃になると澱粉を分解して糖に変えるからだそうで、熱すぎると駄目になるそうです。

 それなら実際に焼くよりも電子圧力鍋で最後まで仕上げた方がはるかに甘く仕上がりますが、アキラ様が焼き芋を食べたいと言ったのですから、あの時はそうした方が正しかったに違いありません。理由は分かりませんが、アキラ様が天才過ぎるあまり凡俗の考えなどでは理解出来ないのです。

 最上のふかし芋を届けるため、ボクは電子圧力鍋内部の気圧を下げて水分の沸点を七〇℃に設定しました。エベレストと同じくらいの気圧で気高いアキラ様にはお似合いですが今は関係なくて、電源を入れると外側は水蒸気によって温められ、内側はマイクロウェーブに温められることで、さつまいもが可能な限り均一に、しかも最適な温度によって調理されました。

 正常に動くか不安でしたが、耳を澄ませると中で水蒸気の吹き上がる音が聞こえてきますし、電磁波が人体に影響がない程度に漏れていますから、どうやらきちんと機能しているようです。ただ、気圧を下げただけ化学反応が起きになくなるので、十五分以上待たなければなりません。

 その間は今も庭にいるアオイ様の片づけを手伝いました。コンロの焦げなどは専用の溶液に浸すだけですが、やはり灰の掃除が大変なようで、まだ庭掃除の時間ではないのに掃除をしています。ボクは作られたばかりですから何かを懐かしむ事はありませんが、人間は焼き芋のこうした手間にもありがたみを感じる事があるそうです。

 ある程度手伝えたところで時間となり、キッチンに再び戻り電子圧力鍋の様子を見てみると保温状態になっていたので、お皿に取り出しました。ボクが食べられるわけではないですから美味しいのかは分かりませんが、触った感覚だとアキラ様のお腹ほど柔らかくなっています。

 鍋にさつまいもをまた五個入れて、スイッチを押したところで急いで作業場へ向かいました。大きなお皿で運ぶとしても扉を開けるのに片手を暇にしている必要がありますが、片手では持ちきれませんから銀のワゴンに乗せ、扉を開くとやはりアキラ様は仕事に集中していたようで、さつまいもを見てようやく頼んでいた事を思い出したようでした。

「せっかくお母様が届けてくださったさつまいもなのにきちんと調理出来ず、申し訳ございません」

 お母様に無礼を働くのは同様にアキラ様に対して無礼を働いた事にもなります。許される話ではありませんがこれ以上の謝罪も無礼ですし、優しいアキラ様はまたボクを庇ってくれます。

「難しい話だな」

 アキラ様はパソコンの画面を見ながらほくほくと熱そうなふかし芋を食べ、眼鏡を曇らせて翻訳しがたい言葉で話し始めました。屈強を誇るアキラ様も口の内だけは熱さに弱いようです。

「アオイが事故を起こさないように作ったのはおれだが、ユリカが反省するのも事故と言える」

「ボクがきちんと伝えられていられれば良かったのです」

「まあ、気にするな。その辺りを気にしない柔軟さもお前には必要だろう」

 表情と言葉は穏やかで、難しい問題としていながら本当に気にしていないのかもしれません。ただ、優しくされたからといって甘んずるようでは、仕えている意味がなくなってしまいます。

「アキラ様。それでもボクは本当に役立っているのでしょうか」

 このまま何もしないのであれば、いずれボクも必要なくなる次の開発を行うかも知れません。それでは単なる小間使いで終わりになるでしょう。ボクが率先して仕事をしたいのは焼き芋をふかしたいからではなく、きちんとした居場所が欲しいからです。

「芋が食えればそれでいい。アオイに関して言えば結果が良ければなんでもいいぞ。それとだ、ついでにピザを焼いてくれ」

 なんと言ったのか再度確認するためにアキラ様の表情を横からまじまじと見てしまいました。一度で正確に聞き取れないなんてボクの不手際ですが、考えてみてもよく意味が分かりません。

「今、ふかし芋を十個も用意している最中ですが、それでも足りなさそうですか?」

「うーん。五枚でいいぞ」

「大丈夫なのですか?」

「別に普段も満腹まで食べているわけではない。食べ過ぎると頭が回らんからな」

 ピザ一枚の重さが六〇〇グラム、さつまいも一個が五〇〇グラムですから合計八キログラムになります。聞いた事ありませんが、アキラ様の胃は既にサイボーグ化しているのでしょうか。

「分かりました。すぐ用意します」

 もしかして今度こそはアキラ様が間違えてしまったのではないかと何度も振り向きましたが、ふかし芋の食べ残しを床にこぼしてしまうほど仕事に集中していて、訂正はありませんでした。

 部屋を出て、銀のワゴンをキッチンへ押している間も、いつ訂正があるのか待っていました。いつになく真剣でしたからとても重要な仕事で、食べ物を多く摂取したい可能性もありますが。

 ボク程度では分からない事があって当然ですから、とりあえず次のふかし芋が出来るまでにピザの用意を始め、もし間違っていたとしたら、その時の反応を見て改めて考えるしかないと思いました。役立ちもしていないのにアキラ様を疑うなら、それこそ本当に役立たずですから。

 もっとアキラ様の為になりたいと思いながらキッチンへ向かったのですが、それとは裏腹にアオイ様が3Dプリンターの前に立ち、もうピザの用意をしていました。掃除を終えていても不思議ではないですが、なぜアキラ様に頼まれていないのに食べたがると分かったのでしょう。

「アオイ様、ピザを用意しているのですか?」

「あら、また間違っちゃったかしら」

 こちらを振り向くと、困った顔のまま姿勢の正しいアオイ様はどうしましょうと言いながら次のピザパウダーをセットしていました。慌ててボクがそれを止めると、きょとんとしました。

「間違いではないですが、よくアキラ様が足りていないと分かりましたね」

「ううん、いつも通り焼いちゃっただけなんだけどね」

 アオイ様の言葉が本当の可能性もありますが、手伝いを率先してやりたかったボクとしてはどうにも納得が出来ません。アオイ様は気が付けて、ボクが気が付けないのは不公平でしょう。

「もしかしたら、さつまいもは食事の範疇に入らないとあらかじめ作られていたのでしょうか」

「考えすぎじゃないかしら」

「アオイ様も天才であるアキラ様に作られたのですから、あり得ない話ではないですよ」

「それなら、七枚目を焼こうとしていたのだけど、これも正しいかしら?」

「それは恐らく違いますが、アキラ様にとっては五枚も七枚も些細な間違いでしょう」

 アオイ様の用意した大皿を見てみると、前菜の二枚を優に超えて六枚も重ねられていました。以前にも何度かあった事なので問題ないですが、下敷きになっているピザがもう潰れています。

「やっぱり、間違えたのが偶然上手くいったんじゃない?」

「アキラ様は時間を惜しむ方ですから、似た間違いをずっとさせている事がアオイ様の成長を自動で促している可能性もあります」

 もしくはアキラ様が時折、潰れたピザを食べたくなるという可能性などあるかもしれません。いつも三枚に重ねているのはそれが理由であり、六枚の重みが歯ごたえを変えるのでしょうか。

 ただ、どのような結論であれ、アオイ様よりも後に作られたボクが役に立っていないという事実は変わりないでしょう。アキラ様のピザに対する好みも、ボクから見れば同じに見えます。

 最近作られたからといって、今まで作られたネロイドよりも優秀というわけではないです。本来できるはずの事もアキラ様の役に立つために慎重に設計され、制限されているのですから、完璧に人間の役に立てるのではありません。

 でも、最新のネロイドだからこそ考えてしまうのは、ボクがアキラ様に一番尽くしたいという事です。中途半端な立場だからこそ、アオイ様のように優秀でありたいのです。

「その点ボクはまるで成長していません。アキラ様の役に立つにはどうすればいいのでしょう」

 呟いたボクの言葉はもちろんアオイ様に聞かれてしまいましたが、分からないというように優しく笑われてしまいました。それほどの余裕を持てたらどんなに気が楽になるのでしょうか。

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