第三章 ボクと焼き芋
アキラ様と一緒に居られる日々に不満を持った事は一度もないのですが、人間に仕えているというのは現状とても不便です。行動を予測するのが難しいのにも関わらず、人工知能として成長する余裕を持たなければアキラ様の役には立たないのですから、常に予想外の事態に備え、途中でルーチンをこなしつつ、暇な時間などない中で独自で考えて行動しなければなりません。
効率化を図りながらやっているつもりですが、ボクが仕えている相手は天才であるアキラ様ですから、次々と手伝わなければならない事が増えていくばかりで、仕事は溜まっていきます。怒られたりする事はありませんが、もっと優秀であればアキラ様の負担を減らせるのでしょう。
成長を待たずアキラ様の手伝いを効率良く手伝いたいと考え、悶々とするばかりの日々です。そんな都合の良い話などまかり通るわけがありませんし、これでも成長しているらしいですが。
配達の知らせが届いたので外へ出てみると、まばゆいほど晴れていました。五月初旬を過ぎ、梅雨を前にして、ネロイドにとっても手入れの敵となるスギ花粉が収まる時期となりました。ヒノキやブタクサなどの花粉はこれからピークを迎えるようですが……。
アキラ様が普段ひいきにしている運輸会社とは違うようで、正門の呼び鈴を鳴らす前に門へ向かうと配達人が面食らっていました。住民票もないボクが名前をサインするわけにもいかず、アキラ様の印鑑を押しましたが、荷物はあまりにも重く、結局玄関まで運んで貰いました。
その荷物は玄関で室内用の台車になんとか載せ替え、中身を見る事なく作業場へ運びました。ボクの力が弱い為、途中で台車がふらふらと壁にぶつかりそうでしたが、なんとか耐えました。
「アキラ様、いつもとは違う郵便物です。こちらはどうしましょう」
今日も変わらずパソコンに向かって仕事をしていた素敵なアキラ様は、椅子から立ち上がると荷物の差出人を確認して乱暴に開封しました。中には丸く太ったさつまいもが詰まっています。
「親からか」
「春なのに、さつまいもですか?」
さつまいもはアキラ様の手にも負けないほど育っていて、ボクの手には収まらなさそうです。そのうちひとつをアキラ様が手に取ると、警戒して臭いを嗅ぎながら、渋い顔をしていました。
「おれが大学を卒業してから母親が暇そうにしててな。新しい趣味に室内菜園を勧めてみたんだ」
「素敵な親孝行ですね」
「工事が終わったのはおととしだったが、去年と比べたら随分と上手くなったもんだ。おれがさつまいもくらい作れないなら室内でやる意味がないと言ったからムキになったんだろうがな」
「そんなに難しいのですか?」
「農業はもうインテリの職業だからな。ひと昔前の公務員といつの間にか立場が逆転したものだ」
「お母様に才能があったのでしょう。それかアキラ様と同じくらいにとても賢い方でしたとか」
見た事も話に聞いた事もない方ですが、いずれ紹介していただけたりはしないのでしょうか。幼少期のアキラ様がどのように素敵だったのか、ボクとしてはとても深く興味があるのですが。
「おれが作ったのではないが、設計が良かったのだ。とりあえず十個ぐらい焼き芋にしてくれ」
「分かりました。剪定した枝木を使って焚き火をするので、市役所から許可を頂いておきます」
先ほど渋い顔をしていたのはあまりにおいしそうだったからですね。考えた事と違う態度を取る癖はありますが、本当はとても優しい方ですから、お母様の成果も認めているのでしょう。
そのような可愛らしい態度を取ってしまうのはいつもの事ですから、もう十分に慣れました。天才ですから複雑な事を考えている可能性もありますが、何がどうあれ素敵な方に違いありません。
部屋を出て扉を閉じたあと、邪魔にならないよう荷台と共に隅へ寄ってから目を閉じました。市役所への申請を間違えはしませんが、アキラ様の頼みならば重要ですから丁寧に済ませます。
ボクが作られる前まではアオイ様がこのような事を行っていたようですが、同じく丁寧に行い、間違えはしなかったそうです。機械ですから、人間が自ら行うよりも正確なのは当然と言えば当然です。
さつまいもを十個洗っていると、五分が経過したあたりで市役所から許可をいただきました。残りの使わないさつまいもはキッチンペーパーに包み、箱に入れたままキッチンで保管します。
さつまいもを籠に入れて運ぼうとしてもボクでは持ちきれないほど重く、荷台に乗せるのもアオイ様の力を借りました。配達人からしたら、この程度は重くなかったのかも知れませんが。
庭用の荷台を物置から調達し、その上にバーベキューコンロ、火バサミ、ライターや着火剤など基本的な物を用意しました。もちろん、消火剤もきちんと用意してありますから万全です。
全て二人で協力しながら庭まで運んだところでもう一度物置へ向かい、その脇にあるボクが収納出来るほど大きな木箱を覗くと、中にはまだ緑色の葉がついている生木がたくさん入っていました。
ただ五月ですから生垣で使うツツジとイヌツゲしか剪定しておらず、細かい生木ばかりです。たくさんあるようでも葉の占める割合が多いので、燃やしてしまえば相当に量が減るでしょう。
それらを木箱ごと荷台に乗せるのはボク達では難しいので、載せられるだけ載せて庭へ運び、とりあえずマニュアル通り着火剤の上に用意して火をつけました。焼き芋というのはどうやら燃やして灰になってからさつまいもを入れると甘く仕上がるらしく、時間が掛かりそうでした。
こうした火を扱う作業では間違えたりしないだろうと思い、そちらを見守るのはアオイ様に任せてボクは枝木を運ぶため、木箱とコンロの間を何度も往復していました。始めは弱かった火も葉に含まれる油分のおかげで火力が増していき、煙や火の粉が勢いよく舞い上がりました。
「あら、熱い」
火から目を外さずに顔を背けたアオイ様は決して火バサミから手を離そうとしませんでした。もし持ったままなら手違いで枝が飛んで庭が燃えてしまうかもしれませんでしたが、信頼出来そうです。
「アオイ様。ボク達はネロイドですから熱さを感じませんよ」
「そういえばそうだったわね。でも、注意しないと衣装に燃え移っちゃいそう」
「いつも暑そうなアキラ様を見ていると良かったと思う事もありますが、気が付けないのは確かに怖いですね」
「消火剤、足りるかしら」
煙に包まれても笑っていたのはどうやらボクだけのようで、アオイ様の表情は真面目でした。気になってコンロの側に置いてある葉巻型の消火剤を手に取ると、使用期限は過ぎていません。
「一つ用意していますが、それでは間に合いませんか?」
「もし二人の衣装が同時に燃えちゃったら、三つ必要にならない?」
消火剤の中には三〇〇ミリリットルもの緑色の液体が入っていて、投げると消化ガスが発生する仕組みとなっています。ですがアオイ様の言う通り、それでは二人同時には助かりません。
「なるほど。では新しい消火剤を取ってきますので、アオイ様は燃えないようにしてください」
コンロ用とアオイ様とボクが使う消火剤で、どうやら三つ持ってくる必要があったようです。同じくアキラ様に作られたネロイドだというのに、こうした危機管理能力では負けていました。
落ち込む余裕もない状況ですから、火の管理はやはりアオイ様に任せて物置に向かいました。家でもそうですが、こうした非常用の道具はすぐ手の届く範囲に置いてあります。
ついでに残り少ない生木も運びたいところですが、いくら手間であれ消火剤の方が重要です。そう思い早く戻りましたが、どういうわけかアオイ様はコンロへ消火剤を投げ入れていました。
アオイ様を止める隙もなく、コンロの火は飛び散った緑色の液体によって綺麗に消えました。ボクが見ない間に火事が起きたわけでもなさそうで、なぜそうなったのか考えてしまいました。
「アオイ様。燃えないようにするとは注意を払うという意味で、火を消す事ではありませんよ」
あら、とアオイ様は煙の中で美しい笑顔を見せていました。考えてみればボクの言葉通りに行動しただけで、優れた危機管理を実行しましたし、アオイ様を責められるわけがありません。
「枝木は残っていませんから、オーブンで焼きましょうか。その方がおいしいかもしれません」
「オーブンはもう私が壊しちゃったけど……」
アオイ様の真似をしてボクも笑顔になろうとしましたが、オーブンが壊れたとは知りません。それもアキラ様がその程度の間違いなら許せるのでそう設定していますから、ボクの責任です。
「では、どうしましょう……」
もう一度コンロを覗いてみましたが、火の元は消火剤によって再び燃える事はなさそうです。このまま焼き芋を作るなら、他所から生木を貰うなどの工夫をしなければいけなさそうでした。