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Access-22  作者: 橘 実里
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第二章 ボクと初めての料理

 アキラ様の家は大きめの家が立ち並ぶ住宅街の中心にありますが、職場を兼ねているために他の家よりも一回り大きく作られています。それなりに目立つので羨ましいと言われますが、機材の劣化を防ぐため日当たりがいいのは一階だけで、他は空調まで管理されて物置同然です。

 外出先から戻った時にも時間を置かず清潔である事を求められました。家に戻ってからすぐに衣装を脱ぎ、エアロランドリーに入れ、身体中を除菌するとエプロンドレスに着替えました。

 お金に余裕があるのならオルビア地方の民族衣装のような物がもう一着ほど欲しいのですが、アキラ様からしてみれば数ある衣装の一つという印象なのか、あまり気にしていないようです。自由に使っていいという三万円ですが、それだけではアキラ様が好みそうな衣装は買えません。

 余ってしまったお金は使い道が思い浮かばないので貯金しておくとして、先ほど買ってきた食材を台所に並べると、アキラ様が好みそうな料理をどうやって作ろうかと改めて悩みました。念のため缶詰の外側も洗っているのですが、普段はピザ用のお皿を熱湯処理で自動洗浄しているため、容器が変形して中身が流れ出す恐れがあるので仕方なく手洗いしようと洗剤を買ってきました。

「手伝いましょうか?」

 アオイ様が相変わらず人間から好かれるためにある優しい声をかけてくれたので、こちらも笑顔で返しました。缶詰の次にヨーグルトの容器を洗っているのですが、なかなか大変です。

「お気持ちは嬉しいですが、これは一人でやらなければいけないと思うので頑張ってみます」

 丁寧に洗ったヨーグルトの容器から耐熱皿へ中身を移すと、塩を混ぜヘラで丁寧に伸ばしました。食材や日用品はないですが、食器類や調理器具はインテリアとして何故か揃っているのです。

「あらまあ」

「アキラ様の事ですからボクが何を考え、どのように仕上げるのか、食材の切り方にまで注目してくれると思います」

 先ほどのヨーグルトを備え付けのオーブンレンジに入れました。大きなスペースを使うのに、使える容量はそれほど大きくなく、使っている間は鍵がかかるらしいので便利とは言えません。

 オーブンは月に一回だけ動作を確認しているようですが、ボクが生まれてからは一度も起動していないので、実際に動作するのか不安でした。電源を入れ、視界を通常から切り替え、内部の不可視光線を可視化してみると、レーザーが渦巻きながら耐熱容器へ照射されているのが見えました。

「これは、ヨーグルトよね」

「はい。塩を混ぜてからオーブンレンジで焼くとモッツァレラチーズみたいになるそうです」

「それで大きいトマトと、これはバジルの葉で。なんだかこれだけでアキラ様を思い出しそう」

「分かりますか?」

「ええ、アキラ様にぴったり」

「あとは口に合うかです」

「味見するわけにもいかないものねぇ」

「そのあたりの感覚がボク達にもあればいいんですけど」

 オーブンレンジの中を見ていると、ヨーグルトがあっという間に沸騰しているのが見えます。やりすぎると固まる時にボロボロになってしまうので、ゆっくりと仕上げるよう設定しました。

 安全に動作している事を確認して別の作業に取り掛かりました。包丁も錆びてなく、するりと野菜が切れてしまうので下手な機械よりも危険なので安全装置が必要だと感じてしまいます。

 絵と料理の違う点は立体というのが大きいと思います。トマトの上部四分の一を切り落とし、そこから中身をくり抜き、その切り口に逆三角形を切り込み、オーブンでほんの少し焼いた後にライスペーパーと玉ねぎを混ぜたトマト風味のコンソメスープをスープ皿に満ちるほど注ぎ、またその上からさらにオーブンで焼いたトロトロのヨーグルトを注ぎ、バジルを散らしました。手を含む全身の素材は熱で簡単に溶けてしまわない素材ですが、それでもオーブンは熱過ぎるのでミトンを使いました。

 冷めないうちにアキラ様を呼び、テーブルの前に座って貰います。そういえばこの机を実際に使ったのを初めて見ます。いつも花瓶を飾るだけの机なので……。

「お待たせしました」

 ミトンを使っての作業はあまりにも自信がなかったので、運ぶのはとても慎重に行いました。テーブルへ置く手前になり、アキラ様が興奮した様子で椅子から立ち上がったのが怖いです。

「おぉおおお! アオイよ! これも写真に撮って額縁で飾っておけ!」

「あらまあ、どこに飾ろうかしら?」

 テーブルにアキラ様の足が当たり、大きく動いてしまったのでその場で固まってしまいます。アキラ様といえばそんな事は気にせず、アオイ様と料理を交互に指さして唾を散らしました。

「せっかくだから料理に名前も付けておくぞ! どうする!」

 アキラ様は立ち上がったまま座ろうとしないので、もうテーブルが動く事はもうないだろうと確信し、その料理を置きました。ボクの料理に名前なんて大層な物がいるとは思えませんが。

「それでしたらアキラ様用特製ピザスープという名前はどうでしょうか?」

「ピザなのかこれは! どおりで素晴らしいわけだ!」

 ボクが生まれてからピザを食べているか仕事をしているかのどちらかしか見た事がないので、その中から工夫するとなると、アオイ様が作ったような栄養食か、ピザを似せた料理だけです。クリスピー部分が好きだとしたら好みでないはずですが、ライスペーパーで補えたでしょうか。

 とはいえ太郎様が言っていたように、ボクが作った料理ならなんでも喜んでくれたでしょう。顔に比べて小さすぎるスプーンを何度も口に運び、何度も唸るアキラ様を笑顔で見守りました。

「見た目だけじゃなく味も完璧だぞ! あっさりしていて何杯でも食べられそうだ!」

「嬉しいですが、何杯も食べてしまったらあっさりさせた意味がなくなります」

「だあっはっは! そこまで考えられたら栄養士が必要なくなったのと同然だな! 実に愉快だ!」

 口に入れたと同時にスープを飲み干してしまうので、きちんと味わえているのか不安ですが、きっとそれでもいいのでしょう。アキラ様の手がボクの頭に置かれ、優しく撫でてくれました。

 あまりにも早く食べてしまったので、アオイ様が写真に出来ているか心配です。一応ボクも作っている前から全て映像に残しているので大丈夫ですが、気に入る物が見つかるでしょうか。

 食べ終わったのは良いですが、アキラ様は椅子に座ったままで考えにふけってしまいました。初めて使う食器を同じく初めて食器洗浄機で洗うと、その横顔に不躾なお願いをしてみます。

「あの、アキラ様。ご褒美というのも厚かましいですが、今から外出してもいいでしょうか?」

「構わんが何用だ?」

 こちらを振り向いたアキラ様は、考えにふけっていた時よりも深い表情をしました。ボクもご褒美なんて卑怯な言い方をしたのでやや後悔はありますが、きっと料理よりも大切な事です。

「もう一人、食べて欲しい人がいるのです」

 アキラ様は何も聞かずに許してくれました。ボクの判断を尊重してくれたようにも見えます。

 ボクがお礼を告げた後も空返事をしてくれただけで、正面を向きなおしてじっと考えているようでした。もしかすると後でボクこそ椅子に座らせられて、ユウリさんに録画された状態のまま何をしていたのか聞き出され、アオイ様に掃除を押し付ける形になるかもしれませんが……。

 冷めないよう料理を運ぶ手段など普通の家庭にはないのですが、料理を温めているうちに、アキラ様が保温機能のある岡持ちを持ってきてくれました。昔に中華そば屋をやっていた時の名残だと言うのですが、今も銀行の口座にはそれらしきグループから定期的な収入があります。

 履歴を辿ると生活の下地となった大きな要因がそのグループの収入らしい事がわかりました。とは言ってもそれすら一部ですし、アキラ様がエンジニアとしてだけでなくハッカーとしても天才的な才能があったからこそ、全ての作業を自動化して管理する事が可能だったのでしょう。

 ボクは考えるのをそこまでにしてピザスープを入れた岡持ちを運び出しました。アキラ様の事とはいえ、全て把握してしまうのはデリカシーがないですし、人間らしくありませんからね。

 夜道は風が吹き荒れ、花粉も舞うようになってきたので、今後はこういう日に外出をしない方がいいのだと思います。岡持ちを運びながら歩くのは買い物籠の時よりも安定せず大変です。

 この程度の荷物をよろけずに持てないのは情けないですが、これほどに風が強ければ人間も真っ直ぐ歩けないでしょう。せめて料理がこぼれないよう、注意を払う必要がありそうでした。

 夜に外出するのは掃除以外で初めてですが、まだそれほど遅くない時間というのもあって、ひび割れたコンクリートの裂け目も住宅の窓から漏れる光に照らされるほどには明るいです。きっとこの辺りの家ならアキラ様のように食事をピザで済ませるわけではなく、自動で料理が作られるわけでもなく、ボクのように誰かが手料理を振る舞い、会話でもしているのでしょう。

 福祉事務所の前まで辿り着くと、その正面にある中華そば屋の看板が煌々としていました。前に訪れた時は偶然だと思って名前を見過ごしたのですが、そこには大きく『あきら~麺』と書かれていて、全自動で提供されるそのラーメンは一杯二百五十円から食べられるそうです。

 店の外から覗いてみると、それなりに盛況しているようでした。カウンターの内側には店長らしき人がいますが、椅子にふんぞり返りながらパソコンを見ていて、接客はしないようです。

 食べ終えた暗い顔の男性が席を立ち、ハンガーにかけてある上着を羽織ろうとしている隙に、カウンターの内側へと器が自動的に運ばれ、テーブルの裏から小さなモップのような物が現れ、器が片づけられた場所をめがけて、テーブルの上を滑っていきました。カウンターには互いに手元を隠す程度の仕切りが設けられているので、掃除されていく様子は見えていないようです。

 暗い顔の男性が店から出てこようとしているのを見て、恐らくボクがここにいると邪魔だと思いますから、岡持ちを揺らさぬよう慎重に、大きく一歩だけ前に進みました。そこは照明が射さないとても暗いゴミ置き場で、声をかけても昼間に会話した彼はそこに居ないようでした。

 ゴミの中に隠れているわけでもなさそうです。せっかく作ったピザスープを岡持ちの中から取り出すと、家に持ち帰っても捨てる事になりますし、その場に置いて立ち去る事にしました。

 ピザスープから立ち上る湯気が春風に晒されて、すぐに飲まなければ冷めてしまうでしょう。どこかに彼が隠れて寝ていたりしていないかゴミ箱の中まで探してみましたが姿はありません。

 彼が寒さで凍えていてはいけないと思い、福祉事務所の中や帰り道でも姿を探してみました。正常な姿ではありませんでしたが、一般的な方ですから新しい住居を与えられたのでしょうか。

 ボクは彼に拘りがあるわけではありません。ただ温かいスープを飲んで欲しかっただけです。

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