幸福を呼ぶ
懲りずにホラー。
僕は不幸だった。
親は、僕がなりたいライトノベルの小説家という夢をわかってくれずに大学に行けという。
友人は上っ面だけで話を合わせて、何もわかっちゃいない。僕のすごく面白い小説なんて分かりもしないだろう。
姉は僕を毎日「小説ばっかり書いて、恥ずかしくないの?ダサ」とか馬鹿にする。
学校の先生も全く僕のことをわかってくれない。
もうこんな世界、うんざりだよ。
そんなある日のことだった。
僕は、よく買い食いをするために立ち寄った神社で、気まぐれに賽銭を投げ入れて見た。
そんなたいした額ではなかったけれど、実に気分が良かったのだ。何と言っても、ネット小説の第一次選考をくぐり抜けたのだ。
きっと、書籍化なんてことになったりしたら……。
そんな願掛けも込めて、僕は賽銭を入れた。
ふと、何かが聞こえた気がしたけれど気分のいい僕にはなんということもなかった。
目覚めてみれば、僕のネット小説のメッセージの欄に、運営のメールが来ていた。恐る恐るそれを開く。
「うわあああああああああっ!」
思わず両手を上げて、叫んでしまった。
第二次選考を通過いたしました。
そんな文言に、背中にビリビリっと妙な感覚が走って、朝の六時半から叫んでしまった。だが、その高揚した気分に水をぶっかけるようにして、隣の姉の部屋から壁を蹴るような音が聞こえて来た。
チッ、やっぱり不幸だ。
そう思った時だった。床に何か目覚まし時計でも落としたのか、けたたましい音が聞こえた。
ははっ、ザマアミロと僕は考えながら、メッセージを読み込んでいく。
まだ寝ているんだろう、母の包丁の音もしない。途中で父親のいびきが聞こえなくなった。睡眠時無呼吸症候群だろうか?
書籍化。
そこに記されていた言葉に、一瞬全てが音を立てて止まった気がした。
こみ上げる嬉しさを感じて、僕は学習して今度は両手を高々と突き上げて、そしてふと時間を見て固まった。
今日は日直だったはずだ。七時半には家を出なければならないのに、まだ母さんが階下で包丁を使っている音は聞こえない。
僕は階下に滑り降りるようにして、二人の寝室のドアを開けた。
「母さんっ、遅いじゃないか!!今日日直だって……言って…………」
まずその赤さに驚いた。
布団が、天井が、全てが真っ赤に染め上げられている。しぶきでまだらになったクリーム色の壁から、目をスライドさせる。
首がちぎれている体が、血の気を失ってベッドの上に転がっている。
床に転がった首と目が合って、ヒェエ、と僕は叫び声をあげた。
腰が抜けて、へなりと床に崩れ落ちそうになったが、それはかろうじて避けられた。
「う、うわっ、ぅわ」
みっともない声を出しながら、僕は二階に駆け上がって、姉の扉を叩く。
「秋羽ねえちゃん!姉ちゃん!!」
うわあああ、とノブをガチャガチャ回すと、扉ががくっと開いて、中の様子が目に飛び込んで来た。
慌てまくっていた僕は、バランスを崩してその海の中に前のめりに倒れ込んでいて、飛び散った生暖かいそれを否応なしに理解した。
血だ。
血が出ている。
こんなに大量の血、どこから。
そろそろと首をあげれば、そこにはカッターナイフが刺さった姉ちゃんに似た誰かがいた。その体は、壁に叩きつけられたのか首以外にも後頭部からひどく出血している。
「はっ、はぁあ?嘘だろ、ちょっと待てよ……」
強盗殺人という単語が頭を過ぎったが、荒らされた形跡なんてなかった。僕は荒い呼吸のまま、姉ちゃんのスマホを手に取り、そして息を吐きながら110番をした。
トゥルルルル、と何回もコールがなる。焦れたように僕は机をカタカタと揺らして、何度も掛け直した。
「うぅ、うぅぅうう、」
怖い。
怖い。
怖い。
僕は出ない携帯に焦れて、パジャマのままであることを忘れて、外へと飛び出した。
いつもしつこい近所のおばさんは、いなかった。同じ学校に行く生徒も、挨拶運動をする小うるさい爺さんも、何もいなかった。
誰もいない。
「うそ、嘘だろっ、誰か、誰かいないのかよ、誰か!!」
叫んでも叫んでもその声に答える者はいない。
学校に駆け込んで見れば、ちらほらと首のちぎれた遺体があった。
家族が、学校が、この町が、全て嫌いだったはずなのに。
僕の膝はそこで限界を迎えて、僕は地面に崩れ落ちた。憎んだはずなのに、今はどうしようもなく恐ろしい。
けれど、そんなことを考えていても、腹は減る。
「……あさ、ごはん……」
よろよろと立ち上がり、そして、ふと思い出す。
あの神社はどこだったっけな、と、唐突に。
フラフラ歩き続けて、そして朱が剥げまくった鳥居をくぐると、何かがいた。
人の形はしているけれど、その全てが印象に残らない。視線をそらしたらその瞬間に忘れられそうな顔。
「……だ、れだ」
「お前か」
望みが叶って、さぞ嬉しかろう?そう言って、それは笑った。
「……だいぶ張り切った。数百年ぶりの参拝客だ、全てはさすがに骨が折れた」
ふらりと崩れ落ちると、はっと顔も上げて、僕は叫んだ。
「あんたがやったのか!?あんたが!!今すぐ、みんなを……」
「幸せであろう?」
そう問われて、たじろぐ。
確かに僕はこの世界を嫌っていた。
けれどこれはあんまりじゃないか、神様。
「望みは叶えてやった。さあ次の願いを」
僕は地面にへばりついていたが、そこに、何やら十円玉が見えた。
震えて汗ばんだ手で、それを掴み取る。あまりの緊張に握力がなくなっているのか、三回ほど掴み損ねてしまった。
僕は、それを握りしめて立ち上がり、そして賽銭箱にそれを叩きつけた。
二礼二拍手。
願う幸せは、たった一つ。
その瞬間に僕の意識は途絶えた。
読んでくれてありがとうございます!