秋山麗子の事件簿②
「校長先生!?」意外な人物が出てきたことに佐藤警部はビックリした。
「はい…」勇気は小さな声で頷いた。
「学校の外で二人きりで、しかも…」
「しかも?」
「奈々先生が校長先生の腕を組んでたんです。」
「それはいつどこでだい?」佐藤警部は尋ねた。
「舘山寺にフラワーパークってあるじゃないですか?クリスマスの夜に母さんに連れられてイルミネーションを見に行った時です。」
「クリスマスの夜に腕を組んでイルミネーションね…」誰がどう見てもデートのシチュエーションだな、と佐藤警部は思った。
「ところで校長先生は奥さんは?」
「いると思います。集会の時の話で奥さんの話したの記憶にありますし」
「じゃあやっぱり浮気か…」
「でも僕は信じられないんです。奈々先生が校長先生と付き合ってるとは思えなくて。」勇気は少し涙ぐんだ。
「若い男の先生なら分かりますが、親子ほどの年の差があるわけですし…。」
「まぁ大人には大人の事情があるからなぁ…。」佐藤警部は少し遠い目で言った。きっと似たような事件を担当したんだろう。
「そのことを秋山さん…お母さんには?」
「言ってません。奈々先生のこと知らないと思ってましたし。」
「分かった!ありがとう!これは新しい情報だ。」
「じゃあもしかして犯人って校長先生?」恐る恐る勇気は聞いた。
「今の段階じゃあ1番怪しいのは校長先生だな。ただ証拠がない。たとえ浮気はしていたとしても殺人はしてないかもしれない。」続けて言った。
「ここからは警察の仕事だ。とりあえず私はフラワーパークに向かう。いいかい?1番怪しいのは校長先生だ。しかしまだ確定ではない。君は明日、校長先生に会うかもしれない。君の目は正直だ、くれぐれも疑いの目で校長先生を見ないでくれ!」
勇気はずっと疑問に思ってたことを佐藤警部に聞いてみた。
「どうして母さんや僕に警察の情報をくれるんですか?」
佐藤警部は少し困り、勇気に正直な気持ちを言った。
「君たち一家には不思議な何かを感じる、そしてそれは事件解決の鍵だと私は確信している。事実、今君から有力な情報を聞かせてもらったしな!まぁ刑事の感だかね…。」
帰り道、念のためと佐藤警部と一緒に家に帰った。勇気は心が軽くなったのを感じた。でもやっぱり勇気は奈々先生が人様の男と付き合うとは思えなかった。
勇気は奈々先生の言葉を思い出した。
「勇気君!何もかも自分で背負い込もうとしないで、まわりの大人を信じてあげて!」
今の僕には心から信頼できる大人が3人いる。母さん。佐藤警部。そして奈々先生…。
「佐藤警部お願いがあります。」
「なんだい?」
「僕、やっぱり奈々先生を信じたいんです。だからこの事件解決してください!」
「分かった。だが、真実が君の希望にそぐわないかもしれない…それでもいいかい?」
佐藤警部は勇気の目を見た強い目だ。
「分かったありがとう。」佐藤警部は家に入らず帰って行った。
勇気が帰って来た。
奈々ちゃんの事件以来、勇気の背中が重たく感じたのに今は明るく感じた。何かあったのかなぁ。
麗子は昼飯を勇気と一緒に食べた。
「さっきまで佐藤警部と一緒にいたんだ。」
「佐藤警部と?どうして?」
「学校で会ったんだ奈々先生のことで先生達に聞き込みだって」
「実は昨日、佐藤警部うちの店に来たのよ。」
「母さんの店に?」
「えぇ奈々ちゃんのことで…」
麗子と勇気はお互いの情報を交換した。
「フラワーパークのイルミネーション行った時に奈々ちゃん見たの!?
しかも校長先生と一緒に!?いつ?」
「母さんがソフトクリーム買いに売店行ってる時に噴水広場の前で。」
「あぁ噴水ショー始まる直前ね、でも奈々ちゃんだったら私も気づくと思うけど奈々ちゃんいなかったよ。」
「すぐにどっか行っちゃったもん。母さんもなかなか帰って来なかったし。」
「うん!ソフトクリーム売ってる売店でねお花のブローチがついた可愛いネクタイ見つけたの!勇気にどうかなぁって買おうか迷ってたの!」
「いいよ!恥ずかしい!」勇気は少し照れていた。
「まぁそう言うと思って買わなかったけど、でもカップルで来てるのに噴水ショー見ないなんて変わってるね?」
「うん。今思えば僕のことに気づいて逃げたみたいだった。ただ僕はどうしても奈々先生がそんなことするようには思えなくって…」
「私もそう思う。ところで校長先生ってどんな人?」
勇気は5月に行った林間学校のアルバムを取り出した。
「あっ!この子かわいい〜勇気の彼女〜?」
「違うって!!」
「だってこの前、涼太君が「勇気って顔可愛らしいし、明るいし、優しいし、リーダーシップがあるから男女問わず人気者なんですよ〜。」って言ってたよ!モテるね〜。」
「涼太のやつ何言ってんだか…。顔も性格も母譲りですから!」
「何の話してたっけ?」麗子は素で忘れた。
「コーチョーセンセー!」勇気はちょっとムキになっている。
「そうでした。そうでした…。」麗子は少しニヤニヤしている。
勇気はアルバムをめくり校長先生を探した。
「あっ!いた!」
勇気が指指した写真には中年の小太りでメガネをかけたおじさんがいた。
「この人って…。篠ケ瀬さん!?」
「知り合いなの?たしかに校長先生の名字篠ケ瀬だった。」急に大声を出したから勇気はビックリした。
「お店のお客さんよ!いつも奈々ちゃん指名してくれて…でもしばらく来てないけど…。」
「うちのお客さんが勇気の学校の校長先生で、うちで働いていた女の子が勇気の学校の教育実習生で…なにがなんだかわかんないよ!」
麗子は混乱した。勇気も同じだ。
「佐藤警部がフラワーパークに聞き込みに行くって言ってたから、何か掴んだかもしれないね…」
「勇気…フラワーパークに行くよ!」
「何で?」勇気は唖然としてる。
「何かじっとしてられない。今日はお店お休みだし、私達の情報も佐藤警部に伝えないと!」
麗子と勇気は愛車に乗り込んだ。
「12月25日の防犯カメラの映像ですか?」
「はい。」佐藤警部が言った。
警察手帳を見せたら職員は快く協力してくれた。防犯カメラの設置場所は主に5ヶ所。正面入口、中央広場、動物園共通門正面入口、正面入口建物内お土産売り場、噴水広場。クリスマスということもあり観光客も非常に多い。
「これは骨が折れるな。」佐藤警部は部下と手分けして防犯カメラの映像を調べている。
「警部いました!」フラワーパーク正面入口の防犯カメラを調べてた
部下の高橋が声を上げた。
佐藤警部が部下の指差す先を見た。午後3時32分。
被害者と中年の男性が腕を組んで来店する光景が見えた。
受付でバイトしている女性を呼んで話を聞いてみた。
「このカップルに見覚えは?」
バイトの女性は目を細めて「もしかして…」と切りだした。
「篠ケ瀬さんだと思うんですが…」
「知ってるんですか?」
「えぇ…印象的だったので…クリスマスの日に最初は親子で来てると思ったのですが、入場したら腕を組み始めたので…訳あり…かなぁって」
「何故名前をご存知で?」
「忘れ物の問い合わせがありまして、サイフだったのですが…サイフ自体は別の従業員が発見して直ぐお渡しできたのですが、その際に確認の為にお名前と住所を伺いました。」
「なるほど…忘れ物リストの記帳録みたいなものはありますか?」
「あります少々お待ちください。」バイトの女性は忘れ物リスト表をもってきた。
「12月25日…あった。」25日午後4時30分頃…サイフ、名前 篠ケ瀬 透。
「一緒にいた女性はこの人ですか?」佐藤警部はバイトの女性に奈々さんの顔写真を見せた。
「はい。確かにこの人です!」
「警部!被害者と篠ケ瀬が来ていたのは間違えありませんね!」
部下の高橋が嬉しそうな顔で言った。
「あぁ…篠ケ瀬の周辺を、とくに25日から被害者発見の1月1日までの動向を調べるんだ!」
佐藤警部は引き続き防犯カメラの映像を確認していた。5時頃見覚えのある親子連れが来店してきた。秋山さんと勇気君だ。普通勇気君の年頃だと親子で出かけるなんて嫌がるものだが、カメラ越しでも仲の良さを覗えた。まるで友達同士で来ているかのように二人とも楽しんでいるようだ。相変わらず不思議な親子だな。佐藤警部は思った。
「佐藤警部!受付で秋山と名乗る親子が佐藤警部を尋ねているのですが…。」
「噂をすればなんとやらだな…」佐藤警部は受付へ移動した。
麗子と勇気がフラワーパークに着いたのは午後の5時をまわっていた。
あたりは暗くなりイルミネーションが光りだした。
パトカーが止まっている。幸いにもまだ佐藤警部がいるのだろう。
受付で佐藤警部の知り合いと話し、呼び出した。
10分くらい待って佐藤警部が来た。
「どうしたんですか?」
「実は勇気から話を聞きまして校長先生を調べてみたら分かったことがあってお伝えに…。」
「ここは寒いですから中で話しましょう。」
佐藤警部と麗子達は建物内のレストランへ移動した。そういえば晩御飯食べていない。
「それで分かったこととは何ですか?」佐藤警部が聞いた。
「実は校長先生がうちのお客さんだと分かりまして。」
麗子は勇気の林間学校のアルバムを見せた。
「間違えありません。篠ケ瀬さん…まさか勇気の学校の校長先生とは思わなかったんですが…。」
「それは本当ですか?ということは奈々さんと篠ケ瀬…校長先生は勇気君の学校の教育実習生と校長先生で秋山さんのお店の従業員の女の子とお客さんだったんですか?」
「えぇ…。」麗子は困惑した顔で答えた。
「秋山さんから見た篠ケ瀬とはどんな人でした?」
「どっかの会社の役人とは聞いてました。半年くらい前から週2〜3回で来てくれるようになりまして。奈々ちゃんがお気に入りだったのか、いつも奈々ちゃんを指名してました。」
「奈々さんをですか?」
「はい!ただいつも私のいるカウンターから遠い席にいましたから話の内容までは分からないのですが…。」
「篠ケ瀬が最後に来たのはいつ頃ですか?」
「11月の最終日だったと思います。奈々ちゃんも大学が12月は忙しいからとあまりシフトに入らなかったので、それでかなぁと思ったんですが…今思えばいつも指名していた奈々ちゃんが死んだのにお店に連絡がないのも不自然ですよね?」
「たしかに顔見せるなり、連絡するなり普通あると思いますね…。」
佐藤警部は眉間にシワをよせた。
「勇気君!学校での奈々さんと校長先生はどんな感じだった?」佐藤警部は学校での2人の行動を聞いた。
「半年くらい前でしたから…でも僕が知る限り学校内で2人っきりというのはなかったですね…奈々先生は僕のクラスの教育実習生だったんで担任の先生と一緒なのはよく見たのですが…でもそれは普通ですし…。ただ今日の始業式の時に校長先生が奈々先生が亡くなった話をした時にほとんどの生徒と先生が泣いてたんですよ。」勇気は始業式のことを思い出した。
「僕が知らないところで皆から慕われていたんだなぁって思いました。」
「ちょっと待ってくれ!」佐藤警部が大声を出した。
「あっ!すまない。ほとんどの人が泣いていたと言ったね?」
「は、はい!」
「泣かなかった人がいたと言うことだね?」
「え、えぇ…。」佐藤警部の迫力に勇気は押されている。
「校長先生はどうだったんだ?」
「あっ!」勇気は再び始業式の校長を思い出した。
「泣いて…ませんでした。口調もハッキリと淡々と話してました!でもそれって校長先生という手前、人前で泣くわけにはいかないからではないんですか?」
「あぁ…でも今は状況が違う…少なくても現状わかっている限りお忍びで一緒にデートしたり、秋山さんの店で指名までするような仲だ!校長先生も人間だ。涙1つなくても何かしら動揺があってもいいんじゃないか?」確かにそうだ!と勇気は思った。
「校長先生が1番怪しい…しかし…証拠がありません。」佐藤警部ため息をついた。
「今、掴んだ証拠は一緒にイルミネーションを見に行っただけです。浮気の疑惑はあっても殺害されたのは1月1日…その日のアリバイはまだこれからです。それに…」佐藤警部はコーヒーを飲んだ。
「それに勇気君の言葉が引っかかっている。」
「僕の言葉ですか?」勇気は何だろうと思った。
「君は奈々先生が不倫なんかするような人には見えない…奈々先生を信じたい!って言ったね?」
「はい!」勇気は強い目で言った。
「私は君と付き合いは短いが君の言うことは信頼できると確信している。証拠はないが君が言うなら間違いないと思う。」
「じゃあ…奈々先生は?」
「校長先生とは不倫はしていない…でも校長先生に近づかなくてはならない何かがあった?」麗子が聞いた。
「そう…きっとそれが真実。そして事件の全貌ではないかと思ってます。」
「調べることが増えましたな…校長先生の1月1日のアリバイ…奈々さんとの関係。奈々さんについても何故、校長先生に近づいたのか、その理由は?それに奈々さんの両親が亡くなった1年前の交通事故死。何か関係があるかもしれません。調べ直さなくてはなりませんな。」
「そういえば奈々ちゃんは絞殺されたって言ってましたが凶器はみつかったんですか?」
佐藤警部は首を横に振った。
「いいえ…ただ、細い紐のような跡の他に奇妙な傷跡がありまして…。」
「奇妙な傷跡?」麗子が聞き返した。
「えぇ何か硬い物を押し付けて擦ったような傷跡で形状も何か独特で…。」
「どんな形だったんですか?」
佐藤警部は紙に描いてくれた。
描いた絵は花のような形状だった。
「花…ですかね?」少し自信なさげに麗子が尋ねた。
「えぇ…花のような形をした硬い何かがついた紐状なもので締められたようなんですが…ブローチなのかネクタイピンなのか…ですが現場ではみつからなかったんです。」
「ネクタイ…。」麗子は何かが引っかかった。
「何か?」
「ねぇ勇気覚えてる?クリスマスの日に私がソフトクリーム買いに言った時のこと…。」
「たしか、お花のブローチがついた可愛いネクタイがあって買おうか迷ってたって…あっ!」
佐藤警部と麗子、勇気が売店に目を向け急いで駆けつけた。
「これよ!これじゃないですか?もしかして!」麗子が興奮した。
「でも色んな種類があるよ!」勇気が言った。見ただけで20種類以上はある。
「すいません。このような形状の花のネクタイは販売してますか?」
佐藤警部が警察手帳と描いた絵を見せて店員に聞いた。
「たぶんチューリップではないかと…申し訳ありませんが只今、売り切れ中です。」
「最後に販売されたのかわかりますか?」
「お待ちください…。」店員はパソコンで販売履歴を調べた。
「チューリップでしたら先月の25日が最後ですね…。」
「25日か偶然とは思えないなぁ…。」
「こちらの商品は去年当園で行われた祭典の記念品でして限定販売だったんですよ。」
「限定品?どれくらいの?」
「たしか100着でした。」
「25日に買った人覚えてますか?」
「クリスマスだったのでプレゼント用でよく売れましたので、お客さんの顔までは…。」
「仕方ない…販売履歴と防犯カメラの時間を照らし合わせてみるか…。」今日は徹夜だな…佐藤警部は覚悟した。
「でも現場にネクタイがなかったということは、もう捨てられちゃったんじゃないでしょうか?」麗子が不安げに聞いた。
「えぇたしかに考えられなくもありません。しかし当日はおそらく殺害から遺体発見まではそんなに時間がなかった。そして現場にいた約千人は最低でも持ち物検査はされてたはずです。それでも見当たらないということは…」
「犯人が身につけていた?」佐藤警部は頷いた。
「勇気君!勇気君だったらどうする?捨てるタイミングを逃した凶器。しかも犯人は限定品だと気づいていたでしょう…捨てたら何かの拍子で見つかるかもしれない。燃やすかもしれないが今は科学捜査も発展している。燃えカスからもバレるかもしれない…じゃあ凶器をどうするか?」
「僕だったら身近な…例えば家の部屋とかに隠すか、ずっと身につけているか…。そういえば校長先生のネクタイ!」
「その通りだ!」
勇気は建物から見えるイルミネーションを見た。
「奈々先生…奈々先生はどんな気持ちでこの光景を見たんだろう。」