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エンドリア物語

「いつか来る日」<エンドリア物語外伝1>

作者: あまみつ

 時計の針が、深夜0時を指す。

 オレはカレンダーに×をつけた。

 これで7個目。

 昨日も一昨日もその前の日も、昨日を含めて7日間、

 凪いだ海のような静かな日々だった。

 それなのに、オレの心は乱れに乱れていた。

「いつ、だ」

 心から望んだ平穏な日々を過ごしているのに、一粒の不安の種が、オレを首切り台の罪人にしている。

 いつ、刃が落ちてくるのか。

 断罪の時がこないことを願っているのに、早くきて、楽にして欲しいという矛盾。

 こうしている瞬間にも、オレを追いつめている時間は刻々と近づいてきている。

 そして、まもなく迎える。

 回避不能の現実。

 ムー・ペトリの帰還。

 10年後の23歳のムー・ペトリが「そろそろ、ムーが帰ってくるので世界を移動します」と、消えたのが7日前。

 今日帰ってくるのか、明日帰ってくるのか、それとも、もうこの世界に戻ってきていて、オレのところに訪ねてきていなだけなのか。

 破天荒な召喚魔術師に出会ったせいで、命の危険にさらされていた日々。

 あの生活にオレは戻りたくない。

 痛む胃を押さえて、オレは眠りについた。



 

 目覚めは爽快だった。

 暖かい朝の光。

 漂ってくる、パンとスープのにおい。

 ベッドから身体を起こしたオレは、焼きあがったパンをテーブルに並べているモップと椅子に座ってスープをすすっているムーを見た。

「ウィルしゃん、おはようでしゅ」

 オレはオレの角膜に映っているものを現実として受け入れたくなかった。

「寝る」

 瞼を閉じて、ベッドに潜り込んだ。

 寝たふりを決め込んだオレの上に、言葉が降ってくる。

「朝しゅ」

「パンが焼けましたぞ」

「スープできたしゅ」

「パンは焼きたてが一番。さあ、起きられよ」

「モジャのスープは美味しいでしゅよ」

 延々と降り注ぐ、言葉の雨。

「ウィル殿はジャムとバターと、どちらで食べられるのかな」

「起きないなら、ボクしゃんが全部食べちゃいましゅよ」

 呼びかけは途切れることなく、続いている。

 オレは起きあがって、テーブルについた。

 焼きたてのパンに、かぶりついた。表面がさっくりとして、中がふんわりと柔らかい。

 スープを一口飲んだ。野菜の甘みが口に広がる。

 向かいの席のムーが、パンをもぐもぐと食べ始めた。

 チビのムーに会うのは3ヶ月ぶりのはずだが、なぜか、離れていた気がしない。昨日も隣にいたような気がする。

 ムーがいつもの口調で聞いてくる。

「モジャのスープ、美味しいでしゅ?」

「うまいな」

「面白いことありましゅた?」

「おまえの葬式にでたくらいかな」

「荷物、どこにおけばいいしゅ?」

「誰の?」

「ボクしゃんの」

「ペトリの家に帰らないのか?」

 オレとしては絶賛推奨の提案だったのだが、それに対してムーは首を振った。

「無理しゅ」

「どうしてだ?」

「ペトリの家に行くと、ペトリのお家に迷惑をかけることになりましゅ」

「ここにいたら、オレに迷惑をかけると思わないのか?」

 オレの問いに、ムーは真顔で答えた。

「ここなら、大丈夫でしゅ」

「ここが大丈夫という、根拠があるのかよ」

「根拠ならありましゅ」

 鼻息も荒くムーは断言した。

「ここはウィルしゃんのお家でしゅから」

 オレは深い深い深海500メートルくらいのため息を付いた。

「どうかしましゅたか、ウィルしゃん」

「…ムー」

「はいしゅ」

 時として、人は理解不能な行動に走る。

 オレの次の行動は、まさにそれだった。

「荷物は2階におけ」

 ムーが、笑顔で答えた。

「はいしゅ!」




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