プロローグNo.5 【 ファミコン少年ひろし! 】
俺が子供の頃、日本中が、いや世界中で老若男女問わず空前絶後の大ブームを起こしたヒット商品があった。そうファミコンである。
あの頃の俺は、ビックリマンチョコ、キン消し、メンコなど色んな物にハマっていたが、その中でもファミコンの存在は異質で、かつ郡を抜いて魅力的なものだった。なにせ、子供は外で走り回って遊ぶことが当たり前の時代に、TVを使った新しい遊びを提供したのだ。しかも、ゲーム画面など見たことない俺たちにとって、ブラウン管の中で所狭しに動き回るドット絵は、斬新で目新しく、さらに自分で操作ができるとなれば興味が沸くに決まっている。多分に漏れず、俺は出会った瞬間にその恐ろしい魔力に囚われた。そう、赤いスレンダーボディの彼女に一目惚れしてしまったのだ。
「た、たかっちょ、これって何?」
「へへへ。ファミリーコンピューターって言うんだ。ひろしもやってみるか? めちゃくちゃ面白いぜ」
たかっちょの家のテレビ画面に映っていたのは、ファミコンの代表格ソフト、『マリオブラザーズ』であった。
「この十字のボタンで左右に動くんだ。Aボタンでジャンプ」
「お、お、お」
初めて触るコントローラーに最初は戸惑うも、1分もしないうちにすぐに操作に慣れる。画面のマリオは俺の思い通りに所狭しと動き回り始めた。
「このゲームは二人で遊べるんだぜ」
たかっちょがルイージで参戦してくる。
「ところで、どうやってこのカメやっつけるんだ? 踏むのか?」
「だめだめ、踏んだら死んじゃうよ。こうやって下から突き上げるんだ。突き上げると敵がびっくりして気絶する。そこを蹴り飛ばして倒すんだ」
「なるほど、おもしれえええええ!」
すぐにコツを掴んだ俺はカメを退治してステージをクリアした。次のステージも楽勝。だが、次のステージで事態は急変した。そう、カニの登場である。
「な、なんだこいつ。気絶しないぞ?!」
カニは一度下から突き上げても気絶するどころか、怒ってスピードがアップするのである。つり上がった目の恐ろしい形相をしたカニが物凄いスピードで俺のマリオに迫り来る。
「ひい!」
慌てている俺は、ジャンプの存在をすっかり忘れひたすら走って逃げていた。さながらこの状況は、何も武器を持たず、ゾンビから逃げ惑うホラー映画の主人公のようだ。
「し、死ぬ、死ぬ、死ぬ~!」
「もっかい突き上げるんだよ」
冷静なたかっちょがカニを下から突き上げた。カニはひっくり返って大人しくなった。
「ふぅ~やれやれ。死ぬかと思ったぜ」
俺は、カニが起き上がらないよう、さっさと蹴り飛ばし退治しようとした。もうあんな怖い思いをするのはごめんだ。だが。
――ドン!
突然画面が揺れ、ひっくり返ってたカニが起き上がる。たかっちょが、画面の敵に一斉に衝撃を与える「POW」を使用したのだ。そしてカニは、安心しきって無防備状態のマリオに接触。マリオは飛び上がり、そのまま画面の外に落ちてった。まさに、ホラー映画で油断をしていたところにドーン!のような展開だ。
「な、何するんだよ!」
「このゲームの一番の醍醐味、それはなぁ……」
たかっちょが邪悪な笑みを浮かべる。
「殺し合いだあああああ!」
そして、30分後。
完膚なきまでに叩きのめされ、ぼっこぼこにされた俺がそこにいた。
下から突き上げられカニに接触して死亡。
まるで相撲の突っ張りのように押され、反対側から出現したファイヤーボールに接触して死亡。
3階のフロアから出られないよう、下から突き上げハメられ死亡。
ありとあらゆる殺され方で俺のマリオは死にまくった。気のせいか、画面のルイージが邪悪に笑ってるような気がする。おかしい。ルイージはマリオの弟のはずだ。弟と言うものは、兄を敬うものじゃないのか。この二人は仲悪いのか。そうか、見た目一緒だもんな。これが同族嫌悪ってやつか。
高橋が鼻を膨らましドヤ顔で俺を見ている。戦績は0勝40敗。完全な初心者狩りである。
「今日初めてやった俺に勝って嬉しいのか」
「嬉しい」
「そうか、嬉しいのか」
お、おのれええええ!
ふつふつと俺の体の奥から湧き上がる悔しさと怒り。俺は極度の負けず嫌いだった。そう、この怒りこそが、俺をファミコンにどっぷりと浸かせることになるきっかけだったのだ。
「おいたかっちょ! もう一回やるぞ!」