プロローグNo.4 【 異世界の獣 】
目が覚めると、そこは闇だった。
ここはどこだ?
重い体を起こし、男は辺りの様子を伺う。
暫くすると目が慣れてきたのか周りの様子が分かるようになってきた。
月明かりに照らされ、うっそうと茂る草木が露わになる。どうやらここは森の中のようだ。
何故俺は、こんな場所にいるんだ……?
男は何かを思い出そうとするが、激しい頭痛がそれを拒む。
とりあえず、この森から抜け出さなくては……。
バキバキと枯れた木の枝を踏み砕きながら、男は暗い森の中を進む。
普通の人間なら、こんな深い森を歩き続ければ疲れてくるだろう。だが、30分程過ぎても男は息を切らす様子もなく平然と歩き続けていた。
なんだか今日は体が軽い。この調子なら、いつまでも歩き続けられそうだ。
と、その時だった。かすかにだが、森のどこからか人の声が聞こえてきた。
女の……悲鳴?
森のどこからか、助けてと泣き叫ぶ女の悲鳴が聞こえてくる。
男は、その声を頼りに先へと急ぐ。やがて、森が開け明るい場所に出た。そこは泉だった。
月の光に照らされ、青白く光るその泉は幻想的にきらめく。
目の前に広がる美しい光景に、思わず男は感嘆の息を漏らした。
「誰か助けて!」
美しい泉に、しばしの間、魅入っていた男だが、女の叫び声が彼を現実に戻した。
見ると、少し離れた場所で、大木に背を預けた少女が何者かに襲われているのが見える。男はその場に駆け寄った。
そこには、服を引き裂かれ肌を露わにした泥だらけの少女と、異型の姿をした怪物がいた。
な、なんだこいつは……。
醜悪な豚の顔を持つその怪物。それは、ファンタジー世界で言うところのオークと言う怪物にそっくりだった。
「た、助け……ひぃっ」
助けに来た男を見て、少女は一瞬安堵の表情を浮かべた。が、すぐに怯えた顔を見せる。
豚の顔をした怪物は、ゆっくりと振り返ると、すぐに興味をなくしたように少女へと向き直った。
「なんだ、新入りか。悪いがこれは俺の獲物だ。お前は手を出すなよ。まぁ、そこで待っていれば足の一本くらいくれてやるがな」
怪物は、まるで仲間にでも話しかけるような口調でしゃべる。
「人間のガキは肉が柔らかくて美味いんだ。特に生きたまま食うのがいい。内蔵をすすりながら聞く断末魔の声はまた格別だぞ」
べロリと大きな舌で舌なめずりをする怪物の顔が醜く歪む。
その言葉に、男の中に言いようのない怒りの感情が湧いてきた。
ギラリと目が赤く光り、全身の毛が逆立つような錯覚を覚える。
「では、いただきます。あーん」
大きな口を開け、豚の怪物は少女の脇腹に迫る。
「た、助けて!」
「この……っ、豚野郎が!」
ぶんっと、男はその丸太のような大きな腕を怪物に向かって振り抜いた。
――斬ッ!
「ぷぎゃっ?!」
豚を絞め殺したような声と共に、怪物の首が宙を舞う。怪物の体が崩れ落ちるのと首が地面に落ちるのは同時だった。
怒りの表情をあらわにし、怪物の口がパクパクと動く。恐ろしい程の生命力だ。
「て、てめぇ……なにしやが……ピギッ」
――愚者ッ!
男は、無造作に怪物の顔を踏み砕く。
それは、一瞬の出来事だった。
「ハァ……ハァ……」
息も絶え絶えに興奮冷めやらぬ男は、少女へと向き直る。
「ひぃっ」
返り血に染まる男の姿を見て、少女は自分で自分を抱きしめガタガタと震えた。
「おい……立てるか」
男は少女に手を差し伸べた。
「こ、殺さないで!」
だが、少女は怯えた表情でガタガタ震えるばかり。よほど怖かったのだろう。まだ混乱しているようだ。
と、その時だった。男は自分の手を見ておかしいことに気づく。その手が異常に大きいのだ。
おかしいのは大きさだけじゃなかった。腕はまるで丸太のように太く筋肉質で、銀色の獣のような毛が生えている。指には鋭く尖った刃物のような爪。なにもかもが人間の手とはかけ離れていた。
男は泉の前まで駆け寄る。そして、泉に映る自身の姿を見て驚いた。
大きい獣のような耳に、するどく口から飛び出した大きな牙、ギョロリと、赤く血走った目。
そこには、狼の顔をした怪物が映っていたのだ。