エピソード4*魔王さまと看病
ぐるりと世界が一転した。
ふわふわの綿菓子みたいなピンク色の世界で私は可愛いうさぎさんとウキウキピクニック。スキップを交えながら鼻歌を歌って甘い香りが漂う花畑をぐーるぐる。
たくさん遊んだあとはお気に入りの花柄シートを敷いてうさぎさん達と優雅なティータイム。
「うふふ、うさぎさん喉が渇いちゃったね」
「そうね、咲音ちゃん。おいしいお茶でもいただきましょう」
うさぎさん達がティーポットを持ってくる。私の手にはいつの間にかティーカップが握られていた。うさぎさん達は器用にお茶を注いでくれる。
花と同じようなフレーバーな甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「わあ、おいしそうね」
「飲めば分かるさ」
どこかで聞いたことがあるような危険な声が聞こえたきがした。けれど夢心地な私はそんなことを気にせずお茶を口にしてしまった。乾いた喉を潤す甘いお茶。
「すごくおいし――――うぐっ!?」
口の中に残っていたお茶が急激に甘さを失い、人が飲むべきものではない劇物の味が舌に広がってしびれていく。あまりの不味さに倒れれば、うさぎさん達が私の顔を覗き込んできた。
逆光で可愛い顔が心なしか怖い。
「副作用かな」
「副作用みたいだな」
「悪いな」
可愛かったはずのうさぎさん達の声が少しだけ低い。私と同い年くらいの男の子のような声。あれーこれどこで聞いたんでしたっけー。
霞みゆく意識の中、私はようやく思い出した。
鉄季君……夢の中でまであんなマズイお茶飲ませることないじゃないですか。夢の中で気を失うという不思議体験をしつつ私の意識は闇の渦の中へ。
私はこのまま死ぬのでしょうか?
なにやら顔がひんやり冷たい。なのに体はなんだか温かかった。何も見えない暗闇の中、聴覚だけがしっかりとしている。窓の外で鳴いているであろう鴉の鳴き声が鮮明に聞こえた。その中で時々、誰かの溜息と同時に水音が響く。
なんだろうこの鬱々とした感じ。はっ、まさかここが死者が辿り着くと言うあの世ですか!?
「まだ死にたくありませーーーーん!!」
ゴスッ!!
「――いっだっ!?」
「~~~~っ!!」
生への執着で思いっきり体を動かしたら上半身が起き上がり、それと同時に頭がなにかと衝突した。ズキズキする痛みが体の芯まで響き思わず頭を抱えて蹲ってしまった。
「ようやく起きたと思えば、君は急になにをやってくれるんですかっ!」
「へ? ……あれ……黒須磨君?」
「そうですが何か」
耳によく通る美声に私は茫然と瞬きしながら横を見た。黒須磨君が美麗な顔を不機嫌に歪めてこちらを睨みつけている。よく見れば彼の額は赤く染まっていた。
どうやら私は彼の額と衝突してしまったらしい。
その事に気が付いて私は全身から血の気がひいた。
「ご、ごごごめんなさい! すいませんです!」
謝罪しようと頭を下げると、なにか膝に落ちていることに気が付く。触ればどうやらそれは濡れタオルのようだ。
「鉄季が迷惑をかけたようですね。すみません、あれはいつも得体のしれないものを人で試すので」
赤くなった額をさすりながら黒須磨君は不機嫌な表情を変えないまま私の膝にあった濡れタオルをとって、ベッドのわきに置かれている小さなテーブルの上に乗った洗面器の水の中に入れた。
意識が朦朧とする中で聞いた水音はタオルを絞る音だったようだ。
ま、まさか黒須磨君が看病してくださったのでしょうか!? 魔王さまに看病されるなんて貴重な体験してしまいました!
「体の方はなんともありませんか?」
「は、はい! なんともないです!」
「痛みとか違和感は?」
「ないと思いますが……なぜそんなにぐいぐい聞くんです?」
黒須磨君の吐息が私の肌にかかってしまいそうなくらい彼は私に近づいてじっと瞳を見詰めてくる。
そんなに間近で見詰められるとドキドキしちゃうじゃないですか! しかも学校にはいなかったタイプの超美少年なんですから、勘違いですよ私の心臓っ!
などと一人で盛り上がっていると黒須磨君はすいっと体を離して明後日の方を向いた。
「なんでもありませんよ、無事にすんで良かったと思っているだけです」
「え……あの、それどういう意味で……」
「体に不調を感じたらすぐに言うんですよ。『また』色々試しますので」
と言うと黒須磨君は空の瓶を持って立ち上がった。その瓶には何かが入っていたようでカラフルな色合いの液体が付着している。
あのー、えーっと……その液体は一体なんだったのでしょう? また試すって、いったいなにをーーーー!?
「黒須磨くーーん! 寝ているすきに私になにしたんですかーーーー!!!??」
叫んだ私に黒須磨君は一度振り返り、にっこりと笑ってみせた。それは大変に美しかったがそれが天使の笑みではなく悪魔の謀りが成功したほくそ笑みだったような気がする。
二人ともやっぱり同類ですーーーーー!!
私の心臓は今、別の意味で早鐘を打ち鳴らしまくった。