エピソード3*魔王さまと鉄季のお茶
黒須磨君が私の両親に連絡すべく私を屋敷の中に通し、彼は電話をしに奥へ行ってしまった。色々思う所はあったけどそれ以上にお屋敷の装飾類が気になって周囲をキョロキョロしてしまう。
なんといいますか、すごく……禍々しいですね。さすが魔王さまのお屋敷です。
全体的に暗い部屋の中で地獄の底から這い出て来たような恐ろしい形相をした異形の生物を象った装飾品の多いこと多いこと。
泥棒も腰を抜かしてしまうことでしょう。
入ってくる時に気が付いたが、門の中のお屋敷の敷地内に生い茂るべき草木がほとんど枯れ果てていた。まるでこのお屋敷の中だけ冬になってしまったみたい。
魔王さまの傍では草木も育たないんでしょうか。
「サキちゃん、お茶飲む?」
「あ、おかまいなく! ……サキちゃん?」
「土倉咲音、だろ。だからサキちゃん。俺は能登鉄季だからノト君でもテツ君でもキッ君でも好きに呼べよ」
「じゃあ、鉄季君で」
「面白味がないけどまあいいや。……で、やっぱ怖い?」
「さすが魔王さまのお屋敷だと思いました!」
「…………あっそ、やっぱすげーや。俺でも最初はちょっとビビったけどな」
「鉄季君も怖がるんです?」
「俺だって人間だぜ? 怖いものや驚くこともあるって」
そう言いながらお茶を注ぐ鉄季君の表情は無だ。声音にも感情の揺らぎがないし、本当に感情があるのかどうか不思議になってしまう。
淹れてもらったお茶(色が焦げ茶色だったので紅茶だと思う)をずずーっと飲んで、いきなり喉にきた凄まじい味に不覚にも咽てしまった。
「ごふぉっ! ――おぶえぇーー……鉄季君このお茶」
「ん、どう?」
「……も、ものすごく特徴的かつ、独創的かつ、この世のものとも思えない味がします」
「はっきり言うと?」
「飲み込めないほどマズイです」
「そうだな、俺もそう思う。人の飲みもんじゃない」
なんでそんなもの淹れるんですか! 涙目で睨みつけると鉄季君は何食わぬ顔でテーブルに備えてあった白磁の陶器から四角くて白い物体を一個、お茶の中に投入した。
「飲んでみろよ」
「? 砂糖ですか?」
砂糖一個でどうにかなる味ではなかった。訝しげに彼を見れば感情の見えない金の三白眼とぶつかる。
「砂糖じゃない。飲めば分かるさ」
「で、ではいただきます……」
いくら死ぬほど不味くても他人の家で勧められたものを拒否するほど無礼ではないつもりです。意を決して一口喉に流し込んだ。
え? あれ?
「おいしい……です」
「そうか」
ほのかに漂う香りも芳醇で、フルーツ系のさっぱりとした味わいが舌に広がる。さきほどのお茶と同じものとは思えない。
どうなっているんでしょう、これは。
「まるで魔法――は、まさか魔法ですか!? 鉄季君のお茶を美味しくする魔法!?」
「そんなおとぎ話みたいな魔法はない。これは調合の方の技術だ」
「ちょうごう?」
「色んなものを混ぜ合わせて作る魔法薬だな。これを一粒入れるとどんなマズイものでもおいしく感じられるようになる……かもしれないものだ」
「……かもしれない?」
「実験成功して良かったぜ。これで安心して課題が出せる」
「じ、実験台にされました!!」
「成功したんだからいいじゃないか」
「良くないです! それにこれ結局はマズイままってこと――――うぐっ!!」
急に口の中に残っていたお茶の味と香りが激変した。最初に飲んだマズイお茶の比ではない。劇物だ。なにか人が摂取してはいけないものの味がします!
「……あ、悪いな。それ副作用だ多分」
本当に悪いと思っているんでしょうか。
鉄季君の鉄仮面を見たのを最後に私の意識は暗闇の中へと沈み込んでいってしまった。