エピソード1*魔王さまと初遭遇
小学五年の春。うららかな陽気に誘われて、リュックを背負った私はふらりと電車に乗った。
野を越え山超え、いくつもの駅を通り過ぎ、おいしそうな団子屋さんを見つけて降りた場所は見知らぬ所。
毎年コツコツ貯めたお年玉の入ったがま口財布を握りしめ、みたらし団子五本購入。
むぐむぐ、うむ美味であります。
団子屋さんから良さそうな段ボールを頂いて、ホームセンターでガムテープ購入。絵具も忘れちゃいけません。
段ボールを担いだ私は見知らぬ町をあっちへこっちへウロウロ。いつの間にか桜の木が群生する森の中にいた。
見渡す限り美しい桜の木々。可愛らしい小鳥が歌い、若草が絨毯のようにどこまでも広がって野の花が風に揺れている。
素敵な場所です! 決めました、ここにしましょう。
私はさっそく段ボールを広げられる場所を探した。森の中を進んでいくと急に開けた場所に出て、そこには一本の道ができていた。その道を好奇心で辿って行くとそれはそれは立派なお屋敷が建っていた。大きな門には大きな牙を剥きだした羽の生えた異形の怪物が来訪者を睨みつけるようにして置かれている。
魔よけでしょうか?
心なしか、このお屋敷の周りだけ空気がどんよりしている気がする。ふと見上げた屋根に止まっているのは可愛い小鳥ではなく真っ黒でふてぶてしそうな鴉だった。
なんだかちょっと不気味ですが整地されている場所はこの辺りだけみたいですね。さっそくここに段ボールを広げましょう。
団子屋さんから貰った段ボールを広げた私はガムテープを使って手際よく組み立てていった。工作は得意なのです。
あっという間に組み上がったそれに私は大好きな白と黒の絵具を使ってペイント。パンダ模様の出来上がり。
会心の出来に満足しつつ、私は大事なことを思い出した。
お隣さんにご挨拶に行かなくては!
けれど手元には何も残っていない。お団子は全部食べてしまった。お財布を確認すればもう三円しか残っていなかった。これでは飴玉一つ買えない。
どうしようかと迷っていると、足元に白い小さな花が見えた。
これです! こんな可愛いお花ならお隣さんもきっと喜ばれるはず。
その白い花はいたるところに咲いており私はえいやぁっと根っこごと花を抜きたくさん集めた。花束が作れそうなほど集め終えると私はそのままお屋敷に突撃した。
花を両手で握りしめていた為、頭突きでインターホンを押す。
ゴン! ピンポーン。
『――はい』
「こんにちは! お隣に引っ越してきました、土倉咲音と申します。引っ越しのご挨拶に参りました」
『隣に引っ越し? ちょっと待ってください』
インターホン越しに聞こえた少年の言葉通り、私が待っていると門から随分離れた場所にある玄関から誰かが出て来た。遠目だったが視力のいい私の目には同じ年頃の少年の姿が映った。少年は私の姿を確認すると小走りで門まで来てくれた。
閉じられた門越しでしばらく私の事をじろじろ見ると、ゆっくりと門を開けてくれた。
私は少年にずいっと花を差し出す。
「あの、これつまらないものですが!」
言いながら気が付いた。屋敷から現れた少年は目を瞠るくらいの美しい容姿をしていたのだ。艶やかな漆黒の髪にけぶるような長い睫毛、その奥にある瞳は珍しい銀色をしていた。
ぼーっと少年に見とれていると少年は私が差し出した花を見て形のいい眉を眉間に寄せて目を眇めた。
「つまらないものと言って本当にクソつまらないものを出して来たのは君が初めてです」
耳に良く通る澄んだ声だったので少年が言った言葉の意味を理解するのに少し時間がかかってしまった。
だって丁寧口調だったし。美人だったし。まさかあの唇からこんな悪態でるとは思わないじゃないですか!
「お気に召しませんか!?」
「土まみれの雑草持って来て、お気に召す人がいるんですか。驚きです」
「可愛いじゃないですか!」
「そうですね、花は可愛いです。しかし手も服も土まみれじゃないですか。持ってくるならせめて茎を折って摘んできてくださいよ」
「根っこあった方が長持ちします」
「じゃあ、袋に入れるなり配慮なさい。人様にあげる体ではありません」
「ううぅっ」
ぐうの音も出ない。
差し出した花の行方を迷っていると少年は一歩後ろに下がった。
「それと、俺に花はダメです」
「お嫌いですか?」
「いいえ、嫌いではまりません。ただ俺は花を枯らせてしまうので」
どういうことなのか意味が分からずに首を傾げると少年はさらりと言った。
「俺、魔王ですから」